ハローベイビー
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<34>
 
 KHセフィロス
 

 

 

 

 

 

 翌朝……いや、もう早い時間ではないのだろう。

 サンルームには日除けのカーテンが下げられていたが、そんなものでこの土地、コスタ・デル・ソルの朝陽を完全に防げるものではなかった。

 布地を通して、太陽の気配が忍び込んでくる。

 私は、そっと顔を動かした。なんとかサイドボードの上の時計を見ようとする。身じろぎした瞬間、ビリリと電気が流れるような激痛が片腕を走った。

 

 AM9:57……

   

 やれやれ、ずいぶんと寝過ごしたらしい。

 夜半過ぎにもらった鎮痛剤が効きすぎたのであろうか。

 ……正午まで、もうそれほど時間がないではないか……

 私はゆっくりと寝台の上に身を起こした。

 発熱したせいか、ギシギシと関節が痛む。高熱は引いたようだが、さすがにまだ快調とはいかない。手術を施したばかりの腕は動かせなかったし、やはり今朝もまだ、熱を持って疼いていた。

「……だが、微熱程度にはなったか?」

 自らに語りかけるように、私はつぶやいた。

 室内履きを引っかけ、寝台の桟を支えに立ち上がる。……発熱の消耗のせいで、足元がふらつくが、歩けないわけではなかった。

 不様に転ばぬよう、窓辺まで慎重に足をすすめた。

 この部屋はサンルームだから、そのまま庭に出られるつくりだ。円筒形の建物は、透明ガラスで出来ており、そこから望める景色はたいそう美しかった。

 真っ青な空……それよりも深い色合いの海が見える。宝石をちりばめたように朝陽を反射し、遠目にもそれはキラキラと輝いていた。

 

 負傷した片腕に負担がかからぬよう、もう一方でそっとカーテンを開け放つ。

 突き刺すような真夏の日差しに、私は十二分に警戒したが、それは思ったほど強烈ではなかった。どうやら、このガラスケースは、耐熱性、遮光性に富んだ特注のものらしい。

 昨夜、見留められた亀裂の予兆が、ほんのりと感じられる。

 そう……おそらく一週間程度すれば、ここに時空の連結が発生するだろう。もっとも、それは本当に、ぼんやりと感じ取れるだけで、正確な日時までは把握できなかった。

 昼間の喧噪は、そういったことを読み取るのに不向きなのだ。

  

 ……しかし、そんなことを考えている時間も束の間だった。

「あーッ、『セフィロス』だッ!」

 不躾にもこちらを指を差して、素っ頓狂な声を出す……ええと、何と言ったか……そう、末弟のカダージュという少年だ。中庭で干し物の最中であったらしい。

「こらッ、カダージュ!  人を指差しちゃいけないんだぞ!」

 というのは、同じ銀の髪をした、巨躯の青年だ。こちらはロッズと言っていた。

「うるっさいなァ! あとはロッズやっておいてよねッ!」

 そんなふうに言い残すと、彼はタカタカとテラスに昇ってきた。ガラス越しに語りかけてくる。

「お、おはよ、『セフィロス』、具合、どう?」

「……ああ、大分いい」

 私は素直にそう応えた。確かにまだ燻るような熱っぽさは残っているが、昨夜とは雲泥の差だ。

「そうなんだ、よかったね! でも、まだ安静にしてなきゃダメだよ。ヤズーがそう言ってたよ!」

「……そうか」

「あ、ゴハン、食べられるかなッ! 僕、『セフィロス』が起きたって、みんなに言って来る!」

「あ……いや……」

 私が返答をする前に、銀髪の少年はまるでコマねずみのような勢いで、走っていってしまった。

「……やれやれ」

 テラスに向かって突っ立っていても致し方がないので、ベッドに戻ろうとした。

 せわしないノックの後、扉が開かれたのは、まさにそのときであった。

 

「ヴィンセント・ヴァレンタイン……」

 血相を変えて入ってきたのは、その人であった。

「『セフィロス』! ダメだ、起きあがっては!」

 朝の挨拶もそこそこにいきなり叱られてしまう。普段、怒鳴りつけられることなどないから、ひどく新鮮に感じる。

 だが、彼は厳しい声を発した直後に、ハッと我に返りおろおろと挙動不審になった。

「あ、ああ、すまない……つ、つい……大声を……君のことが心配で……そんなつもりはなくて……あ、あの……」

「なーに、大騒ぎしてんの、ヴィンセントってばめずらしい」

 そんな物言いで次に室に入ってきたのはヤズーであった。ひょうひょうとした物腰は昨夜とまったく変わらない。

「ヤ、ヤズー……すまない……私としたことが……つい……」

 びくびくと銀髪の青年の後ろに隠れてしまう。

 ……なんというべきか、本当に不思議な人物だ。さきほどから私は何ひとつ発していないというのに。

「やだなァ、なに言ってんの、ヴィンセント! あなたが無神経だったら、兄さんとかセフィロス……って、あ、うちのセフィロスのほうね、なんかもう原始人レベルで無神経じゃない。あっはっはっ」

 楽しげに声を上げて笑うと、彼は新しいローブをバスケットにしまった。

「おはよ、『セフィロス』、具合はどうかな? うん、顔色はよくなったみたいだね」

「……悪くない」

 言葉少なに私は応えた。きっとひどく無愛想だったと思う。しかし、眉ひとつ潜めることなく、彼は

「そう」

 と頷いた。

「ヴィンセント、食事の前に、熱計ったほうがいいんじゃない?」

「あ、そ、そうだった。体温計を持ってくる」

 パタパタととって返し、今度はおまけつきで戻ってきた。昨日の子猫だ。

「みゅんみゅんッ!」                                                  

「おまえか……元気そうでなによりだ」

「みゅんッ! みゃんみゃんッ!」

 私の足元を走り回り、なんとか懐に飛び込もうと間合いをとる黒猫。

 そう……確か、名前をヴィンと言った。

「君のおかげでその子も無事だ。……『セフィロス』、少しだけ失敬する」

 ヴィンセントは、寝台に腰掛けた私の側により、体温計を差し出した。それをそのまま口にくわえる。電子体温計なので、数秒で済んでしまった。

「……失敬」

 私に見せることなく、そのまま引き取り、彼はじっと数字を見た。ヤズーが一緒に覗き込む。黒猫も興味を引かれたのか、小首をかしげて彼らの様子を見守った。