嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<37>
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

  

 

 

 

「ハァッ……ハァ……ヴィンセント、この場を離れるぞ……」

 セフィロスが低くつぶやいた。

 それは彼の身体を支える私の耳元に響いて、こんなときだというのに、私の軟弱な心臓はドキドキと早鐘のように高鳴る。

 

「……ヴァイスの野郎も一緒に叩き斬った……ヤツの中のオメガがどうなったかは知らんが、媒体があの状態ではすぐに目覚めることもないだろう……ハ……ハァッ……ハァ……」

「セフィロス、もうしゃべらないでくれ。……後はクラウドを目覚めさせて……一緒に連れて行けば……ああ、だが後の三人は……」

「……心配するな……ヤツらは無事だ」

「……セフィロス……」

「オレが言うんだ。……間違いはない。後は上手いことやるだろうよ……イロケムシも一緒だしな……」

「……わ、わかった……すぐにここから脱出しよう……!」

「……再戦の機会があるなら、万全の準備をしてからだ」

 血の伝う額を、片手で乱暴にぬぐいながらそう言った。

「……君の言うとおりだな……さ、セフィロス!」

 私はぐいと彼を背負い直し、クラウドのところへ歩き出した。肩を貸しているだけとはいえ、長身でしなやかな筋肉に覆われたセフィロスの身体は、しっかりとした重量がある。

 これまで必死に戦い続け、疲労困憊していた私にとっては、正直重くないとは言えなかった。だが、そんなことよりも、力強く、暖かみを帯びたその感触を、直接感じ取れるのは、ひどく嬉しかったのだ。

 

「……なんだ、何を笑っている……?」

 心の中を見透かされたような言葉に、頬がすぐさま熱く上気してしまう。怖くて横を見ることができないが、きっと彼は珍妙な顔つきで私を眺めているのだろう。

「な、なんでもないんだ……」

「ウソつけ、笑ったろ。理由を言え、理由を」

「……な、なんでもない、なんでもない……」

 ほとんど習性になっているのだろう。セフィロスに間近で凄まれると、ビクビクと身震いがしてしまう。私は慌てて頭を横に振った。

「言えっつってんだろ、このヤロウ!」

 ふざけ半分、本気半分に、彼は私の肩に回した腕をぐいぐいと締め付けた。そうされると、頬が触れ合うほどに顔の位置が近くなり、長い腕が首に回って苦しくなってしまう。

 

「……く、苦しい……セフィロス……」

「あたりまえだ、苦しくしてやってるんだからな」

「……ち、違うんだ……その……君を笑ったわけではなくて……」

 私は必死に言葉を紡ぐ。

「まどろっこしいヤツだな!」

「口にしたら……きっと馬鹿にされるだろうから……」

 おずおずと、独り言のようにそう答えた。

「ハァ? なんだ、それは?」

「……また……愚かだと……笑われるだろうから……」

「……別に笑わん」

 さすがにしつこかったのか、仕舞いには辟易として彼はそう言ってくれた。

 

「その…… か、肩に感じる……君の身体の感触が……とても心地よかったから…… ちゃんと暖かくて……普通に重みがあって……そう思ったら……つい……嬉しくて……」

「…………」

「……あ、あの……?」

「…………」

「……あの、す、すまない…… また、バカバカしいことを……」

 私の顔を見つめ、黙ってしまったセフィロスに、大あわてで取り繕う。だが、気の利いた言葉が出てこない。

 こんな状況なのに、傷ついたセフィロス相手に、なんて場違いな言葉を口にしているのか。そう思うと、もう一時でさえ、こうしているのが居たたまれないほど、恥ずかしくて溜まらなくなった。

 

「セ、セフィロス……?」

 そう呼びかけた自分の声が、今にも泣き出しそうで、我ながらひどく情けない。

「…………」

「すまない……こ、こんなときに……き、緊張感のないことを……」

 途切れ途切れに謝罪の言葉を口にする。

「……別に……不快に思ったわけではない……」

「……そ、そう……か? なら……いいんだが……失敬した……」

「おまえがそういうヤツだというのは、もう嫌というほどわかっているつもりだったのに……」

 先ほどまでの軽い調子の冗談口調ではなく、まるで自分自身に言い聞かせるように、彼は低くささやいた。

 その様子が、これまでに見たこともないほど、つらそうで……そう、なぜか苦しそうに見えて……私はどうすればよいのか困惑してしまう。

 

「……セフィロス……?」

「…………」

 目線を落としたまま、私を見てもくれない。

 どうしたのだろうか? なにか気に障ることを口にしてしまったのだろうか?

 ついぞ見たことのない表情……そうまるで素のままの……クールな英雄であった、セフィロスの中には、見いだすことのできなかった面持ちであった。

 

「……セフィロス……? ど、どうしたのだろうか? 急に黙ってしまって…… そ、その……もし私の言葉が気に障ったのなら……」

「……違う!」

 するどく遮るセフィロス。

 つい、ビクリと背を竦ませてしまう。それがセフィロスに伝わったのか、彼は自らの物言いを後悔するようにチッと低く舌打ちした。

 

「……セフィロス…… あ、あの……」

「……ヴィンセント」

「え……?」

 言葉を続ける前に、名を呼ばれる。

 微かに焦燥を含んだ物言いは、やはりセフィロスに似つかわしいとは言い難かった。

 

「……ヴィンセント」

「え……あ…… な、なんだろうか?」

「……この状況の中で……オレは少しおかしくなっているのかもしれん……」

「……え? な、なにを言って……?」

「絶対に口にすることはないと……そう決めていた想いがこぼれ落ちそうになる……」

 …………?

 彼は何の話をしているのだろうか……?

 宝条のことか? それともルクレツィアのこと……?

 いや、彼は自らの口で、『すでにそこにはいない』と言っていた。

 その上でなお、こうも彼を煩悶させる事柄があるというのだろうか……?

 

「……セフィロス……?」

 私が不思議そうにそう呼びかけると、間近に在った白く整ったおもてが、ゆっくりとこちらを向いた。美しい氷の瞳に映し出された感情は、いったい何なのだろう。

 透きとおる双眸がじっとこちらを見つめる。その宝石の中に、自らの姿が映っているのを、私は不思議な心持ちで眺めていた。

 

「……セフィ……ロス……?」

「……ヴィンセント……」

 形よい唇が、私の名を呼ぶ。

「ヴィンセント……オレは……」

「……え……?」

「……オレ……は……」

 

 ズ……!

 ズズズズズズ……ガッガガガガガァァン!

 

 彼の唇から次の言葉を待つとき……であった。

 突如、筆舌に尽くしがたい、尋常ならざる地鳴りが我々を襲ったのだ……!