うらしま外伝
〜招かれざる珍客〜〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜 <12> セフィロス
……翌る日……
「いいね〜、コスタ・デル・ソルは。果物や海の幸が豊富だ〜」
日の暮れかかった空を仰ぎ、脳天気なラグナはのんびりと声を上げた。
「セントラルの公園で行われる青物市場は、特に新鮮な素材が多くて値段が安くて……見て回るだけでもとても楽しい気分になる」
ヴィンセントがラグナとは対照的に、小さな声でぼそぼそと応える。
「あー、ヤバイなぁ。帰らなきゃいけないのはよくわかっているけど……ここって、居心地よすぎて〜」
「まぁ、そういってもらえると俺たちもうれしいけどね」
「ヤズーのお茶は美味しいし……」
「ふふふ、はい、おかわり」
気を良くしたイロケムシが、ラグナのカップにお茶を注ぐ。
「ありがとー。ヴィンセントのご飯は、めちゃくちゃ旨いしさ〜」
「そ、そうだろうか……口に合ったのならよかった……」
「合う合う!俺も仕事柄、けっこう有名シェフの作ったものなんかも食うけどさ。ヴィンセントの手料理はそれ以上だよ〜」
「誉めすぎだ、ラグナさん。……私はただ……普通に……」
「だぁって、あっちの世界の『セフィロス』が、ヴィンセントのスープがいいって駄々をこねるくらいなんだよ。うちのシェフもずいぶん試行錯誤してたみたいだけど、やっぱり『セフィロス』にはヴィンセントの手料理以上のものはないんじゃないかな」
ああ、このアホラグナが!
ヴィンセント相手に向こうの世界の『セフィロス』の話をするな!
お人好しのコイツは未だにコトある事に『セフィロス、セフィロス』で、別世界の人間だというのに、ずっとあの男のことを心配しているのだ。
ピッピッピッ……
「何してるの、ラグナさん?」
不思議そうなヤズーの声に、オレは読み終えた新聞をラックに放り込んだ。
「ん〜、まぁ、むずかしいっていうのはわかってるんだけどさ……万一ってこともあるかと思って」
ラグナは例の携帯をいじっていたのだ。
元の世界の誰かへ……おそらくこの事態を相談できるとなれば、もうひとりの『セフィロス』だろう。
「む〜……」
「真抜けたツラがよけいに不細工になってんぞ。……さすがにそいつァ無理だろ」
「ひどいや、セフィロス。でもさ〜他に何の手がかりもないし〜」
「『セフィロス』は空間のよじれとか歪みって言い方してたよね」
記憶力のいいヤズーがあの男の言葉を復唱してみせる。
「ああ、彼の居る世界は非常に不安定だと……ときおり生じる空間の歪みがこちらの世界につながったのだと言っていた」
「うんうん、そうそう。二度目の時には、兄さんも『セフィロス』にそれを教えてもらってこっちに戻ってこられたわけだし」
「でもさ〜、結局その『よじれ』とかいうのが見えなきゃどうしよーもないじゃん?俺、見えないもん」
脱力するほどにあっさりとラグナは言った。
だが、問題はそのとおりなのだ。おそらく、今現在でも空間の歪みは発生し、そして消滅しているのだろう。それが繰り返されている状況なわけなのだから、チャンスがないわけではない。
だが、結局そいつを見極められるのは、今のところあっちの世界の『セフィロス』だけで、残念ながら同じ名をもつオレでさえも感じ取ることはできなかった。
「そうそう、そこなんだよね〜。いくら世界の連結があっても、それを知ることのできる人間が『セフィロス』以外にいないわけだからさ。……繊細で敏感なヴィンセントあたりが一番有望だと思うんだけどね」
「い、いや、そんな……私など……」
おずおずとヴィンセントがつぶやいた。
「ま、今のところどうしようもないよね」
ふぅとひとつ吐息すると、
「さ、そろそろ出かけようか」
と、イロケムシが言った。
「なんだ、どこかへ行くのか?」
「あれ、行ってなかったっけ? 今日はカダたちキャンプでお泊まりだから。兄さんと待ち合わせで、晩ご飯は外食」
ジャケットを羽織りつつヤズーが言った。
「チッ、めんどくせェ」
「あ、す、すまない。い、いつもどおり作ろうかと思っていたのだけど……」
「あのねぇ、ヴィンセントにも休養は必要なの。あなたみたいに食っちゃ寝しているわけじゃないんだからね、セフィロス」
相変わらずの毒虫ヤロウはツケツケと言い返してくる。当のヴィンセントは相変わらずおろおろとオレたちのやりとりを見守っているだけだ。
「ヤ、ヤズー、そんな言い方……」
「ホントのことでしょ。ほら、さっさと支度してよ、セフィロス。車は俺が運転するから」
「ああ、わかったわかった、うるさく言うな」
「ねぇねぇ、どこ行くの?」
「ふふ、ちょっといい感じの懐石料理だよ。ヴィンセントが好きなんだよね」
「あ、ああ……その……魚介の懐石は……さっぱりしていて……食べやすいから……」
オレやクラウド、それにガキどもにはボリューム不足で物足りないが、ヴィンセントが好む料理だ。もともと油の多い食べ物は苦手だという彼にとっては、素材そのままの味を生かしたあっさり懐石は口に合うのだろう。
「あー、わかったわかった、懐石だな」
「あ……も、もちろん、君がよければ……だが」
「あ?別に食えりゃなんでもかまわん」
オレの物言いにいちいち消沈するヴィンセント。
先日のやり取りが気にかかっているのかもしれない。だがあのときは本当に苛ついていたし、身体の奥に熱を抱えたままだったのだ。あのまま側にくっついていられたら、冗談抜きで押し倒していたかもしれない。いわばあれはヴィンセントのための緊急避難措置だったのに。
「ほら〜、行くよ〜。戸締まりちゃんとみてね、セフィロス」
イロケムシの無遠慮な声が玄関口から追いかけてきて、オレはわざと足音をたてて廊下を歩いた。