〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<73>
  
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 私は彼に気付かれぬよう、ひとつ吐息し、口を開いた。

「……ええと……あの、今朝のメモのことなのだが」

「え?」

 一瞬何のことかわからなかったのかもしれない。ジェネシスは疑問符を投げかけてきた。

「あの……今朝、寝室に、君が残していったメモのことだ」

「あ…… ああ、す、すまない」

「まだ何も言っていない。それに謝罪する必要もなかろう?」

 たどたどしく謝ってくるジェネシス。ところどころ年齢相応の顔をのぞかせる彼。

「……私は後悔などしていない。それに君はあくまでも紳士的だったと思う」

「ヴィンセント……」

「君はとても慎重な人で……それは、私に対しても、セフィロスやその他の者たちに対してもそうなんだ。自分の気持ちよりも相手の反応を先に考慮してしまうから、さきほどのセフィロスのような態度を信じがたくも感じるのだろう」

「……まぁ、彼がああいう人だというのは認識しているが……俺には到底真似できないなとは思うね」

 ようやく戒めを解いてくれ、ジェネシスはゆっくりと顔を上げた。私に見つめられるのが嫌だったのか、片手で髪をかき上げるしぐさをする。

「セフィロスにも君にも、それぞれの個性があり、私から見れば魅力的だ。だが、確かに君みたいな思慮深い青年から見れば、ああいった態度を素で取れる人物をうらやましく思うのも道理だな」

「……ああ、普段はね、あまりそうは感じないんだがね。どうも君がらみになるとダメみたいだ」

 泣き笑いのような表情になり、ジェネシスがささやいた。

 

 

 

 

 

 

「君は素敵な青年だな。強いだけでなく賢く思慮深く……思いやりのある」

 私は常日頃から、彼に対して感じていることを言葉にした。

「やめてくれよ、女神。さっきの発言で呆れただろう? 俺だって自分の気持ちばかりの嫉妬深いガキだってことだよ」

「ふふ…… そうだろうか? いや、もし、非の打ち所のない君が、私のことが理由で、ただの嫉妬深い青年になってしまうというのなら…… それは私にとって、とても誇らしいことになるのではなかろうか?」

「…………」

「ジェネシス……?」

「やれやれ……本当に君って人は……」

 額を抑えため息混じりに頭を振る。

「……あの……何か気に障ることを言ってしまったのだろうか?」

「その反対だよ。……君にはどうして俺の欲しい言葉がわかってしまうんだろうね」

 眉をハの字に緩め、彼は何だか寂しそうにそうつぶやいた。

「え…… え……いや……そんな……」

「おかしいだろう? 今の君の言葉一つで、セフィロスへの醜い嫉妬心も、昨夜の出来事への不安も、すべて洗い流されてしまうんだ」

「そ、そんな……おおげさな……ジェネシス」

「大げさでもなんでもないよ。本当のことなんだから。……恋って不思議だな。こんな気持ちになるものなんだ……」

 最後の言葉が、何だかひどくしみじみとしていて……そう、彼の実感がこもっているような物言いで、今度は私のほうがあたふたと困惑する番だった。

「あ、あの……君のような人が、そんなことをしみじみと言うのは……その……」

「可笑しいかい?」

「あ、いや、悪い意味ではなくて…… 私の方こそ、少し不思議な感じがした」

 そんな風に答えて、私は微笑った。ジェネシスが私に笑いかけてくれたからだ。

「あ……、さ、さて、一応、モニターを見ていなくてはな」

 気を取り直して私は画面に向かった。さきほど起きてきたのは、モニターの監視のためだったはずなに、ずいぶんよけいな話ばかりしていたようだ。

「ジェネシス。私が視ているから。よければ君も休んでくれたまえ」

「ふふ、さっきも言っただろう。俺は夜更かしだからね。それに君とふたりきりで肩を並べて話が出来る機会なんて、そうそう無いんだから、もったいなくて仕方がないよ」

「……これから先、いくらでも言葉を交わす機会などあるではないか」

 ここは私の夢の世界……そうわかっていながらも、返事をした。目覚めてしまえば、この世界は跡形もなく消えてしまう…… 例えそうだとしても、今はまだそのときではないのだから。

「ん……そうだね…… 本当にそうならいいね」

「……ジェネシス……?」

 彼の返事が、いつもの軽い調子でないのが気になって、端正なおもてをのぞき込む。

「……そうなら……いいな、女神」

「ジェネシス……」

「……キス、してもいいかい?」

 真面目な面持ちで訊ねられ、思わず呆気にとられてしまう。なぜなら、以前から、薔薇の花束を抱えてやってきて、否応なしに額だの頬だのに口づけ捲ってきていたからだ。

「……あの……別にわざわざ……」

 私の表情を見て考えに気付いたのだろう。ジェネシスはバツが悪そうな素振りをみせたが、気を取り直した様子で口を開いた。

「あぁ、そうか……いや、あの…… 今までが不真面目だったというわけではなくて……君に触れるのを許してもらえた後だから…… 慎重になってしまうのかもしれない」

「あの…… い、今までだって、花束をプレゼントされたり、頬に口づけられたり…… いつも突然だから慌ててはしまうが、決して嫌なわけではなかったんだ。むしろ、嬉しかった。嫌われてはいないのだなと、そう思えて」

「やれやれ、君を嫌う輩がいるのなら見てみたいものだな。きっと教会に行っても跪きさえしない不信の徒だろうね」

「……君がそんなふうに、私のことを評してくれるから……最近は、少し自信をもって発言できるようになってきた。ありがとう……」

「ありがとうって……君ねぇ……。ああ、本当に君のような人がいるんだね、ヴィンセント。どうかずっとこのまま……変わらずに……」

「ジェネシス……?」

「このまま…… ……俺の女神で居て欲しい……」

 彼の長くて形よい指が私の頬に触れる。

 いつも額や頬に降りてくる口づけは、今日はゆっくりと唇に触れてきた。

 

 ……漆黒の夜空が、薄墨色に溶け……あたらしい『今日』がやってくる時刻になった……