〜 ジェネシス逗留日記 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<10>
 
 ジェネシス
 

 

18:00

 

 夕焼けの最後の残照が燃え落ちてゆくと、気の早い星々が顔を覗かせる。

 まだ、空はうっすらと紅いのに……

 

 俺は付けっぱなしのエアコンを切った。

 日中に比べれば、ずっと気温は下がっているし、毛布を掛けてもらっているとはいえ、セフィロスはノースリーブだ。

 

 セフィロス……か。

 彼も神羅カンパニーの犠牲者のひとりだ。

 その絶望の深さは、メテオを呼び、ミッドガルを粉々に粉砕した。かつては『英雄』と呼ばれた男の引き起こした史上最悪の事件だったはずだ。

 

 ……だから、か? セフィロス。

 だから、おまえは想い人に気持ちを告げられないのか?

 それとも、かつての恋人であった、チョコボっ子に遠慮してのことなのだろうか?

 

 大理石の彫刻のように、美しく整った貌は何も応えない。

 今は無防備に、眠りの縁を漂うばかりだ。

 

 ……セフィロスとならわかり合えたかもしれない。

 奇しくも、俺とセフィロスは壊す側の人間になってしまった。セフィロスは、かつて己が引き起こした事件をどう考えているのか、それはわからない。

 だが、少なくとも当時の時点では、怒りと絶望に囚われ、すべてを無に帰すことを選んだのだ。

 俺だとてそうだ。

 実の親を手に掛けたことも……親友を失ったことも……

 そして、実験の失敗により、自らの肉体が劣化し、蝕まれてゆく姿を目の当たりにしたのも…… すべて神羅が手を下したことだ。

 それなのに、どうして人を守ろうなどと考えられる? 怒りを抑えて慈悲の心を抱き続けることができるのだ!?

 

 ……それとも、そこが俺の……俺たちの限界だったということなのか?

 チョコボっ子や女神のほうが、ずっと強くて……

 

 セフィロス……?

 おまえはどう思う?

 俺はやはり女神にはふさわしくないのだろうか?

 おまえから見た俺はどう見える? 未だに哀れな負け犬の姿をしているのだろうか?

 

 ……セフィロス……!!

 

 

18:30

 

「ぎゃッ! なんだ、貴様! どけッ!」

 唐突に、ものすごい勢いで突き飛ばされ、俺は思いの縁から現実に引き戻された。

「……大声を上げてどうしたのだ……? ふたりとも何か……」

 女神までもやってくる。

 ああ、そうか、そろそろ夕食の準備に入る時間か。ずいぶんと長い間呆けていたらしい。

「この野郎がオレ様の寝込みを襲おうとしやがった! 顔近づけやがって…… あー、気色悪ィ!」

 接吻したわけでもないのに、セフィロスはものすごい勢いでゴシゴシと口を拭った。

「ああ、いや、すまん。ただ見ていただけなんだが……」

「ただ見るヤツが、あんなに接近するか! だいたいどうしておまえが今さら、オレのツラなんざ凝視する必要がある! ペッペッ!」

「セ、セフィロス…… そんな言い方……」

 俺があまり反論しないのを気にしたのか、女神は心配そうな面持ちでこちらを見つめる。

「ジェネシス? ……顔色が悪い。気分でも……」

「いや……何でもないんだ。電気を点けていないからそう見えるだけだろう」

「気分が悪ィのはオレ様のほうだ!!」

「セフィロス…… 大声を出すのはやめたまえ」

 女神がきかん気の強い子供に言うように、セフィロスを宥めた。

 神羅によって、もっとも残酷な形で生をゆがまされた女神。

 それなのに、なんて君はやさしく強いのだろう。

 

 ヤズーに話を聞かせてもらって良かった。いや、本当ならば自分自身で気づかなければならないことだったはずなのに。

 おのれの弱さやいい加減さを棚にあげて、恋をしてはいけない相手なのだ、ヴィンセントは。

 

「……女神」

「……あ、ああ、ジェネシス」

 彼はとまどいつつも、俺の側に来てくれた。セフィロスはとっくに逃げ出してヴィンセントの後ろに回っているから、俺と彼を遮る物はなにもない。

「……女神、俺は必ず君にふさわしい人間になるよ」

「え……? あ、あの……」

「今の俺では、君に恋を語る資格はないようだ。……君の側にいても恥ずかしくない男になれたら……そのときは……」

「ジェ、ジェネシス……? なにを急に…… いったいどうしたのだ?」

 女神は困惑した眼差しで俺を見た。それはそうだろう、自分で話をしていても、あまりにも唐突すぎる物言いだと思っていたのだから。

「ジェネシス……本当に具合が悪いのではないのか?」

 女神の白く冷たい指先が、俺の手を取る。やわらかく両の掌で包み込まれ、こんなときなのに涙が出そうになった。

「なにかつらいことがあるのなら、私に話してくれれば……」

「たった今、気色悪いツライ目に遭わされたのは、オレ様のほうだろーがッ!!」

 地団駄踏んで英雄が吠える。だが、ヴィンセントはまさしく聖母の穏やかさで彼を諫めた。

「セフィロス……静かに…… そんなキツイ物の言い方をするものではない」

「……ありがとう、女神。ちょっとね、センチメンタルな気分になってしまっただけさ。目覚めた君に会ってから、短い間にいろいろなことが在りすぎて……」

「ジェネシス……」

 そう……眠っている女神を、慰めに見つめていた時間があまりにも長すぎたのだ。

 親を手に掛け、友を失い、肉体さえも頽れていった、あの果てしなく長い時間…… 神羅への恨みと、健全な人間たちへの憎しみ……嫉妬の感情。

 内奥で育てられた怨念のままに、俺は多くの生ある者どもを屠ってきた。

 贖罪を済ませていないこの手は、まだ穢れたままだ。

 女神を抱きしめる資格は俺にはない。汚らしい腕で、この人に触れるわけにはいかない。

 ……ああ、俺はなんて弱いのだろう! 情けないジェネシス……!

 

 

19:00

 

「ジェネシス…… 大丈夫……大丈夫だ……」

 懐に暖かな体温を感じ、俺はびくりと身を震わせた。

 その拍子に、頬からパタパタと何かが落ちる。それが自分の涙だとわかって、俺はさらに動揺した。

 少し離れたところに突っ立っていたセフィロスも、さすがに驚いたのだろう。奇妙なものを眺める目つきでこちらを見ていた。

 馬鹿な……泣くなんて…… いったい俺は、いつから感情の制御法さえ忘れてしまったのだろうか。

 乱暴にならないよう、女神から身体を離そうとしたが、彼はさらにぎゅっと腕に力を込めてきた。

「女神……いや……すまない……取り乱して……」

「…………」

「もう……大丈夫だから……」

「……君はひとりで我慢しすぎる」

 彼は俺の肩口に頬を触れさせながら、静かに語りかけてきた。

「まだ年若いのだから。……泣きたいときに泣けるのは若者の特権なのだ。私はそれをとてもよいことだと思う」

「……ヴィンセント……」

 嬰児を抱く聖母のように、彼は俺の背をそっとさする。

 

 醜くささくれ立った心が、水面のように滑らかになってゆく。側にセフィロスがいるのに、俺はあまりの心地よさに、瞳を閉じてしまいそうになった……

 

 夜のとばりが降りてきて、俺の情けない顔を包み隠してくれたのは僥倖だった。