LOVELESS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<30>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

「ヴィンセント、傷口……コレ使って」

 血でぐしょぐしょになった彼の上着の変わりに、着ていた夏ジャケットを脱いで渡した。幸いコットンだから、こういった用途には向いていそうだった。

「あ、ああ。ありがとう、ヤズー」

「いいよ、そんなこと…… もう大分落ち着いたから」

「黙っていたまえ! 君に万一のことがあったら私はどうすればいい!?」

 血相を変えるヴィンセントに、ジェネシスがちょっと驚いたように目を瞠り、次の瞬間、自分の表情に気づいたのか、ひどく可笑しそうに自嘲した。

「やれやれ、叱られてしまったよ、ヤズー。でも、今のセリフをふたりきりのときに聞けたなら、それこそ俺は歓喜で昇天してしまいそうだ」

「やれやれ。貴方ときたら。まぁ、ちょっと安心したけどさ」

 俺が苦笑すると、ジェネシスは一仕事を終えたように、ほぅ……と深いため息を吐きだした。

 

「ジェ……ジェネシス…… どうして……私をかばったりなど……」

 ヴィンセントがあえぐようにつぶやいた。涙が止まらぬせいで、引きつったような声音になってしまっている。

「どうして……会ったばかりの人間のために……」

「どうしてだって? 当たり前だろう、女神」

「何を……君は……」

「言ったじゃないか…… ようやく自分の取るべき行動がわかったと。何をすればいいのか……答えが出たんだ」

 ささやくようにつぶやくと、ジェネシスは淡く微笑んだ。深い傷はかなりつらかろうが、そう答えた彼はとても満足げに見えたのであった。

「ジェネシス……!」

「大丈夫だったら、女神。……ああ、君の手が汚れてしまうよ」

「バ、バカなことを言わないでくれたまえ! もう無理にしゃべるな……! ずっと着いているから……! 安心して休んでくれ」

 かき口説くヴィンセントの物言いを、素直に聞くつもりになったのか、それともさすがにそろそろ限界だったのか、ジェネシスはゆっくりと瞳を綴じ合わせた。

 

「ジェネシス……?」

 震えるヴィンセントの呼び声。

『無理にしゃべるな』

 とはいいながらも、ジェネシスが双眸を綴じ合わせたのが不安になったのだろう。

「ジェネ……」

「ヴィンセント、ジェネシスは大丈夫だよ。出血はひどいけど、負傷したのは腕だけだし。さすがに疲れて眠っただけだ」

「ヤ、ヤズー……本当に……?」

「ああ、もちろんだよ。すぐに山田医師のところに連れて行こう。俺たちの車も持ってきているから」

「あ、ああ」

「そう。さっさとこの場を終えてね」

「ヤ、ヤズー……」

「ヴィンセント、ジェネシスをお願いね」

 宥めるようにそうささやくと、俺はくるりときびすを返した。片手にはベルベッドナイトメア。

 ネロを睥睨するおのれの顔を、ヴィンセントには見られたくなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

「……どうする、緊縛野郎。ここで決着をつけるか?」

 セフィロスが低くつぶやいた。 

 兄さんは彼に言われたとおり、ヴァイスといDGの前で大剣をかまえている。多少及び腰なのは、さすがに目の前のヴァイスが、オメガの媒体で、自分の倍くらいの巨漢だからだろう。

「……ほう。貴方なら有無を言わさず、そのまま僕の喉首を裂くのではないかと思っていました」

「そうしたいところだがな。むかつく野郎だが、貴様の能力はある程度知っている。オレが貴様の喉を裂くのと同時に片腕くらいは持って行かれそうだ」

 ネロの武器は銃。それも特殊な改造を施したものだ。またネロ自身の特殊能力は未だ未知数な部分もある。

 セフィロスが本気で殺気を発したならば、ネロも迷わず真剣に応戦してくるだろう。

「ちょっ……セ、セフィ! やんの?やんないの?」

「うるせェ、アホチョコボ。黙って連中を押さえてろ!」

 兄さんとセフィロスのやり取りの後に、俺はセフィロスの後ろに立った。ちょうどネロの視界から、ヴィンセントとジェネシスを遮る場所だ。

「後顧の憂いを無くしたいなら、腕の一本ぐらい差し上げちゃったら? セフィロス」

「フン、人のモンだと思って好き放題言ってくれる」

 セフィロスはそう言って笑ったが、腕云々はともかくこの場所でやり合う気はないのだろう。

 ここは、ミッドガルの廃屋や、壊れた研究所とは異なる。

 普通の人々が、平穏な日々を営んでいるコスタ・デル・ソルの田舎町なのだ。いくら、ここが平地よりも小高い丘陵地になっているとはいえ、足下には民家の屋根が見渡せる。少し向こう側には昼に食事をとったカフェテリアや美術館も見て取れる。

 我々とネロたちDGが本気でやり合えば、町一つ吹き飛ばすことさえたやすいのだ。

 セフィロスが、コスタ・デル・ソルの住民に配慮して……と考えてやるのは、いささか好意的すぎるかもしれないが、彼なりに思うところはあるのだろう。

 

 わずかな間隙の後、ネロを取り巻く鋭利な空気がゆるんだ。

 

「やれやれ……毎回毎回、邪魔が入ることだ」

 ふぅと息を吐き出し、銃口を引いた。

「そいつァ、こっちのセリフだな。てめェらがおとなしくしてりゃ見つけ出してまで危害を加えようとは思わん。……めんどくせーしな」

「フ……私はあきらめませんよ、ヴィンセント・ヴァレンタイン」

 彼はヴィンセントに向かってそう言った。ジェネシスを抱きしめたまま、ヴィンセントがネロを見つめる。その瞳には憎しみではなく……怯えと……むしろ憐憫の感情が見て取れた。

 

「では、これで。……ああ、そう。ジェネシスとはもはや無関係です。役に立たない同胞は無用ですから」

「ネロ……!」

「ごきげんよう。ヴィンセント・ヴァレンタイン。また逢う日まで」

「てめッ! しつけーんだよ!」

「君は黙っていて下さい。金髪の少年」

「クラウド・ストライフ! ヴィンセントの恋人!」

 いちいち訂正する兄さん。

「まぁ、どうでもよろしい。……さ、少年。兄さんから離れてください」

 そういうと、ネロは銃をホルダーにしまい、優美とも言える足取りで、兄・ヴァイスのところへ戻った。

「さぁ、兄さん。疲れてしまいましたね? 帰ってゆっくりと休みましょうね?」

 ひどく優しげな声音で兄に言い聞かせ、ネロはヴァイスの手を取った。

 ヴァイスは、ただ弟に促されるまま、のろのろとその巨躯を動かした。目の前に剣を差し向けて立っている兄さんなど、まるきり気づかぬ風体で……