In the middle of summer
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<13>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

「なっ……?」

 さすがに驚くセフィロス。

「おい、なにを考えてる、クソガキ!」

「『ヴィンセント』……ッ! ごめん、俺……ッ」

「おい、クラウドッ! 本当に寝ぼけてやがるのかッ?」

 セフィロスが上に乗った俺の顔を覗き込む。

「ね、寝ぼけてないよ……俺……ヴィンセントと……」

「惚けるな、クソガキが! オレはセフィロスだ!」

「わかってるよッ!」

 俺は唾を吐き掛けるような勢いで怒鳴った。

「わかってるってばッ! でも、でも……アンタ、今、『ヴィンセント』だろッ!  俺のものだろ……」

 口に出してしまうと吐息が上がる。

 カッと顔が熱くなり、なにも考えられなくなってくる。

 そう、まるで強い酒を湯上がりに一気に呑んだような、そんな感覚だ。

 

「おい、バカ! なにを考えている貴様……」

 押し倒されて、さすがに俺の本気を察知したのか、『ヴィンセント』の……もといセフィロスの物言いが変わる。

「どけ、クソガキ! オレはセフィロスだ! おまえのヴィンセントじゃないんだぞ! バカめが!」

「……『ヴィンセント』……」

「セフィロスだと言っているだろうがッ!」

「……『ヴィンセント』……『ヴィンセント』……」

 俺はその名前に酔ったように、『ヴィンセント』とくり返した。

 押さえ付けた身体が、逃げを打とうとみじろぎする。

 

 だが、『ヴィンセント』の身体は、セフィロスの思い通りには動かなかった。

「……なッ……バカな……」

「……『ヴィンセント』……」

「うるさいッ! くそッ……なぜだ、こんなガキ相手に……」」

 セフィロスの声に驚愕の色が交じる。

「……くそッ……なんて非力な……」

 さっきから、俺の手を振り解こうと試みているのに、いっこうに思うようにならないようだ。理由は簡単だ。

 いくら、中身がセフィロスだとは言っても、身体は違う。腕力は『ヴィンセント』のままなのだ。

 

「……ほら、『ヴィンセント』じゃん。動けないでしょ」

 俺はそう言ってやった。

「おい、クラウド……落ち着け、早まるな」

「……どうしてよ。いいじゃん、セフィロスだって、俺のこと好きでいてくれたんでしょ」

「だからといって、この構図はないだろう! この構図はッ!」

 『ヴィンセント』の姿でセフィロスが叫ぶ。

「だって……今、セフィは『ヴィンセント』だもん。俺の『ヴィンセント』なんだから……おとなしくしてよ」

 俺は子どものような物言いで、大人にしかできない行為をしようとしていた。

 

「できるかッ!バカ者が!」

 セフィロスが『ヴィンセント』の顔で怒鳴る。

「……『ヴィンセント』はそんなこと言わない」

「だから、違うと言っているだろうッ!」

「綺麗な長い髪……ほら、紅い瞳……ほっそい腕……全部、俺の知ってるヴィンセントだよ……」

「ちょっ……おまえ、目が据わってるぞ……」

 セフィロスが神妙な声でつぶやいた。

                                      

「くそっ……放せ、この……ッ!」

「無駄だよ、『ヴィンセント』は、力じゃ俺に敵わない」

「ふざけるな、今、中にいるのはオレだ。いくら器があの野郎でも、オレなら……くっ……」

 じりじりと俺の身体の下から、身を滑らせる『ヴィンセント』……いや、セフィロス。だが、俺はまだ本気で締め付けてはいない。大切な彼の身体に傷をつけるのが嫌だからだ。

 腕の太さだけを見たって、俺の半分……とはいかないまでも、大分細いし、今、掴んでいる手首など、力を込めたら折れてしまいそうで怖いくらいだ。

 

「……無理だよ、『ヴィンセント』」

 俺は冷ややかにそう言い放つと、ずりずりと身を滑らせていた細い身体を、あらためて引っ張り上げ、ぐいと手首を押さえ直した。今度はさっきよりも強い力で。

「うッ……痛ッ……」

「暴れないでよ、頼むから……」

「おい、クラウド、しっかりしろ、目を覚ませ!」

「……目は覚めてるよ。意識もしっかりしてる」

 俺は棒読みでそう答えた。

「よせッ! やめろ……ッ!」

 俺は暴れる細い身体を押さえつけると、無理やり『ヴィンセント』に口づけた。

 中身はセフィロスなのだということを失念するほどに、しつこく口腔を貪る。舌を噛み切られるかもしれないなどとは、思いつきもしなかった。

 

「ん……ッ ぐッ……」

 『ヴィンセント』の喉が苦しげに鳴る。唇を放すと、俺を突き飛ばそうとして、渾身の力で腕を押しつける。

 だが、やはり、『ヴィンセント』は『ヴィンセント』だった。いくら中身はセフィロスだと言っても、『ヴィンセント』の力が倍増することもなく、また腕や脚に筋肉がつくこともなかった。

