Snow White
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<31>
 
 クラウド
 

 


 

「気がついたか、クラウド」

 低くてやさしい声が、耳元で響いた。

「あー……、ヴィンセント。よかった……今度は本物だ」

 白雪ちゃんには悪いけど、そんなふうに言って笑ってみせた。なぜなら、彼がものすごく心配そうな面持ちで、俺を覗き込んでいたからだ。

「……具合はどうだ?」

「うん、もう平気」

 強がっているわけではないが、俺はすぐにそう応えた。

「なにを…… 平気なはずがないだろう? さきほどまで高熱で意識がなかったのだぞ」

「でも、ずっと楽になってるよ」

「ようやく薬が効いてきたのだ。よかった……一時はどうなることかと……」

「大げさだよ、ヴィンセント」

 俺はそう言ったが、口の中が干上がっていたせいか、おかしな具合にかすれてしまった。ヴィンセントはすぐに気がついて、冷たい水を運んできてくれた。俺はそれを、ほとんど一息で飲み干してしまった。

「大分汗をかいていたからな。脱水症状には注意しなければ」

「……うん、お水おいしい」

 ヴィンセントは一緒に持ってきた水差しから、さらに一杯汲んで、飲ませてくれた。

 発熱のけだるさはあるが、冷たい水が身体の隅々まで染み渡って行くようで、それだけでずいぶんとすっきりした気分になる。

「クラウド、寝間着を着替えよう。汗を掻いたままの夜着は身体に悪い」

「わざわざ? 別に良いのに……」

「いいから。ちゃんと用意してあるのだ」

 丈の長い貫頭衣を手に取り、促すヴィンセントに反抗する術などない。俺は着せ替え人形よろしく、湿り気のある夜着をはぎ取られ、こざっぱりとした麻の衣を着せかけられた。

「さ、クラウド。まだ熱があるのだ。ちゃんと寝ていなさい」

「うん…… ね、これで俺たち……元に戻れるのかな」

「……そうだな、おそらくな。だが、願わくば、おまえの体調が万全になってからにして欲しいものだ」

 思案顔でつぶやいたヴィンセントに、

「どうして?」

 と、訊ね返した。

「……具合が悪い状態では、どれだけ身体に負荷がかかるかわからないではないか。おまえに万一のことがあれば、一大事だ」

 重々しい口調で、噛んで含めるように話すヴィンセントは、本当に俺のよく知っている最愛のその人で…… まだ元の世界に戻れたわけではないのに、

『ああ、帰ってきたんだな』

 と、感慨深い心持ちにさせた。

「……白雪ちゃんは?」

 敢えて、全然違う話題を振ってみた。

「ああ、王子が保護してくれている。今は彼女も眠っていよう。ずっと気を張っていたのだろうからな」

「そっか……上手くいってくれるといいな」

 俺は小さくつぶやいた。ヴィンセントにも聞き取れないくらいの声で。

 ……ヴィンセントに魅了されつつあった王子だ。彼を忘れるには少し時間はかかるだろう。

 だが、いつか白雪ちゃん本人を愛するときがやってくると思う。

 ヴィンセントそっくりの白雪ちゃんは、やさしくて大人しい人だけど、高潔で強い意志を秘めた女の子だ。

 

 

 

 

 

 

「……さて、セフィロスにも声を掛けておこう」

 そうささやくと、ヴィンセントが腰を上げた。

「セフィ? そうだ、セフィとヤズーはどうなの? あのふたりもものすごく大変な目に遭ったんだよ」

「ああ、くわしい話はヤズーから聞いた」

「そっか。俺より長く水に浸かってたんだし、アルケノダイオスと格闘もしたんだ」

「そのようだな。だのにおまえも……あのふたりも無事で本当によかった。安心しろ、クラウド。ヤズーもセフィロスも元気にしている。そろそろ一眠りして目を覚ます頃だろう」

 そう言われて、俺はここについてから、いったいどれほど時間が経ったのか、自覚がまるでないことに気づいた。

 きっとそれが表情に出ていたのだろう。ヴィンセントはフッと笑みを零すと、

「あれから丸一日、おまえは眠り続けたんだ」

「えぇッ!? そんなに……」

「ああ、だから……とても心配した」

 言われてみれば、ヴィンセントの白い顔に、疲労の色が強い。きっと寝ずに俺についていてくれたんだろう。

「……そうだったんだ……気がつかなかった。あ、俺、もう大丈夫だから。ヴィンセント、ちゃんと寝て! ごめん、全然知らなくて」

「おまえが謝る必要など何もないだろう? あぁ、だが、ようやくホッとした。……きっとセフィロスも喜ぶだろう」

 ヴィンセントはまた『セフィロス』と言った。

 いや、別に嫉妬しているわけではない。ただ、あの城から脱出するときから、なんだかセフィの雰囲気がいつもと違っていて……それが引っかかっていたのだ。

「ほら、クラウド。ちゃんと横になって。布団を肩まで掛けなさい」

 ぼんやりと座り込んでいた俺を、強引にベッドに押し込むと、ヴィンセントは部屋から出て行った。