うらしまクラウド
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<7>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

 

「……ヴィンセントさんは、こっちの『クラウド』の大切な人……?」

 じっとヴィンセントを見つめていた『兄さん』が、ごく自然にそう訊ねた。

「え……あ、あの……いや……」

「違うの?」

「あ、あの……わ、私は……」

 先ほどまでの力強さはどこへやら。いきなりどもるヴィンセント。

「もう、ヴィンセントってば、自分のことになると途端にこうなんだから。そこがまた素敵なトコでもあるんだけどね。そのとおりだよ、『兄さん』。ヴィンセントは、こっちの『クラウド』兄さんの一番大切な人」

「……ああ、やっぱり」

 満足そうに、彼は頷いた。ヴィンセントは面白いほど真っ赤になっている。

「そうか……そうなんだ……」

「どう? おなじ『クラウド』として」

「ヤ、ヤズー……! バ、バカなことを……か、彼を困らせてしまうだろう……ッ?」

「ううん、そんなことないよ。すごくよく理解できる。……よかった、こっちの世界のオレが幸せそうで」

「向こうの世界に行った、こっちの『クラウド』兄さんが、ちゃんとレオンに逢えたら、君と同じように思っているかもね」

「……そ、そうかな」

「もちろんでしょ。素敵な人なんだよね、そのレオンって」

「う、うん! それは……そう!」

「ははは、可愛いなぁ『兄さん』」

 ついつい、俺はそんなことを口にしてしまうのだった。

「でも……もし本当に逢えてたら、レオン……オレより、こっちの『クラウド』のほうがいいって思うかもな……同じクラウドだし……」

「それは違うよ、『兄さん』」

「え……?」

「レオンのことが大好きな君、だからこそ、そんなふうに不安になってしまう君……そういう君を彼は大切に思ってるんだよ」

 怒るかな?とは思いつつ、しょんぼりとしょげかえった金のツンツンを撫でてやった。そう、いつもカダージュにしてやるように。

「……ねぇ、ふたりとも……どうして、オレにそんなによくしてくれるの? アンタたちの知ってる『クラウド』じゃないのに……なんで?」

「なんでって聞かれてもねぇ。普通じゃないの? 俺は君のことが気に入っているし」

「…………」

「私も……別の『クラウド』だとわかっていても……できるかぎり、おまえの力になりたいと思う」

「……よかった」

 そうつぶやくと、兄さんは海にように蒼い瞳をそっと綴じ合わせた。

 

「……ん? 何?」

「知らない世界に……一人きりで置いてけぼりにされて……きっと、オレ、アンタたちに逢わなかったら、もうホントにおかしくなってたと思う。もしかしたら……死んじゃってたかも」

 そうつぶやいた彼の声音が、ひどく切実で到底茶化す気にはなれなかった。

「クラウド……」

「あ、ご、ごめんね、ヴィンセントさん。なんか同じ『クラウド』なのに縁起でもないこと言っちゃって……」

「…………」

「でも……オレ、怖くて怖くて……なんでだろう? これまでずっと独りで生きてきたはずなのに……レオンと一緒に居るようになってから、独りになるのがものすごく怖くなっちゃった……」

 ゆっくりと一言一言を、自分自身に確認するように、『兄さん』はつぶやいた。

「それは……渇望していたものが手に入ったからだと思う……おまえにとっては、大切な人……ということになるのだろうか。だから、二度と手放したくない……もとの状況に戻りたくないという気持ちが、独りで居ることを恐怖させるのだろう」

「……そうか」

「……それはあたりまえの感情だと思うよ。特に君みたいに感受性の強い人にとっては」

「……ん」

「大丈夫、必ず帰れるよ。君は独りじゃないからね」

 噛んで含めるようにそう言い聞かせると、『兄さん』は、「うん」と頷き、ようやく微笑んでくれた。

 

 ……大分、打ち解けられたところで、セフィロスの話をしておかなければならない。この家で一緒に居るかぎり、顔を合わせないわけにはいかないのだから。

 しかも、この『兄さん』が、唯一、既知の人物として認識したのが、そのセフィロスなのだ。彼については、今のうちに、しっかりと認識させておかなければならなかった。

 

