Love letter
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<7>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

『あ、あの……』

『ヴィンセント様には恋人がいらっしゃいますの?』

 ほとんど詰問のような口調だった。

 後から考えれば、きちんとこの時、クラウドの存在を話すべきだったのだと思う。だが、妙齢の女性に向かって、『同性の恋人が居り、一緒に暮らしている』と告げることが、私には出来なかったのだ。

『いえ……それは……その……』

『想う方がおられないのなら、わたくしにもチャンスはございますわね』

『あ……い、いや……それは……』

『今日はごめんなさい。これ以上一緒に居させていただいても、迷惑を掛けてしまいそうだし、わたくし、帰りますわ』

『あ、は、はぁ…… あ、で、では送って……』

『いいえ、車ですので』

『あ、で、では……あ、ここの払いは私が……』

『いえ、もう済んでおりますので』

『は、はぁ…… あの……申し訳ない…… では私の分を……』

 ボソボソと割り勘を告げた言葉を打ち消すように、彼女は語気を強めて迫ってきた。

『では代わりと言ってはなんですが、今度は落ち着いた場所で会っていただけますでしょうか』

『え……あ……で、でも……』

『人目がないところのほうが、ヴィンセント様にはよろしいようですし』

『あ、はぁ……』

『まぁ、うれしい!』

 彼女のはしゃいだ声で、私はハッと我に返ったのだった。白い頬を朱に染めて、両手を胸の前で組み合わせていた。

 ……今さら、「それは無しの方向で」とは言えそうになかった。

『それでは、近いうちにご連絡いたしますわ。絶対にお約束ですわよ』

『……はぁ』

『ではごきげんよう』

 泣いた鴉が……ではないが、彼女はえん然と微笑むと、ヒラヒラとスカートを翻し、ラウンジを出ていった。

 取り残された私は、その姿を、まるで映画のワンシーンのように、ぼうっと眺めていた。

 

 その後は、夢遊病者ように足を引きずって、懐かしの我が家に戻ってきたのだ。

 この家が視界に入ったとき、本当に『懐かしの我が家』と感じ、まさしく『生還した!』という気分であった……

 

 

 

 

 

 

 ヤズーがクラウドには、上手く話をしてくれたようであったが、どれほど言葉を飾っても、彼にとっては不愉快極まりないことだと思う。

 私自身は、同性愛に偏見はないつもりであったが、若い女性にそれを告げる勇気はなかったのだ。やはり私は彼らよりも、遙かに上の年代で、その価値観が邪魔をしたと言わざるを得ない。

 心優しいクラウドは、今日の出来事を根掘り葉堀り聞き出そうとはせず、いつも以上に慕わしげに接してくれた。

 

 ……多分、私はクラウドにひどく甘えているのだろうと思う。

 彼は好意を隠すタイプではないから。きちんと言葉をくれる青年だから。

 『愛している』と全身で告げてくれる彼の存在は、分不相応な自信を私に与えてしまったのかもしれない。彼の愛情表現にあぐらを掻いて、クラウドを軽んじることがあれば、あまりに申し訳ない話だ。

 あろうことか、クラウドの気持ちを思いやる余裕もなく、ありありとあからさまにおのれの疲労をさらけ出していた私を、彼は優しく気遣ってくれさえした。

『ヴィンセント、大丈夫? なんか顔色悪いよ?』

 などと声を掛けてくれ、

『今日は早く休んだほうがいい』と、私を浴室に追いやった。

 きちんと温まって出てきたにも関わらず、

「ヴィンセントは働き過ぎ」だの「季節の変わり目だから風邪が流行っている」だの、いろいろと言葉を並べて、すぐに部屋で休むよう、促された。

 こんなふうに、気遣われる理由などないのに……むしろクラウドのほうこそ、仕事で疲れているはずなのに。それに、私が今日、彼女と会ったということは事前に知っているはずだし、その結果の不本意な展開もヤズーから聞かされているはずなのに……

 なんとなく狐につままれたような気分で促されるままに、こうして自室に戻ったのだった。

 白木づくりのシンプルなデスク……その上に置かれた写真立てに、クラウドが明るい笑顔でこちらを見ている。椅子に掛けた私は……ああ、相変わらず惚けたような曖昧な面もちで……それでも淡い笑みのようなものを浮かべていた。

 そっと手に取り、裏の金具を外す。

 押さえの木板を取り去り、中から写真を引き出した。

  

 ……さきほど眺めていたものではない。

 クラウドと私の写真ではなく、表に出ないよう、木板と表面の写真の間に入れておいた、もう一枚のフォトグラフ……

 セフィロスが子猫のヴィンと戯れている写真だ。

 フィルムが余ったといって、クラウドが適当に写していたものの一枚であって……どうにかそれをこっそりと入手したとき、本当に嬉しかったものだ。

 なぜなら、そこに写ったセフィロスは、いつものような仏頂面ではなく、ごく自然に微笑んでいたから。むろん、じゃれついているヴィンに、笑い掛けたのだろうが、私にとってはとても大切な宝物になっていた。

 ……正直、自分と似た名をもった子猫を、うらやましく思ってしまうほどで、我ながら情けないと感じたものだ。 

「今回の一件……君はどのように思ったのだろうか……?」

 私は写真の中のセフィロスに向かって、低く問いかけた。もちろんいらえがあるわけではない。冷たく整った造形が、猫相手にやさしくとろけているのを眺め、そっと元に戻すと、今夜だけ写真立てを枕元に置くことにした。

 

 

 さて、眠ろう。

 せっかく、クラウドが気遣ってくれたのだから。

 それに私は本当に疲れていた。そのくせ、気が立っていて、なかなか眠れないのではないかと不安になった。

  

 ……だが、そんな心配は無用だった。

 やはり私は、本格的に疲労していたのだろう。ベッドに横たわり、頭を枕に着けると、そのまま泥のような眠りに落ちてしまった。

 ヴィンが猫用のドアから、いつものバスケットに戻ってきたことさえ、まるきり気がつかぬほどに……