〜 修習生・研修旅行 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<22>
 ザックス・フェア
 

 


 

「このままでは埒があかないな」

 口惜しそうにジェネシスがつぶやいた。独り言のようであったが、側にいた俺にはちゃんと届いていた。

「だが……どうするよ? あのままじゃ……こっからじゃよく見えないけど、怪我して気を失っているのかもしれないし……」

「道を探すんだ、ザックス。多少距離はあるが、迂回すればあそこに行き着くルートが……」

「だって、木の枝で支えられてるだけなんだぞ? あの辺、人が降り立てるスペースなんかないよ!」

「……だが……無理だ、ここからでは。見張りに残って、誰か一人テントに戻ろう。そして救助隊をこの場所へ……」

「何時間かかると思ってんだ!」

 叩きつけるように言い放ったのは、ずっと黙りこくっていたセフィロスだった。彼もジェネシスの提案がもっとも良識的であり、常道だというのはわかっているはずだ。

 だが、その「常套手段」を取るのが、今回に限り一種の賭けでもあった。

 この悪天候……そしてたった一本の枝が彼を支えていること……救助要請をしても、これから数刻の時間がさらにかかるということ……

 その数時間の間に、クラウドが目覚めてパニックに陥るかもしれないし、なによりあの枝が重さに耐えきれず、折れてしまえば一巻の終わりなのだ。ほら今でさえ、時折の突風で、彼の身体が不安定に揺れている。

「……セフィロス、おまえの気持ちはわかるよ」

 宥めるようにジェネシスが言った。

「だがな、おまえだってわかっているだろう。今はもう命綱もない。雨も落ち着いてきてはいるが、止む気配はない」

「止んだとしても、壁面や足場がすぐに乾くわけじゃないもんな……」

 否定的な発言はしたくなかったが、それが現実であった。

「ザックスの言うとおり、あの子の引っかかっている枝の付近には、足場になるものが何もないだろう?」

「…………」

 ジェネシスのいうことはいちいちもっともであったが、セフィロスは頷こうとはしなかった。

「ロープで引き上げるのは無理かな……」

 俺はそう言ってみたが、それが有用な案でないというのは自分でもわかっていた。

 例えば、あそこに引っかかっているのが、ジェネシスや……いや、そこまでの軍人でなくても、せめて訓練を受けたソルジャークラスであれば、目を覚まさせ、注意を促した後、ロープを投げてやればいい。もちろん危険はあるが、成功する確率が高いだろう。

 だが、今、あそこにいるのは、わずか14才の修習生なのだ。

 こうして、断崖を道なりに歩いているだけでも、俺でさえ足がすくむほどの高度。クラウドが冷静に対処出来る可能性はゼロに等しかった。

 

 

 

 

 

 

「オレが行く」

 セフィロスは何の迷いもなく言い切った。

「セフィロス……! 策はあるのか? だいたい行くって言っても、どうやってあの場所に近寄るつもりだ?」

 いきなり無茶なことをされそうで、俺は慌ててセフィロスを制止した。もちろんクラウドを助けたい気持ちは十二分にあったが、現実がそれを許してくれないのだ。

「ピッケルとロープがあれば何とか出来る」

「セフィロス……」

「救助を待ってはいられない。これから数時間後にも、あの枝が風雨に耐えて保つとは思えんからな。手遅れになる可能性のほうが高いくらいだ」

 彼は俺たちは認めたくない事実をハッキリと口にした。

「だ、だが、セフィロス……! アンタだって一歩間違えば……」

「ザックス」

 俺の言葉をジェネシスが遮った。そしてワガママ英雄に顔を向けて低くささやいたのであった。

「……わかったよ。仕方がないな」

 ジェネシスはなんとも深いため息混じりに頭を振って見せた。そしていつもの癖で髪を掻き上げた。

 だが、彼は最初からこうなることがわかっていたのではないかと思わせるほど、この後の行動が冷静で迅速であった。

 

 命綱を役目を果たせなくなったロープを手繰り、ナイフで適当な長さに切断する。

「ザックス、これをもやい結びにして、岩盤に打ち付けるんだ」

「え、あ、ああ、わかった」

 俺はとにかく彼に言われたとおりにした。岩盤の強そうな部分に、こぶのような結び目をつくったロープを太い鉄くさびで打ち付ける。出来る限り深くだ。

「セフィロス。ロープの片側を……」

「ああ」

 そういうと、彼はロープのもう片端に、固定金具を装着させた。グラスファイバーで作られたそいつは、鉄ほどの重さなどないのに非常に頑丈なのだ。

 セフィロスはそれにベルトの金具をしっかりとくわえ込ませる。彼がいつもの戦闘用衣装……黒のロングコートを着てきているのが幸いであった。

「セフィロス、いうまでもないと思うが、このロープ一本と足場の不安定な俺たちでは、おまえとあの子の体重を支え続けるのは困難だ」

「わかっている」

「あの子を確保したら、可能な限り壁面に密着して、ロープへの負荷を軽減してくれ」

「ああ。大丈夫だ」

 一つ頷くと、セフィロスは、なんの迷いもなく、崖っぷちに手を掛けた。

「セ、セフィロス……!」

 俺は思わず彼の名を口走っていた。

 だって……これ……正気かよ? 本当に可能だと思っているのか?

 いくら、ソルジャークラス1stだって、不可能なことってあるだろ?

 確かに救助隊がやってくるのを待つのは賭かもしれないけど……間に合う確率だって、ゼロじゃない。

 少なくとも、今、セフィロスが死ぬことだけは……

  

 『死ぬ』?

 

 このクソでかくて、偉そうな男が……?

 

「なんだ、クソハリネズミ。言いたいことがあるならさっさと言え!」

 いらだたしげなセフィロスのセリフ。だが、その口調に怯えの色はまったくなかった。

「い、いや…… その……」

「…………?」

「セフィロス……すまん。……クラウドを頼む」

 俺の口をついて出た言葉はそんなつまらぬ一言であった。本当は『本気で行くのか?』と問いただしたかったのだ。それでもきっと彼は「たりめーだろ」と答えたと思うが。

「貴様に言われなくても、あの子は必ずオレ様が救う。そこで黙って見ていやがれ」

 話は終わりだというように、セフィロスの姿はすぐに崖の下へ消えたのであった……