〜 Restoration<修復> 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<5>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうかァ……」

 ふぅと、ヤズーが大きく吐息した。まるで力仕事を終えた後のような、長々とした溜め息であった。

「す、すまない……年下のおまえに、こんな話を……」

「えー? そういうのは全然平気なんだけどさ。ヴィンセント、やっぱり可愛いなァ……そして、哀しい……かな」

「え……?」

「あ、気にさわったならゴメン。悪い意味で口にした言葉じゃないけど。あなたがそんなにも人に求められたいと思っているなんてさ。正直、俺みたいな第三者の立場から見れば、あなたはいろいろな人に愛されているし、その存在を必要とされているよ。でも、こういうふうに言ってあげてもダメなんだよね?」

「……ヤズー……」

「あなたはもっともっと強く、強烈に……  それこそ、『オレのモノ』にされてしまうくらい、激しく求められないと安心できないんだよね」

「ああ……そう……そうだ……」

 頷きながら、私はふと昔読んだことのある寓話を思い出していた。ところどころ忘れているし、きちんとしたストーリーさえも覚えていないが、ひどく共感できた部分があるのだ。

 深く沈んだ記憶の淵から、私はそれを引っ張り上げる作業にかかった。

 

「ヤズーは……青頭巾という物語を知っているだろうか……?」

 やや唐突だったが、そんなふうに切り出す。

「……? ううん。どういう話なの?」

「ええと……舞台はどこだったろう……? ひどく独特な風習をもつ、東方の国であったと記憶しているのだが」

「うんうん」

「その……情けないのだが、話の筋はよく覚えていないんだ……だが、物語の中で鮮烈に覚えているシーンがある」

 私は言葉を続けた。

「あまりにもそこに惹きつけられてしまって……魅了されて…… そんな自分が怖くて……ずっと思い出さないようにしていたのだけど……」

「……うん、それで?」

「その物語は、確か僧侶と稚児の話だったと思う。僧侶は容色麗しい稚児を、心から愛していて……相愛の仲であったのだ。だが、ある日、稚児が病に伏してしまう。僧侶は国中の名医を招き、何とか治癒させるべく心血を注ぐのだが、甲斐なく稚児は死んでしまう」

「……うん」

「……私が記憶に残っているのはこの後のシーンなのだ。僧侶の嘆きは甚だしく、遺骸をすぐに葬ることができなかったのだ。火に焼かず土にも葬らずに、頬をすり寄せ、色のない口唇に接吻し、抱きしめて日を過ごした」

「……まぁ、それほど愛した少年だったってことだよね」

「そうだ。僧侶はそれほどまでに、すでに死んでしまった少年を愛し、執着し続けたんだ」

「…………」

「だが、当然、亡骸は自然の摂理に従って腐敗してゆく。時が経てば、死肉は溶け、崩れ落ち、土に還ってしまう」

「うん」

「……僧侶はそれに耐えられなかったんだ。少年が生きていたときと同じように愛撫しながら、その肉が腐り爛れていくのを惜しみ、肉を喰らい、血を啜り、骨を嘗め……とうとう食べ尽くしてしまった……」

「…………」

 無言のままのヤズーを置き去りに、私はそっと目を閉じた。

 しばしの間、封印していた寓話の余韻に浸る。

 

 これは究極の愛の形……そして、『所有』の形ではないだろうか……?

 生前のみならず、死して尚、思い人の胎内に取り込まれ、その血肉となる…… 

 

「私は……この喰らわれた少年がひどく羨ましく感じたのだ……」

「ヴィンセント……」

「……気色悪いと思うだろう? だが、これが私の究極の望みなのだと思う。これに比較したら、一夜かぎり身体を繋げることなど、どれほどの価値があろうか? そんなものではないのだ、私の欲しいものは……」

「…………」

「この寓話の少年が与えられたもの……死してさえ尚変わらぬ、執着、激しくあからさまな所有欲……言葉を飾ることのできぬほど生々しいそれらを…… 私は欲している、のかもしれない……」

