ニャンニャン。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<7>
Interval 〜02〜
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐったりと弛緩した身体を、なんとか腕を突っ張って支えていると、すぐにヴィンセントが身を起こした。
 
 緩慢な動作ではなく、彼にしては敏捷な動きでだ。

 

「……ヴィン……セント?」

 素肌にローブを羽織り、テーブルに置いてあったタオルを手に取る。

 すぐさま、子猫を捕まえ、飛沫の飛んでしまった小さな額をぬぐった。

 肝心の『ヴィン』のほうは、遊んでもらっていると勘違いしているのか、みゅんみゅんと陽気に鳴き、ヴィンセントにじゃれつく。

 

 ……『ヴィン』とは対照的に表情のないヴィンセント。

 

 ……怒ってる?

 ……いや、怒るよな、普通。

 俺は自分自身に突っ込んだ。

 

「あ、あの……ヴィンセント、お、怒ってる?」

 やや軽い調子でそう訊ねてみる。

 ヴィンセントはこっちを見てもくれない。

 

 ……ヤバイ。

 やっぱりヤバかったか……な……

 

 俺は慌てて立ち上がり、ヴィンセントの肩を取った。

 

「ゴメン、ヴィンセント、つ、つい……」

「…………」

 真っ赤な目で俺をにらむヴィンセント。もともと紅い瞳をしているが、泣き濡れて腫れているのは、一目見ればわかってしまう。

 

「……ごめ……」

「……キライだ。クラウドなんて」

 ボソッとつぶやかれた一言に、俺がどれほどショックを受けたか……ああ、想像してみてくれ。

「ヴィ、ヴィンセント!」

 泣き顔のまま、ヴィンを抱き上げると、俺を振りきるようにしてヴィンセントは出ていってしまった。

「あ、待っ……」

 あわててガウンを身につけ、後を追おうとするが、もう姿は見えない。

 

 ど、どこへ行くつもりなのか……と考え、すぐさま、思い当たる。

 バスルームに決まっているではないか。居間を抜けた西廊下つづきには、この家で一番大きなバスルームがあり、俺たちも常時使用しているのだ。

 あそこには『ヴィン』のために購入した、猫の入浴用グッズも置いてある。

 

 

『ちょっ……ヴィンセントッ? ど、どうしたの!?』

 ハッキリと声が聞こえる。

 ……ヤズーの声だ。

 ……ヴィンセントはパニック状態であたりが見えなくなっているのだろう。子猫を抱いたまま、大胆にもローブ一枚で居間を横切ってバスルームに飛び込んだらしい。

 

 ……ヤズーも起きてるってコトは、セフィロスもいるだろう……

 ……おまけに、あのヤズーが動揺するような有様……

 

 俺はくらくらと眩暈がしてくるような心持ちになった。

 だが、いくら眩暈がしようと貧血になろうと、ここで倒れるわけにはいかなかった。

 

 居間に行っても仕方がない。

 ヤズーに問いただされるか、セフィロスにからかわれるかだ。

 

 俺は大急ぎでヴィンセントの部屋に戻ると、汚してしまったシーツを取り替え、掛け布団や枕、クッションを整え直した。

 もちろん、いちごミルクのグラスは即座に下げる。

 心付けとばかりに、ヴィンの寝床の毛布も取り替え、俺はヴィンセントの部屋を出た。

 

 自室に戻り、煌々と電気をつけたまま、謝罪の言葉を考える。

 俺の部屋はとなりだから、ヴィンセントが戻ってくればすぐにわかるはずだ。気配がしたら即座に行き、手をついてあやまろう!

 そう考えていた。

 

 ……だが、いつまでたっても帰ってこないヴィンセント。

 寒くなってきたので、仕方なく毛布にくるまり、ひたすら部屋への帰還を待つ。

 

 ……ああ、悔やんでも悔やみきれない……俺はなんてボケナスなんだろう。

 セフィロスに「ボケナス!」と罵倒されることが多いが、本当に自分は「ボケたナス」なんじゃないだろうかと疑わしく思う。

 情けなくも、俺は、コトの終わった疲労と、毛布の暖かさに負け、そのまま朝まで爆睡してしまったのだ。

 

 翌朝、大急ぎでダイニングへ飛んでいった俺を、ヴィンセントは冷ややかな眼差しで迎えた。

 いつもと変わらぬように給仕をし、いつもと変わらぬように家事をするヴィンセント。

 

 ショックだったのは、俺にじゃれついて来た『ヴィン』をすばやく抱き上げ、セフィロスの後ろに隠れたことである。

 

「……ダメだぞ、ヴィン。……クラウドには何をされるかわからないからな」

 ツンと顔を背けて、低くつぶやくヴィンセント。

 ソファに寝転がったまま、セフィロスがにやにや笑っている。

「い、いや……ヴィンセント、ホント、ごめんってば!」

「…………」

 じっとりと俺を睨め付けるヴィンセント。

 紅い瞳は疑惑の眼差しだ。

 

「あの、ホント、すいません! ちょっとハシャギすぎました! 調子に乗ってましたッ!ごめんなさい!」

 恥も外聞もなく両手を着いて頭を下げる俺である。

「……では、ヴィン。向こう一ヶ月、クラウドがおとなしくしていたら、謝罪の言葉を信じようか?」

「みゅんみゅん!」

「……そうだな、私もそう思う」

 猫と会話するヴィンセント。

 

「ぶはははは! このガキが一ヶ月も禁欲してられるわけないだろーがッ! 無理だ、無理無理!」

「うっさいな、セフィロス!」

「……いいだろう。その間は、セフィロスに遊んでもらいなさい」

 ヴィンを抱き上げ、小首を傾げる彼女にそう言い聞かせると、ヴィンセントはチビ猫を抱いたまま、セフィロスのすぐ近くに座った。

 

 ガ〜〜〜〜ンという重い鐘の音が、脳裏に響く。

 

 嗚呼……一時の快楽に身を投じたツケはこんなにも大きかったのだ……

 

 それから一ヶ月……

 ……がんばった。ストレッチ体操までしてがんばった。

 

 ようやく許してもらえたとき……

 

 ……それでもやっぱりあのときのヴィンセントは可愛かったなと思い出す、救われない俺であった。

 

 

終わり