〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<55>
 
 夢の中のジェネシス
 

 

 

「ああ、気持ちよかった。いい湯加減だったよ、ヴィンセント」

 そういってから、いささかオヤジくさい物言いかと後悔した。 

 だが、彼はいつもと変わらぬ口調で、

「そうか……」

 と静かに応えただけだった。

「湯上がりで呆けていては風邪を引く。先に寝台に入って休んでいなさい」

 テーブルの上はすでにきちんと片付けられていた。

 今から続く寝室も、十分過ぎるほどの広さがある。

 その中央にクイーンサイズの寝台。たぶん、彼がこの部屋にやってくる前に、用意されたものだと思う。セフィロスの部屋にも同じ型のベッドが置いてあるから。

 俺はさっさと自分好みのものに変えてしまったが、女神はそういった頓着は少ないようだ。

 ……あ、いや、そう考えるのは軽率かもしれない。

 よくよく見てみれば、彼の使っている茶器や、茶葉などは、おそらく彼好みのものであろうと、想像できる代物だし、ちょっとした置き台……チェストやサイドテーブルなどは、手ずから選んだのだろう。

 大きくて値の張る家具……

 つまり、ベッドやソファ、テーブルのたぐいなどは、用意されたものを、そのまま利用しているのだ。買い換えようと思えば、いつでもできるだろうに、せっかく金を掛けて、備え付けられているものを、わざわざ処分する必要はないと考えて……

 なるほど、そう推察すれば、いかにも女神らしい。

 

 俺と入れ替わりに彼は浴室に入っていった。

 言われたとおり寝台に潜り込もうとも考えたのだが、なんだか主が居ないのに、図々しいような気がする。ヴィンセントは風邪を引くと口癖のようにそう言うが、別に取り立てて寒いわけでもないのだ。

 ……それに寝室からの夜景も美しい。

 深夜なのに、桜色や水色のネオンが瞬いているのは歓楽街の辺りだろうか。

 神羅本社も見える。この時刻にまだ明かりがついているのは……24時間体勢のシステム部か、タークスか……

 

「やれやれ、せっかく女神の寝室に居るのに、何とも色気のない思考を巡らせているものだ」

 俺は人知れずため息を吐いた。

 そして、あえて日常のつまらぬ事柄に、意識を巡らせている理由に思い当たった。

 たかが一緒に眠るだけだというのに……俺は浅ましいほどに興奮していたのだ。

 

 

 

 

 

 

「……ジェネシス。きちんと寝台に入っていなさいと言っただろう? 風邪など引いたら……」

「…………」

「ジェネシス……?」

「あ、ご、ごめん。ちゃんと聞いているよ」

 俺は慌てて弁解した。

 彼はすでにバスローブから夜着に着替えていた。だが、前あわせの襟首からは、細くて蒼白い肌が見えているし、黒髪は露を含んでしっとりとした光沢を帯びている。彼は長い髪を、無造作にくくって、胸元に遊ばせていた。

「ジェネシス…… ああ、失敬。つい子供を叱るような物言いをしてしまって…… ええと、普段、聞かぬ気の強い子と生活しているから…… あ、い。いや、そうではなくて、その……」

 俺の沈黙をどうとらえたのか、表情の少ない彼にしてはジェスチャー付きでいいわけをしてくれた。

「いや、全然。……というか、むしろ、そんなふうに言ってもらえるのがひどく心地いいんだ。君はよくセフィロスを叱るだろう? なんだかうらやましくて」

「し、叱るだなんて…… し、しかもうらやましいと言われては……」

「ほら、今みたいに風邪を引くとか、上着を着ろとかそういうヤツ」

 苦笑しつつそう言ってやると、ヴィンセントは少し困ったように首をかしげていた。

 だが、思い当たることがあったのか、はっと気付くような面持ちになり、さらに眉を顰めてしまった。

「女神。セフィロスのことで君の綺麗な顔をゆがめたくはないね。まったくあいつは得な男だ。……とはいうものの、俺自身、なんとなく彼のことは放っておけなくてね。ついついフォローをしてしまう」

「ああ、ふふ…… 君は面倒見がいいから。セフィロスの兄的な立場なのではないか?」

「あははは、そうなのかもね。そうしたらアンジールはさしずめお父さんってところかなぁ。しかし、実際あんな弟が居たらかなりキビシイよね……」

 俺の物言いに、深い感慨を感じたのか、女神はさも可笑しそうに、小さな声を上げて笑った。