 『かもしれない』ではない。

 望んでいるのだ。

 ……クラウドに……セフィロスに……そういった形でまで求められることを。

「……驚いた!」 

 どれほどの間隙の後であったろうか、少々おどけたように、だがまったく異端への含みなどなく、ヤズーがつぶやいた。

「……あ……す、すまない…… 私は……つ、つい……なんてことを……」

 話のしやすいヤズーが相手とはいえ、何と慎みのない明け透けな物言いをしてしまったのだろう。話が途切れ、ふと正気に戻ると、私は冷や汗をかくほどの羞恥に襲われた。

「あ、あんな話……するつもりではなかったのに……  私としたことが……」

「ええ、どうして? そんなふうに恐縮する必要、全然ないよ」

 ヤズーは動揺する私を、穏やかな声音で宥めた。

「それより……なんか……あなたって人について……また少し理解が深まった。ますます愛おしく感じるよ、俺」

「……ヤズー」

「本当だよ。……ああ、あなたって、なんて言ったらいいんだろう。皆が望むもの、すべてを有しているような人なのに、そんなにも純粋に渇望しているんだね」

「……あ、あの……」

「あなたという人が理解できたと同時に、別の意味で『ただの人』ではないんだなァって。特別な魂なんだなァ……って、感じた。ああ、マイナスに取らないでね」

「……あ、ああ」

「ふふ、そんな顔しないで、ヴィンセント。ちょっと兄さんとセフィロスがうらやましくなっちゃった」

 『うふふ』と少し悪戯っぽく彼は微笑んだ。

「……か、からかわないでくれ」

「まさかァ、そんなはずないでしょ」

「ヤ、ヤズー……今の話は……」

 口止めを願おうとした、私の口元に、そっと彼が指を宛てた。

 皆まで言うな、とばかりに。

「わかってる。もちろん、俺の胸の中に秘めておくよ。他人にしていい話といけない話の区別くらいつくからね」

「……す、すまない」

「ううん。ただ、覚えて置いて、ヴィンセント。俺はこれからもあなたの味方なんだからね。吐き出したいことがあればいつでも聞くから。煮詰まる前に相談してほしいな」

「……あ、ありがとう。その……いつも煩わせて……申し訳……」

「あー、もう、そういうのはいいから!」

 今度は、さも面倒くさそうに手を振ってみせた。

「さてさて、俺は買いだしに行ってくるから、ヴィンセントは留守番しててね」

 話は聞き終えたというように、ヤズーはごく日常的なやりとりを口にした。いくらセフィロスがいないとはいえ、男ばかりの家なのだ。食料品はこまめに買い足さねば、すぐに底をついてしまう。

「い、いや、私も……」

「ダメダメ。今日はけっこう日差しが強いし、まだ本調子じゃないんだからね」

 覆い被せるように、彼は早口で言った。

「だいじょうぶ。車で行くからすぐに戻るよ。できるなら、あなたは少し昼寝でもしてくれると安心なんだけどね〜」

「…………」

「ここのところ、眠り浅いんじゃない? なんとなく体調がよくなさそうなんで心配なんだよ」

「……あ……」

 ヤズーはするどい。

 きちんと決まった時間に床につくが、なかなか眠りが訪れないのだ。

「じゃ、ちゃんと休んでるんだよ!」

 ヤズーは、まるで子供に言い聞かせるみたいにそう告げると、さっさと車を回して出ていってしまった。

 残された私は、さきほどまでの会話……

 自分の口からこぼれ落ちた、言葉にし難かった思いを反芻した。

 やはり寝不足であったのだろう。それに、腹の中に抱え込んでいたものを言葉にできたせいなのかもしれない。ふと緊張が解け、しばらくすると、うとうととして来たのだった。
 
 いつのまにか午睡したらしく、次に目を覚ましたときには、私の身体には毛布が掛けられており、キッチンで作業するヤズーの鼻歌が聞こえてきたのであった……