In the middle of summer
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<8>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ……! これじゃ何のために同行したのかわからん」

 悪態をつく『ヴィンセント』の中のセフィロス。

「え? どこか行きたいところがあったの? 言ってくれればいいのに」

「あの状況じゃ無理だろ。しっかし、何でこんなふがいない、無表情男に、人気が集まるんだ? まったく解せん」

「何言ってるの? あたりまえじゃない。ヴィンセントは綺麗だし、優しいし、紳士だし。女の子が放って置くわけないよ。親切で誠実だしね。恋人にするには理想的なんじゃない?」

「最近の女はこういうのがいいのか? フン、いやな世の中になったものだ」

「まぁ、ヴィンセントには兄さんがいるからね。そういう輩に言い寄られても、あののんびりさんはわかっているのかいないのか」

「鈍い上にのんびりか。最悪だな」

「よしなさいよ。そんなんじゃないでしょ。人の想いには鋭敏だと思うよ、彼は。ただ自分に向けられる関心に疎いだけだよ。めずらしいけどね、あそこまでギャップのある人も」

「フン……くそ、重いな」

 セフィ……『ヴィンセント』が、荷物を持ち直して舌打ちした。

「大丈夫? 俺が持とうか」

「いや、いい」

「無理しないで。手、赤くなってる」

 そういうと、俺は『ヴィンセント』の手から買い物袋を奪った。確かに重くはあったが、俺にとってはそれほどの負担ではない。もちろん別にいくつか紙袋を抱えているが、それでも十分持っていける重さであった。

 

「チッ……朝飯のときもそう思ったが……こいつの身体だと勝手がわからん。無理に食ったわけでもないのに、胃が受け付けないし……」

「…………」

「そんな荷物……自分の身体なら、片手で2、3個は余裕で持てる」

「……それは仕方ないよ、セフィロス」

「……くそ、イラつく」

「中身はあなた自身でも、身体はヴィンセントなんだから。彼の肉体に無理を強いても、拒否されるだけだよ。場合によってはひどい負担をかけることになるかもしれないし」

「…………」

「あ、ごめん。そんなつもりじゃなくて……無神経だったね、ごめんなさい」

 そんな話をしている間に家に着く。

 俺は片手に荷物をまとめて持ち、ドアを開けた。

 

「『そんなつもり』じゃなくてどんなつもりだ。いきなりエラそうに謝り出すな、イロケムシ」

 サンダルを乱暴に脱ぎ捨て、セフィロスが言った。

 荷物をキッチンに放り出すと、居間のソファに身を投げ出す。もちろん、いつも彼がするように、テーブルの上に足を投げ出して。

「もう、よしてったら。つい、ね。中身がセフィロスだと思うと、ずけずけ言えちゃうから。あなただって不安なのはヴィンセントと同じだもんね」

「オレがこの程度のことで動揺するか、バカめ」

 片腹痛いというように、セフィロスが吐き捨てた。

 カダージュたちの姿はない。表通りを歩いているとき、裏庭のほうから声が聞こえたので、おそらくそちらにいるのだろう。ヴィンセントが姿を見せないのは、出掛けに俺が忠告したように、部屋で休んでいるらしかった。

 

「動揺してあたりまえだと思うけどね。とにかく無理をしないで。気を楽に……っていうのは他人事みたいな言い方かもしれないけど、あまり考えこまないでね」

 俺は手早く冷たい飲み物を用意すると、『ヴィンセント』……セフィロスの前に置いてやった。

 礼も言わずに一気に飲み干すと、『ヴィンセント』は今まで一度も見せたことのない滴るような妖しい微笑を浮かべた。

「……わかってる。ま、せっかくの機会だ。せいぜい、この身体で楽しませてもらうさ」

「……ちょっと、なに考えてるの?」

「いろいろあるだろ。退屈しのぎにはなる」

「……セフィロス? 言っておくけど、それ、ヴィンセントの身体なんだよ? 他人のものなんだからね? 面白半分で勝手に……」

 俺はとてもヴィンセントには見えない『ヴィンセント』に声をかけた。白くて細い指が、気障に髪を掻き上げる。

「フン、貴様の考えているようなことなどするか。いくらあの男の身体とはいっても、中身はオレだからな。他の野郎に組み敷かれるのはゴメンだ。オレは絶対上のほうがいい」

「……ロコツだなぁ、あなたは」

「同じコトを考えていたくせによく言う」

 フンと、『ヴィンセント』……セフィロスが鼻で笑った。

 

 血の色の瞳に、露を含んだ長い黒髪。

 ヴィンセントの睫毛は量が多いというよりも、一本一本がとても長く、切れ長の双眸を覆っている。白い肌……というよりも、血が通っていないような青ざめた肌、骨の浮き出た肩口……そして胸元への線。

 今朝方、セフィロスが鬱血がどうのと言っていたが、なるほど本当に肌が薄いのだろう。ぶつけたと言っていた二の腕には、淡く蒼い血の色が浮き出ている。

  

