ハローベイビー 〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜 <6> クラウド・ストライフ
「ほぇ〜……ふぅ〜ん……ふえ〜っ……」
わけのわからない奇声を発し、イヤイヤをするようにうごめくチビ。
「おやおや……うるさかったか……? すまないな…… よしよし……」
「ふぅ〜ん……ふえっふえっ……」
モミジのような小さな手をヴィンセントに向かって必死に伸ばし、打ち上げられた魚のように身体を突っ張っている。
「ん……よしよし……いい子だな……お腹が空いたのかな……?」
そんな風に言って、つるんとしたデコッパチにキスをして頬ずりするヴィンセント。
何だかムカッ腹が立ってくる。せっかくのふたりきりの時間を邪魔され、挙げ句の果てに俺の大切な人の腕の中で安穏と……
「……ちょっと、兄さん。さすがに赤ちゃん相手にヤキモチは妬かないでね? ケンカにもならないんだから」
「べ、別に……そんなんじゃ……」
心の中を見透かされ、グッとへの字に口を曲げる。
「よしよし……いい子だな…… ミルクを飲もうか?」
「ふぇ〜きゃっきゃっ! んまっんまっ!」
「わかったわかった。じゃあ……ゆっくり……ゆっくり飲みなさい……ほら…… よしよし……熱くないかな……?」
作り置いておいた哺乳瓶のミルクをそっと含ませてやる。
ヴィンセントの予想どおり、どうやら腹が減っていたらしく、チビは『んぐんぐ』と喉を鳴らせて飲み口に吸い付いた。
「へぇ、赤ちゃんってこんなふうに飲むんだ。お店で買い物した時は、もう何が何だかよくわからなくて」
「……すまなかったな、ヤズー……さすがに気恥ずかしかっただろう?」
赤ちゃんの哺乳瓶を押さえつつ、ヴィンセントが小声でそう言った。
事情はともかく、しばらくの間はうちに置いておくしかなさそうな状況なのだ。赤ん坊の生活に、最低限の必需品を、ヤズーが買い求めに行ってくれたのだった。
ヴィンセントは赤ちゃんについていたほうがいいし、とてもじゃないけど、セフィロスや俺には任せられないとヤズー本人が言い出したのだった。
「え〜、別に俺はそういうの平気な方だけどさァ。ドラッグストアのマリアちゃんと、たまたま来合わせていたソフィアちゃんに泣かれそうになっちゃってねェ。説明に困っちゃったよ。とりあえず、事情があって急遽、遠縁の子どもを預かることになったってことにして……その辺は口裏合わせておいてね」
「へぇへぇ、おモテになることで」
と嫌みっぽく言ってやると、ヴィンセントはさも気の毒そうに、
「そうか……おまえに憧れているお嬢さんはたくさん居るだろうから……機会があれば私の方からもそれとなく話をしようと思う」
などと生真面目に宣う。
「アハハハ、ありがと、ヴィンセント。でも大丈夫だよ」
「だ、だが……」
「俺よりもあなたが買いに行ったほうが、きっと大騒ぎになったと思うよ? 何てたって、もう商店街のアイドルだからねェ」
「ま、まさか……馬鹿なことを……私など……」
「ふにゅっ〜ふぇぇ〜ん……ふぇぇぇ〜んっ!」
急に泣き出すガキ。
「チッ……ったくなんだ、騒々しい。鬱陶しいものだな、赤ん坊っつーのは」
「セ、セフィロス……すまない……すぐに静かにさせるから」
「あーヤダヤダ。そんなチビ助より、猫のほうがずっと可愛い。なぁ、ヴィン?」
ソファでごろ寝しているセフィロス。そのふところが子猫のヴィンの定位置だ。
今もゴロゴロと喉を鳴らし、のんびりと寝そべっているのだ。
「ほぇぇ〜ん ふぇぇ〜ん!」
「おやおや、急にどうしたんだろう。さっきまで普通にミルク飲んでいたのに……」
「わかるかよ、赤ん坊の言う事なんて」
セフィロスではないが、正直、俺も赤ちゃんは苦手だ。苦手じゃないのは自分の子どもだけだ。たぶん。
「ほぇぇ〜ん ふぇぇ〜ん!」
「うるさい! 外に放り出せ!」
「セ、セフィロス……あ、相手は物のわからぬ赤子なのだから…… ま、まだ言葉がしゃべれないのだし……」
おろおろとセフィロスを宥めるヴィンセント。
「だったら泣きやませろ!」
あくまでもキツイ口調のセフィロス。なにもヴィンセントが悪いワケじゃないのに、端から見ていて理不尽だと思う。セフィロスにひとこと言ってやろうかと口を開くが、俺よりもヤズーの方が早かった。
「もう、よしなよ、セフィロス。あなた、DV夫一直線って感じだよ? 子育ては夫婦ふたりの共同事業なんだからねェ」