「……それからさ……セフィロスのことなんだけどね」

 俺は驚かさないように、慎重に口火を切った。

「……あ……セ、セフィ…ロス……?」

「そう、でも安心して。さっきも言ったけど、あのセフィロスは、君の知っている人とは別人だからね」

「…………」

「姿形は同じでも、完全に『違う人』だから」

 とにかく『別の人間である』ということを強調して、俺は語りかけた。

「……別の……セフィロス……?」

 不安げに俺たちを交互に見る『兄さん』。

「……ヤズーのいうとおりだ。君はひどくセフィロスを恐れているようだが……さきほどの彼は、君の知るセフィロスではない」

「…………」

「私たちと一緒に生活している、大切な人なんだ」

 厳かにヴィンセントがささやいた。

 ……いやいやいや。

 これにはいささか賛同いたしかねるが、まったくもって彼らしい意見だ。あれほど、からかわれたり、迷惑を被っているにも関わらず、本気でセフィロスを慕うヴィンセント。

「……こ、怖くないの?」

 と、『兄さん』が言う。子どものような危訊き方だ。

「そんなことはない。確かにとっつきにくい雰囲気はあるかもしれないが、本当はとても気持ちのやさしい人なんだ。私など彼がこの場所に来てから、何度も助けてもらっている」

『いや……ちょっと……ヴィンセント、それは違うでしょ? どこまでお人好しなの、アナタは…… 今、あの恥知らずがどこほっつき歩いてるか知ってる? あなたに似てる人を退屈しのぎの相手にするような人間だよ? 下心がないわけないでしょ?』

 ……と、こんな長文が、喉仏までせり上がってきていた。

 だが、まずは『兄さん』の警戒心を解くことが必要だ。セフィロスに対しての、恐怖の刷り込みを解除してやらなければならない。

 そして、『彼の世界のセフィロス』と『この世界のセフィロス』の相違をきちんと認識してもらい、一緒に現状を打破するのだ。

 

「……そ、そうか……『クラウド』がふたりいるように、セフィロスもふたり居るんだね……」

「ああ、そういうことになるな」

 ヴィンセントが頷く。

「まぁ、そう……ね、君の世界の『セフィロス』よりは大分マシみたいだからさ。ワガママで自己中心的で、傲慢な人だけど、そこまで悪い人間じゃないと思うよ」

「ヤ、ヤズー……」

 泣き出しそうな面もちで、ヴィンセントが俺を見つめた。

「ご、ごめんね。……まぁ、そういうわけだから。俺たちのほうからも、きちんと君のことは話をしておこうと思うし、できればこっちのセフィロスのことは怖がらないであげてほしいな。……好きになる必要は小指の先ほどもないけどね」

「ヤズー!」

「ごめん、ごめん。俺、正直者だからさ」

「おまえはすぐにそうやって憎まれ口を叩く……私やカダージュにはあれほどやさしいのに、どうしてセフィロスには当たりがキツイのだ……」

 困惑した様子で苦言を呈するヴィンセント。

「だって、キャラクターが全然違うもの、あたりまえじゃない」

 軽くいなすと、俺はポンと兄さんの肩を叩いた。

 

「俺たちの話はこれでおしまい。湯上がりでいつまでも起きていると冷えてしまうからね。もう休んだ方がいいよ。君の具合がよければ、また明日、ゆっくり話そう」

「……う、うん」

「おまえにはクラウドの部屋を用意した……好きに使ってくれ」

「え、で、でも……いいの?」

「……ああ」

 ヴィンセントが、低く応える。

 それから彼は、たいそう逡巡しつつも、口を開き、 

「あ、あの……セフィロスの部屋……は?」

 と訊ねたのであった。

「彼に何か用なの?」

 俺が聞き返すと、またもや困ったように目線を泳がせ、コクンと頷く。

 根ほり葉ほり聞くのもおかしなものなので、『兄さん』を部屋へ送っていく途中、セフィロスの私室を指さした。

「この廊下の向こう側ね。ドアはふたつあるけど、ゲストルームだから、中はひとつに続いている」

「……うん」

「クラウド兄さんの部屋はここね。さっき簡単に片したんだけど、もともと散らかし放題の人だからさ。あまり気にしないで気楽に使っていいんじゃない?」

「何着か、よく身につけている服など出して置いたから、気に入ったものを着てくれ」

「ありがと……ふたりとも」

 淡い微笑みは心許なかったが、俺たちは彼に「おやすみ」と告げて、部屋に引き取ったのであった。