「なんだ、何をじろじろ見てやがる」

「肌薄いなぁと思って。ヴィンセントは恥ずかしがり屋だからさ。仲良くしてもらってるけど、あまり間近に寄ったことってないんだよね」

「フフン、人慣れしていないところがまたいいんだろ、アイツは」

「そうだね……ちょっと失礼、セフィロス……ああ、消えかかってるけど、まだうっすら残ってる」

 俺は『ヴィンセント』の手をとって、じっと見つめた。

「なんだ、鬱陶しい」

「手首の痕。またずいぶんと思い切ったことしてくれたよね、セフィロス」

「仕方ないだろ、アイツが逆らうからだ」

「フツーでしょ、それは」

「フン」

 

 俺は、モンスターの襲撃などというおまけつきの、とんだ災難に見舞われた、旅行のときの話を蒸し返してやった。

 無人の旅荘にほぼ丸一日取り残された、ヴィンセントとセフィロス。

 あの当時、旅行前からヴィンセントの様子がおかしいことには、俺も気付いていた。原因などはしらない。だが、なんとなく落ち着かぬ風で、なにかを堪えているような苦しげな表情をすることがあった。

 ヴィンセントは「心配ない」といって、理由を教えてはくれなかったが、あの頃の様子からそれはただごとではなかったはずだと思う。

 

 しかし、俺たちが救出に向かったとき、怪我だらけではあったが、ずっと凝り固まっていた空気は完全に無くなり、おだやかな表情のヴィンセントが居た。

 なにがあったのか、詳細は知らない。

 ヴィンセントに訊ねたら、可哀想なことになりそうだし、セフィロスが真面目に答えてくれるとは思えなかったし。

 正直、そこまでヴィンセントの『理由』に興味があったわけではなかった。

 それよりもずっと興味半分で聞いてみたいことがある。本人には絶対聞けないようなことを。

 

「まぁ、別にヴィンセントの『理由』を、知りたいと思っているわけじゃないからさ」

 俺は頭の中で考えたことを、前置きで口に出した。

「そんなことよりもね、感想を聞きたいな。……よかった?」

「よかった」

 セフィロスは即答した。

 

「やれやれ、少しは手加減したんでしょうね? 手首に痕つけるくらいだから、相当無茶をしたんじゃないの?」

「死なない程度にな」

 端的な返答が恐ろしい。

「だがな……終わった後で、あいつ、なんて言ったと思う? まぁ、くわしく説明するわけにはいかないんだが」

「……なんて?」

「『大丈夫か、セフィロス?』」

 『ヴィンセント』の中のセフィロスは、口元に細い指を当てて、ひどく楽しそうに、クックックッと笑った。

 

「え……?」

「それから、『面倒をかけてすまない』『ありがとう』……だったかな」

「な、なに……? それ」

 ヴィンセントからセフィロスを誘うはずはないだろう。縛られたということからしても、それが知れる。にもかかわらず、その言葉は……?

 

「だから理由は説明できないと言っているだろう。あいつにとってはまわりに知られたくないことらしい」

「……? そ、そうなの。でも、あなたがヴィンセントを助けたことになる……のかな。彼のその言葉を聞くと……」

「フフフ、あいつは勝手にそう思ってるんだろうな。お人好しもここまでくれば天晴れだ」

 『ヴィンセント』は口元を歪めて、禍々しく笑った。

 

「おい、貴様」

 声音を変えて俺を呼ぶ。

「……なに?」

「よけいなことだと思うがな。クラウドのガキにつまらんことを言うなよ。どうせあのガキもこの男もオレのものになるんだ。早いか遅いかだけの違いだ。ここにいる間、面倒なことになりたくない」

「はいはい、ご主人様」

「わかっているならそれでいい……ふぅ」

 一気にしゃべると、ヴィ……セフィロスは大きく息を吐き出した。

「大丈夫? 顔色がよくないよ」

「……クソ……なんて疲れやすい身体なんだ……ちょっと外を歩いてきただけで……」

「その疲れやすいヴィンセントが、あんなに一生懸命家事をやってくれているのを、ありがたいと思ってくれた?」

「……フン」

 そういうと、『ヴィンセント』はソファに横たわった。

「……眠い」

「うん。少し眠って。上に掛けるものとってくる」

 俺はランドリーから乾いたばかりのブランケットを持ち出して、居間に戻った。

 

「……セフィロス?」

 小声で呼びかけてみるがいらえはない。

 仰向けの顔を覗き込むと、スースーと規則的な吐息が聞こえる。あっという間に眠り込んでしまったようだ。

 そういえば、セフィロスは、よく昼寝をしている。しかもけっこう長い時間、眠ったままのことも多い。精神と肉体にひずみが生じているのかと懸念したが、やはりヴィンセントの姿になっても、同じように眠くなるみたいだ。

 俺はブランケットを広げると、丁寧に『ヴィンセント』の身体に掛けてやった。

 心地よさそうに眠る、邪気のない面差しは、いつものヴィンセントとなんら変わりがない。

 

 俺はそっと腰をかがめると、無防備な唇に口づけた。

 自分自身でも、『ヴィンセント』にキスをしたのか『セフィロス』にしたのか、よくわからない気持ちだった。