「そこのチビはオレのガキじゃねーだろッ!」
「ヴィンセントの子どもでもないでしょう? それなのに、ちゃんと世話してやってる彼を見て、大人としてどうよ?ねぇ?」
ヤズーがセフィロス相手にチクリとやっているのを横目に、ヴィンセントがそっと席を立った。サンルームの奥の方へ姿を消す。彼の立ち居振る舞いは本当に物静かで注意していないとまるで気づかない。
「ヤズー……すまないが……紙おむつとタオルを……」
ヴィンセントが言った。
「ああ、なるほどねェ。さすが、ヴィンセント! あ、俺も手伝うよ」
「いや……簡単だから……」
「手があった方がいいでしょ。遠慮すること無いよ」
ドラッグストアの包みを片手に、いそいそと向かうヤズー。
……なんだか、俺はひどく場違いで無力なヤツになった気分だ……
いや、実際、この場所では無能者そのものだろう……
清拭を済ませ、おしめを付け替えると、現金なものですぐにご機嫌になる赤ん坊。まったくいい気なもんだ。ヴィンセントをひとりじめしやがって。
だがそんな俺の気持ちを知りもせず、彼は愛おしそうにチビをあやす。
その姿が本当に様になっているのだ。
「フン。おまえ、どこぞに隠し子でもいるんじゃなかろうな? ずいぶんと手慣れたものではないか?」
傍らを通り過ぎる際、わざとそんなことを言うセフィロス。本当にこの男は底意地悪い。
「え……い、いや……そんな……」
「全く器用な男だな。掃除洗濯メシの仕度にガキのおむつか? ハン」
「あ……そ、それは…… 確かに赤ん坊の面倒を見た経験はあるし…… 慣れてしまえばそれほど難しいことでは……」
ボソボソと言い訳のようにつぶやくヴィンセント。
だが、『面倒を見た経験がある』という言葉に引っかかる。
「ほぉ、そいつは初耳だ! おまえのガキを産んだ物好きな女はどんなヤツだ?」
「え……い、いや……私の子どもではなくて……あ、あの……そ、その……」
「なんだ、文句があるならハッキリ言え」
「文句だなんて……た、ただ……その……君が覚えていないのは最もなのだが……私は幼かった、君の面倒を見たことがあるし……離乳食を食べさせたり……おしめを取り替えてあげたり……」
「……………………う''……ッ……」
セフィロスは低く呻いた。
「い、いや、ルクレツィアは職場によく連れてきていたから……私は子どもが好きだったし……とても愛らしくて…… あ、あの……セフィロス……?」
「く''……ッ……」
その呻きは……なんと表現すればいいだろうか。
初めて耳にする『神様』の呻き声であった。
……目を見張り絶句するセフィロス……
なにか言いたいように、口が動くが言葉になって出て来ないようだ……
だが、俺たちのほうは……堪えるのが限界だった……
神羅の英雄の……銀髪鬼の……おむつ……オムツ……
「ぶっ……ブハハハハハ! アーッハッハッハッ!」
「アーッハッハッハッ! ああ、おかしい!想像しちゃったァ! おむつのセフィロス!」
「バッ……よ、よせよ、ヤズー、殴られるぞ! で、でも……クックックッ……ブ……ブハーッ!」
「貴様ら……」
「だ、だって……考えただけで……! あ〜っ! お腹痛〜いッ! アハハハハハ!」
「よせってばっ……ハハハハ! ヤ、ヤズー!」
「永遠に眠りたいか……この野郎ども……」
腹の底から押し出されるような、低い低い声……そう、まるでゾンビが甦ったような……
「あ、だ、だが、察しのいい君は、おむつが取れるのも早く……すぐに自分でちゃんと……粗相をすることもほとんどなくて…… ほ、本当に賢くて愛らしくて……」
「だまれ……ヴィンセント……」
「え? あ、あの……私は……ただ……」
何がまずかったのかきちんと理解していないのだろう。オドオドおろおろと取りなそうとするが、セフィロスのダメージは計り知れなかった。
「ク、クソ…… 貴様のおかげで具合が悪くなってきた…… 部屋へ帰る……」
「え……? え……? す、すまないッ! あ、あの、よくわからなくて…… た、ただ、私は……そ、その……君が本当に聡くて可愛い子どもだったと……そう言いたくて……あ、セフィロス?」
尚も言いつのろうとするヴィンセントを無視し、そのままズルズルと足を引きずって、廊下の向こう側に姿を消した。
RPGゲームだったら、おそらくセフィの体力ゲージはレッドゾーンだろう。
フンだ!ざまーみやがれ!