うらしまリターンズ
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<7>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

「すまない。ちょっと出掛けたい。……もし地図があれば貸してもらいたいのだが」

 着替えを終えた後、すぐさまレオンはそう言った。

 ちなみに、ヤツが身につけているのは、ごく普通の、アイボリーの綿シャツだ。オレの持っている服は黒やダークカラーが多いから、淡い色のそいつはめずらしい部類に入る。

 半袖で飾り気のないシンプルなそれは、むしろオレよりこの男の方が似合うようだった。

 

「出掛けるって……どこへ? もう夕方だし、なにより、君、海辺に倒れていたんだよ?」

「あ、ああ……迷惑を掛けるのは恐縮なのだが、時間の猶予がない。『クラウド』をひとりきりで置いておくわけにはいかないんだ」

 穏やかな物言いの中に、焦燥が見て取れる。

「まだ不安定なのか?」

 オレは訊ねた。

「ああ……徐々に良くなってきてはいるのだが……まだまだ波が激しいな」

「フン、手間がかかるな。ご苦労なことだ、レオン」

「いや。大切な人間のことだから」

 ヤツは何の照れもなくあっさりとそう返した。ますますヴィンセントの双眸が熱をもってレオンを見つめる。この上ない尊敬のまなざしだ。

 

「……気持ちはわかるけど、むやみに動き回ったからって、解決するものでもないでしょう? 君の身体のほうが心配だよ」

 イロケムシが口を挟む。

「いや、大丈夫だ。俺より『クラウド』のことだ。……ひとりではあまりにも心許ない」

「……いいだろう。付き合おう。だがな、時間も時間だ。今日はこのあたりの地理を知る程度にしておけ。行くぞ」                                         

「すまない、セフィロス」

「散歩はオレの日課だ。礼を言われるほどのことではない」

 立ち上がったオレの、すぐさま後についてくる。

 余談だが、このペースについてこられるヤツはなかなかいない。ヴィンセントなど、「行くぞ」と声を掛けてから、小走りに用意をするくせに愚図なのだ。大抵、玄関口で待たされる。クラウドもまたしかり。あのガキは履き物だの、着替えだのがすぐに見つからなくて遅れてきやがる。散らかし放題のクソガキゆえ致し方ないのだが。一番俺のペースに合わせられるのはイロケムシだが、レオンはそれ以上の反応だ。

 

 

 

 

 外に出ると、すでに沈み掛けた夕陽が、海岸線から濃いオレンジ色の光を放っていた。まもなく、気の早い星が顔を出し、ゆっくりと夜のとばりが降りてくるだろう。

「すまないな、セフィロス。迷惑を掛ける」

 もう一度、ヤツはそう言った。俺より目線は少し下……そう、ヤツの身長はヴィンセントとほぼ同じか少し高い程度らしい。もっとも、体重や体格は大分違うわけであるが。

 ヴィンセントはオレの後を静かに着いてくるのだが、こいつはザクザクと力強く前を歩く。

 

「おい、急いでも仕方ないだろ」

「あ、ああ、そうだな……気が急いてしまって」

「まぁ、気持ちはわかるがな」

 そう同意を示し、オレは歩きながら口を開いた。

「コスタ・デル・ソルは4つのエリアに分かれている。……あの家はイーストエリアの突端に位置している。イーストエリアでもあのあたりは別荘地が多い。海岸続きにしばらく歩くとセントラルパーク。そこから放射線状にショッピングセンターや、ミュージアム、ライブラリー、エンプロイメントオフィスの一画などにつながっている」

「……なるほど。避暑地というが、なかなかアカデミカルだな」

「夜の十時にデリバリーがなくなるがな」

 そう言ってやると、小さく微笑んだ。整った目鼻立ちが柔和になごむ。ブルーグレイの瞳がひどく美しく感じられた。

 

