LOVELESS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<19>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

「では、また……ごきげんよう」

 ヴィンセントは丁寧にそうささやきかけて、話を終えた。相手が通信を切るのを待って、静かにコードレスホンをもとに戻す。

 今どき、こういう細やかな気遣いができる人は、女性でも少ないだろう。

「ウフフ、ヴィンセント、あなたにしてはめずらしく長くしゃべっていたね。ジェネシス、なんだって?」

「あ、ああ、いや、この前の食事のお礼と……その、絵画展の誘いを……」

 チラチラと横目で兄さんの様子をうかがいながら、ヴィンセントはつぶやいた。

「へぇ、いいじゃない。行っておいでよ」

 と、にっこり笑って促した。彼はぎこちなく微笑み返しながら、傍らの兄さんを気にしている。

「あ、ああ。あ、あの……クラウド……?」

「ん? べ、べっつにー。俺、ヴィンセントのこと信じてるしィ。気になんないよ。だって友だちなんでしょ?」

「え? あ、ああ、もちろん! 彼はとても親切で優しい人だ。おまえの古くからの知り合いということで、ゆっくり話をする時間が欲しかった」

 ヴィンセントはいつも以上に、丁寧にそう言った。敢えてクラウド兄さんと関連づけた上でジェネシスと語り合いたいのだと。

「えー、昔の話なら俺がしてあげるのに〜」

「いや……クラウドの話を聞きたいのだから…… 第三者のほうがよかろう? きっとおまえは純粋で愛らしい子供だったのだろうな」

「よしてよ〜、照れるじゃん、ヴィンセント!」

 アハハハと互いに笑い合う。俺も釣られたような格好だ。セフィロスだけはソファに寝そべっていたので、まったく表情は読みとれなかったが…… 

 

「その……クラウド……ありがとう」

 笑い声が途切れたところで、あらためてヴィンセントが兄さんにそうつぶやいた。

「え? な、なに? なんで?」

 と、兄さん。

「……おまえのおかげで、新しい友人ができた……」

「ヴィンセント……」

「そうだな、よくおまえにも言われたが……やはりずっと家の中に籠もっていてはいけないのだな……」

「あ、う、うん」

 慌てて頷く兄さんが可笑しい。本当は『駕籠の鳥』にしたいのだろうに。彼なりの理性で、我が儘を自制しているのだ。

「あ……その、おまえが家に居る休日は私も出掛けないから。ジェネシスにもそう告げたし……」

「ヴィンセント…… う、うん。その、ありがと。やっぱり家に居るときはヴィンセントにも一緒に居て欲しいなって……そう思う」

「もちろん。……それは私も同じだ」

 じっと見つめ合うふたり……

「あー、ハイハイ。気が済んだらお開きお開き。いつまで経ってもテーブルの上が片付かないでしょう」

 無粋ながらも、パンパンと両手を打ち、この場を収めるのは、やはり俺の役目であったのだ。

 

 

 

 

 

 

「うん、キレイキレイ。さすがヴィンセント。難しい色なのに、上手く着こなすなァ」

 仕上げに彼の髪を細いリボンで括ってやりながら、俺は感嘆の溜め息を吐いた。

「え……いや、そんな…… ヤズーが選んでくれたからだろう。私はこういったことは苦手だから……」

「うふふふ、ヴィンセント相手だと、コーディネートも楽しくてね。やっぱり綺麗な人をより美しく飾るのって、腕の見せ所じゃない? 眉も整えていない娘さんとかなら、ちょっと手を入れるだけで見違えるけどさァ」

 少し大げさに手振りを交えて説明してやると、ヴィンセントはいつものように困惑した面もちで、もぞもぞと反論を唱えた。

「ヤ、ヤズー…… またそんな……私は……容姿にコンプレックスが……」

「ハイハイ。まったく不器用で謙虚な人だねェ。ああ、そこも魅力のひとつなんだっけ」

 といってからかってやる。

 ジェネシスに我が家で夕食をごちそうしたとき、送りがてらの会話でそう言われたそうだ。兄さんに話すのは憚りがあるらしく、俺にだけそっと教えてくれた。

 なかなか劣等感を払拭できないヴィンセントにとっては、まさしく神の福音のごときメッセージだったのだろう。

『それは君の魅力のひとつだよ』

 か……

 さすがジェネシス、上手いことを言う。

「ええと、時間大丈夫?」

「あ、ああ。そろそろかと思う。ええと、この前借りたジャケットを……」

 ヴィンセントが、プレスした夏ジャケットを丁寧に紙袋に収めていると、部屋のドアがノックされた。もちろん、俺たちはヴィンセントの私室でもろもろの準備をしていたのだ。

「おい、オレだ。表に迎えが来ているぞ、ヴィンセント」

 ドアを開けるまでもないと思ったのだろう。セフィロスが扉越しに声を掛けてきた。

「あ、ありがとう! セフィロス……あ、あの……ッ」

 ヴィンセントが、居間に戻り掛けた広い背中を追う。

「なんだ?」

「あ、あの……あのッ……」

「ほぅ、イロケムシの見立てか。なかなかいい雰囲気だ」

 セフィロスはそういうと、ヴィンセントの襟元を直し、髪を撫でつけた。

 ……ジェネシスと一緒に出掛けるときいて、てっきり機嫌を悪くしていると踏んだのだが……どうやら、穿って見過ぎていたらしい。

「セフィロス、夕方には戻るから……ッ 夕食は家で……」

「ああ、わかってるわかってる。変態詩人に何かされそうになったら電話しろ。助けに行ってやる」

 ポケットの携帯電話をぽんと叩いて見せ、軽口をきくセフィロス。普段よりもむしろ機嫌がよいとさえ言える態度に、ヴィンセントの緊張が緩んだ。

「また……君は……そんな言い方を……」

「オラ、あんまり待たせると家の中まで入ってこられるぞ。さっさと言ってやれ、ヴィンセント」

「あ、ああ。じゃ……い、行ってきます」 

 照れくさそうに……それでもヴィンセントにしては明るい口調でそういうと、俺に「仕度を手伝ってくれて有り難う」とご丁寧に口上を述べてから出ていった。

 まるで初めてのデートに出掛ける女子高生だ。

 ジェネシスに似合いのスポーツカー。それも軽薄なタイプのヤツじゃなくて、エレガントでシャープな雰囲気の車……

 ボンネットに軽く手を付き、ヴィンセントが出てくるのを待つジェネシス。ようやく門から、トロトロとヴィンセントが駆け寄り(いや、走っているのだが『トロトロ』なのだ)、ジェネシスに丁寧に挨拶をする。

 さっそくヴィンセントが、プレスし終えた夏ジャケットを、きちんと袋から出して見せてジェネシスに返却した。苦笑しつつ、それでも嬉しそうに受け取っているのは、きっとヴィンセントの生真面目さを愛しく思ってのことなのだろう。

 軽い会話の後、ジェネシスが助手席の扉を開く。

 ヴィンセントが何か口にして、そこに乗り込んだ。きっと「ありがとう」と言ったのだろう。

 慣れた手つきでドアを閉め、左ハンドルの運転席へ滑り込むジェネシス。

 車は爆音など上げず、静かに走り出した。