 

「あッ……はぁッ……はぁッ……」

「……ごめん、苦しかった……?」

 悪いなんて思ってもいなかったが、そんなふうに訊ねてみる。

 『ヴィンセント』の紅い瞳が、ギッと俺をにらみつける。

「ふざけやがって……このクソガキ……ッ!」

「俺とキスするの……いや? 『ヴィンセント』」

「いいかげんにしろッ! オレはオレだッ! 外見は関係ないッ!」

 セフィロスが声を荒げた。

 

 ……わかっている。わかっているんだ、そんなことは。

 

 以前、ヴィンセントに、「どんな姿になっても変わらず愛せる」と告げた。

 ウソじゃない。少なくともそう言ったときはウソではなかった。

 

 でも、『セフィロス』の姿のヴィンセントは……どうしても俺に過去を突きつける。

 神羅の英雄に守られ、懐に抱かれ、ただの力無い子どもだったあの頃を、例えようのない懐かしさと切なさを持って思い出させるのだ。

 

 ヴィンセントの存在は、俺にとって、「儀式」なのだ。

 そう、セレモニー。

 

 少なくとも、彼の側近くに居ることで、俺は守られる側から守る側になった。

 もちろん、俺が一方的に彼を保護しているなどと考えているわけではない。

 だが、生きることに疲れ、ただ残された生を無為のままにやり過ごそうとした彼を、その安寧の場から引っ張りだしたのは俺だ。

 

 そんな俺を、ヴィンセントは愛してくれた。側に居てくれると言った。

 少しだけ、自惚れさせてもらえば、ヴィンセントにとって、生きるということは、彼にその意味をふたたび考えさせようとした、この俺を、愛し続けることなんだと思う。

 終えようとしていた人生のステージに、もう一度引っ張り上げた俺と、向き合うことなんだと感じる。

 

 そして俺は、ヴィンセントの側に寄り添うことで強くなった。

 ……セフィロスと共にいたならば、決して得ることの出来ない「力」を得られたのだと思っている。

 

 ……ヴィンセントの存在そのものが、俺を強くしてくれる儀式であり、セレモニー。

 彼の側にいることで、俺はどれほどでも強くなれる。

 

 しなやかな黒髪、血の色の瞳……折れそうな肢体に、低い……途切れがちな声……物言い……本当は涙もろくて感情的なくせに、辟易とするほどに頑固な一面も持ち合わせている。

 全部……そのすべてでもって『ヴィンセント』なのだ。

 

 少なくとも『セフィロス』の姿の彼を、受け入れることは、俺の弱い心ではできそうになかった。

 

 

  

「……もう二週間以上も経つんだよ……?」

 俺は彼を押さえつけたまま、訴えかけた。

「だからなんだッ! もとはと言えばおまえのせいだろうがッ!」

「…………」

「……いいか、とにかく待て、落ち着け、クラウド」

「…………」

 自分自身の乱れる吐息に、舌打ちしつつ、『ヴィンセント』が言った。さきほどから黙っている俺の様子をうかがうように。

 

「『ヴィンセント』……」

「チッ……違うと言ってるだろ」

「『ヴィンセント』……だって『ヴィンセント』なのに……俺……」

 薄い胸に額を押しつけて、俺はつぶやいた。ほとんど呻き声になっていたと思う。『ヴィンセント』……セフィロスはため息を吐くと、あきれた様子で口を開いた。

 

「……そんなにしたいのか。相変わらず我慢のきかないガキだな」

「……したいよ。ずっと触れてないんだよ?」

「二週間程度だろ」

「……二週間もだよッ! 二週間も……俺……この唇にキス……してない」

 今はムッと噤んでいる、形の良い薄い唇を見つめた。

「チッ……ガキが……」

「『ヴィンセント』……」

「仕方ない……この身体では不本意だが……まぁ、いいだろう」

 『ヴィンセント』の中のセフィロスが、肩で大きく吐息した。じろりと俺を睨め付ける。

「…………」

「……抱いてやる。さっさと脱げ」

 乱れた黒髪を掻き上げ、半身を起こすセフィロス。とうてい『ヴィンセント』の言葉とは思えないセリフを吐く。

 

「違うよ、セフィロス……ううん、『ヴィンセント』」

「……なに……?」

「俺がアンタを抱きたいの。……おとなしくしてて」

 俺は起き直った彼の顔を、下から覗き込むようにしてささやいた。

「なッ……ふざけるなッ! このオレに……うあッ!」

 セフィロスの怒鳴り声に、叫びが交じった。

 俺にローブの帯を引っ張られ、バランスを崩したのだ。

「……だいじょうぶだよ。『ヴィンセント』となら、慣れてるし……そんなに痛くしないから」

「いいかげんにしろッ! このヤリたい盛りのクソガキがッ!」 

 腕を突っ張る『ヴィンセント』。

 それを片手で振り切り、俺はくつろげた前合わせに指を侵入させた。