〜 子猫物語 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<12>
 
 セフィロス
 

 

 

 

  

 ふわふわした綿毛のような黒い体毛が、純白のシーツによく映える。

 ヴィン猫は、いわゆる長毛種ではないのだが、とても艶やかでやわらかな毛をしているのだ。

「みゅぅ〜……」

「そんなツラそうな顔をするな」

 苦笑混じりにそう言ってやった。ヴィン猫は少し驚いたように、オレを見つめ、キュッと目を閉じた。

 糸のようにか細い神経のコイツには、自分の姿をした人間が、次から次へと困ったことをしでかす様子を見ているのが苦痛なのだろう。

 子猫だとて悪気があって、ヴィンセントの身体でいたずらをするわけではない。頭ではわかっていようが、やはりビジュアルが及ぼす影響は大きいのだ。

「前にも言ったろ。おまえは、周囲の人間の気持ちを深読みしすぎて、よけいな心配をしているだけだ」

「にゅ……」

「クラウドのクソガキはワイヤーロープ並みの図太さなのにな。まったく面白い組み合わせだ」

 共通点をひとつも見いだせないカップルを、オレはそんな言葉で茶化した。

「腹は減ってないな? 手洗いは……さっきすませたか。風呂にも入ったしな。よし、寝るか、ヴィンセント」

「みゅ……」

「心配するな。オレはあのガキほど寝相は悪くないぞ」

 少しばかり昔のことを思い出しつつ、そうささやいた。

 クラウドは寝相が悪いのだ。普通に枕を宛って仰向けに眠っても、ごろごろと転がり、掛け布団を抱き込み、挙げ句の果てには人の腹を枕にしたりする。

 寒くなるとだっこ人形のように、ぺったりと張り付いてきて……そう、あいつ自身が野生の小動物のような子供だった。

「にゅ……?」

「いや、なんでもない。ほら、入れ」

 掛け布団を少しだけ持ち上げてみせた。

 ヴィン猫は身体が小さいから、布団の中に埋まるようには寝ない。身体の半分だけ、シーツに埋め、顔の部分は外に出していた方が安心するようだ。

 子猫は何度か、姿勢を取り直し、一番落ち着く形に丸まると、朱金の瞳をそっと綴じ合わせた。

 

 

 

 

 

 

 オレは夢の中で、知らない女と話をしていた。

 長い髪を一つに束ね、怜悧な面差しの見目のいい女であった。

 彼女は白衣を身につけていた。側に近寄ると、微かに薬品の匂いのようなものがした。

 

 ……そんな細かなことまで覚えているのに、女と話した会話の内容はまるきり覚えていない。

 ただ、そいつが『ヴィンセント』と、オレの知る黒髪の男の名を、なつかしそうに口にしたことだけは、記憶の片隅に残っていた。

 ……不快な夢ではなかった。

 その女が、ヴィンセントの名を呼んだことも、ひどく慕わしげにオレに話しかけてきたことも。

 そういえば……ああ、あのときの女に似ている……かもしれない。

 オメガ・ヴァイスと戦ったとき……最期の最期……傷だらけのヴィンセントを抱き、生還するために死力を尽くして高熱に耐え忍んでいたあの瞬間……

 オレたちふたりの身体を、白い腕で包んでくれた女に……

 

 もしそうだとしたら、オレを産んだ女……ルクレツィアといったか……彼女だったのかもしれないな。

 もっとも、オレは直に彼女を見たこともないし、記憶にとどめられてもいない。

 どうでもよいことだが……その女がヴィンセントの身柄を案じているのなら、よけいなお世話だ。

 今、ヤツの側にいるのはオレだ。

 ヴィンセントが居るのに、これ以上に安全な場所があるか?

 そう言ってやりゃよかった……

 

 そんなふうに思ってる間に、朝陽の差し込む気配を感じた。

 薄手のカーテン一枚では、南国の日差しを遮るのには不十分なのだ。だが、今のオレは、こうして自然の光で目覚めるのが、体調に合うようであった。

 シフォンのカーテンを透かして、まばゆい光が忍びこみ、部屋の中央に置いた寝台に迫ってくる。

 きらきらと輝く銀色のシャワーの中、オレの傍らで蒼白い肌が絖のように輝いていた。

 

 ……ああ、なんだ。

 

 と、思った。

 昨夜、ここには子猫のヴィンが眠っていたはずだ。だが今は、長い黒髪をたゆたわせ、骨ばった肩をシーツに埋めて、ひとりの男が横たわっている。

 ……ヴィンセントと子猫のヴィン。

 とりかえばや物語の終焉がやってきたようだ。

 

 あんな女の夢を見たせいだろうか。

 家に住まう者たち、皆が待ち望んだ結果が目の前にあるというのに、その程度にしか感じなかった。