「しかし……ここは暑いな。『クラウド』の言ったとおりだ」

「昼と夜の寒暖の差がある。この時分は、秋の入り口だが、まだまだ汗ばむ日の方が多い」

「……綺麗な場所だ」

 ボソリとレオンが言った。その朴訥な物言いにも好感を持った。

「あの子もそんなふうに言っていた」

「……そうか」

 ビクビクおどおどとしていた可愛らしい『クラウド』を思い出し、自然と笑みが口をついた。

 

「以前の一件……互いの場所の『クラウド』が入れ替わってしまったあの一件なのだが……」

 そんなふうに切り出すレオン。

「『クラウド』に訊ねても、なぜ戻れたのか理由がわからないと言うんだ。そちらへ帰ったクラウドから何か聞いていないだろうか?」

「……いや、何も」

「そうか。……いや、そっちのクラウドが俺の世界へやってきたとき、ずいぶんと色々歩き回ったり、資料を調べたのだが、めぼしい情報は得られなかった」

「…………」

「俺も結局、どうやってあの『クラウド』が戻ってきたのか、そしてそちらのクラウドが帰っていったのか、皆目見当がついていないんだ」

「……どんな状況だったんだ。元に戻る直前は?」

 他意もなく、オレは訊ねた。

 

「……家に『セフィロス』が現れた。彼は俺に意志を確認したんだ」

「意志?」

「……本当に『クラウド』を連れ戻して良いのかと、そのままにしてやったほうが、彼のためなのではないかと……そう言われた」

「フフン、勝手なことを」

「……勝手なのは俺だ」

 そうつぶやいたレオンの声は、あまりにも低く、小さくて、もう少し海風が強ければ聞き逃すところであった。

 

「俺は『セフィロス』に、『クラウド』を連れ戻してくれと願った。……あくまでも俺の都合でだ」

「……あの子はずっとおまえのことを話していた。『レオンが居ないとおかしくなる』と怯えていた。……連れ戻すと……そう決めたことはアレにとってはよかったのではないか。別に『勝手なこと』ではないだろう」

 思った通りのことを言葉にした。別にレオンを宥めたり、慰めたりするつもりはなかったが、ヤツはあの低い声で「ありがとう」と言った。

 そのまま、街まで足を伸ばし、イーストエリアでもっともにぎやかな繁華街を歩く。ヤツは興味深げに……だが、あからさまな態度には出さず、道行く者どもをひとりひとり観察していた。

 

「ここはいい場所だな……ああ、もっとも、他の地域は知らないが……なんというか暖かみのあるところだ」

「フン。まぁ、イーストエリアは小市民的だからな。男が喜びそうな施設はノースエリアの中心に集まっている」

「アンタもそんなところへ行くのか?」

 何故か不思議そうに、オレに訊ねるレオン。

「飲みに行くだけだ。女は面倒くさい。……嫌いではないがな」

「……そうだな、女性に対してはより重い責任が生じる。それにやはり気を使う」

 いかにも生真面目な好青年らしく、ヤツは頷いた。

「……腹が減った。そろそろ戻るぞ」

「……あ、ああ。……なんだか申し訳ないな」

「なにがだ」

「手みやげのひとつも用意していないのが……」

「あのなァ、おまえは海岸に倒れてたんだろ? 手みやげもクソもあるか」

「向こうの通貨はゴールドだ。こっちはギルというんだな……使えないなら、無一文同然だ。世話になるのに、礼のひとつくらい……」

「あいつらもさっき言ってたろ。ウチのクソガキが世話になったろうし、あいこだ。それにヴィンセントもイロケムシもおまえのことを気に入ったようだぞ。ヴィンセントはともかくイロケムシには気を付けろ。あいつは毒虫野郎だからな。何をされるかわからんぞ」

「イ……イロケムシというのは……?」

「決まってんだろ。ロンゲ野郎……ヤズーのことだ」

「あんなに綺麗な人にひどいことを」

「上っ面にだまされてんなら、おまえもまだまだケツが青いな」

 フフンと鼻で笑ってやると、オレたちはもと来た道とは異なるルートで自宅に戻ったのであった……