宇宙を超えた恋だから <2>
「キーファー.....、気分はどうだ? なにか食べられるか?」
部屋に戻ると、すぐに寝台に放り込まれた。
オスカーの後に、ルヴァ、リュミエールが続く。首座としての責任感もあるのだろう。ジュリアスも、そしてクラヴィスもやってくる。
「急に倒れて.....おどろいたのだぞ.....」
心配そうなカインの言葉に、キーファーは小さく笑った。
「心配.....してくれたのですか?」
「あたりまえだろう。まだ、顔色が良くないな」
カインの冷たい手が、キーファーの額を滑る。とても、ここちよい。
「キーファー.....どうです.....少し落ち着きましたか〜?」
ルヴァが遠慮がちにたずねた。
「.....ええ、お手数をかけて.....」
「いいんですよ〜、でも、お身体が心配ですからね、どんな症状なのか、教えていただけますか〜?」
「はぁ.....急にめまいがして.....足が浮くような感じで.....」
さすがにキーファーも逆らわない。言葉を選んでルヴァに告げる。
聖地に来てから、ずいぶんと経つが、今回のような状況は初めてであった。光の守護聖、闇の守護聖らと、エルミニアへ行った大騒動の時でさえ、身体を損なったりはしなかったのに。
「うう〜ん、お話を聞くと貧血のようですが.....疲れがたまったのでしょうかねぇ.....」
思案深くルヴァが言う。
「なんだ、ルヴァ、そんな簡単な病気なのか〜? このクソ意地悪い男のことだ。もっと難しい病なのではないのか〜?」
無遠慮に光の守護聖が言い放つ。
「ジュリアス、よさぬか.....」
そう、いなしてから、クラヴィスは、
「キーファー.....貧血ならば.....なにか腹にいれて、ゆっくり休んだほうがよかろう。さきほどは、ほとんど食べていなかったのだろう」
と、たずねた。
「ええ.....食事はほとんど.....いえ、ここのところ、あまり食欲が無いのです」
キーファーがつぶやいた。その言葉に、カインはいささかショックを受けたようであった。もっとも側近くにいたはずなのに、まるで気付かなかったからだ。
「キーファー.....それはよくない.....食事だけはきちんととらなければ.....」
たどたどしく黒髪の皇帝参謀が言ったが、
「やれやれ、あなたに言われるとはね.....」
と、キーファーに苦笑されただけであった。
「キーファー.....食べやすいものをお願いして参りました。卵のリゾットです。ご自分で食べられますか?」
リュミエールが、できたばかりのお粥を盆に乗せてきた。気の回る水の守護聖のことだ。あの後すぐに、病人食を申し付けに行ってきたのだろう。
「ああ、どうも、すみません.....私が食べさせますから」
カインがそれを受け取る。
「いえ、けっこうですよ、カイン、水の守護聖様、申し訳ありませんね.....」
めずらしくも微笑を浮かべ、食事をするために寝台に身を起こした。
そして、食器を側に寄せたときである。
「.....うっ.....うぐっ.....」
「キーファー?」
「カイ.....気持ちがわる.....い.....」
「えっ.....ええっ.....?」
容態の急変に、カインが慌てる。
「キーファー? どうした、いったい.....」
「気持ちが悪い.....」
「キーファー?」
「においが.....お米の.....うぐ.....」
「し、失礼!」
またもやオスカーの出番であった。うずくまった身体を抱えて、洗面所につれてゆく。
「どうしたと.....食あたりかなにかか?」
クラヴィスが独り言のようにささやいた。あまりの変調に何と言ってよいのかわからなかったのだろう。
「いいえ.....食あたりではないでしょう.....食中毒なら、お腹も下してしまうはずですからね.....」
ルヴァもぼう然と言う。
「もう.....胃液も出ない.....」
よろよろと腹を抱えて、キーファーが戻ってきた。げっそりと蒼ざめた顔を見れば、どれほどひどくもどしたのか想像がつくというものだ。
「キーファー.....? いったいどうした? なにか食べ付けないものを食したのではないのか?」
カインがたずねた。
「いいえ、そのような.....光の御方でもあるまいし.....」
こんな状況でも皮肉屋なのは変わらない。
「なにー? この光の守護聖に向かって、無礼な〜っ!」
「お誉めしているのですよ、それでも、あなたはお腹を壊したりはしないでしょう」
「このーっ! 許さん!」
「ジュリアス、よさぬか、相手は病人なのだぞ.....」
いきり立つ光の守護聖の肩に、闇の守護聖が手を添える。ぶぅっと真っ赤に脹れるが、とりあえずジュリアスは拳を引っ込めた。
「キーファー、落ち着きましたか?」
「ええ、地の守護聖殿.....ああ、申し訳ありませんが、粥は下げてください.....どうにも匂いが鼻について.....」
「は、はぁ.....匂いがねぇ.....では、仕方がないですねぇ〜」
「ですが、ルヴァ様、なにか召し上がっていただかなくては.....」
リュミエールが心配そうに口を出した。
「そうなのですよね〜、困りました〜。このままでは力が出ませんよ〜」
「キーファー、なにか食べたいものはないのですか? ほんの少しでもよろしいですから、お腹に入れたほうが.....」
「すみません、水の守護聖殿.....そうですね.....すっきりしたものが.....」
「すっきり.....ですか.....」
「ああ、そうだ、レモンスライスなどはないでしょうかね。紅茶に入れるあれでけっこうです」
キーファーが言った。
「ちよ、ちよっと、待ってください〜。いきなりあんなにすっぱいもの、かえってよくないのではないですか〜?」
ルヴァが止めた。あたりまえだ。
「いいえ、ああ、口にしたら、よけいに欲しくなりました。カイン、レモンを持ってきていただけませんか」
「キ、キーファー.....」
カインは、困惑してルヴァを見つめる。
「では、少しにして.....なるべく、流動食の方がよいのですがね〜」
水の守護聖が頷いて、すぐに厨房に走る。
彼が携えてきたのは、レモンスライスの砂糖漬けと、大きな梅干しと申し訳程度の白飯であった。
「さぁ、キーファー、どうぞ。ですが、無理をなさらず」
という、水の守護聖の言葉が耳に入ったのかは入らなかったのか、キーファーは瀟洒なフォークを片手に、レモンスライスを、それこそ怒濤のような速さで食べ出した。
クラヴィスなど、あっけにとられて口を開けたままだ。
「キ、キーファー、もっとゆっくり食べないと身体に.....」
カインがそう言ってみるが、キーファーは
「だいじょうぶ、おいしいですよ」
と笑うだけであった。いきいきとして、卵粥が出てきたときとは雲泥の差だ。
しばらくレモンスライスに取り組んでいたキーファーであったが、次には、なんと、フォークで、ひょいひょいと大きな梅干しを三つほど掬うと、そのまま口に放り込んだ。
「うひゃっ、す、すっぱい.....」
オスカーなど、見ていられないようだ。
「ああ、おいしい、この梅干し、とても美味しいですね。もっといただけませんか?」
「え、ええ? い、いけませんよ、そんな塩分の多いものを一度に.....」
ルヴァが止めなければ、そのまま言いつけて、梅干しをどんぶり一杯食べそうな雰囲気である。
「キーファー、梅だけ食すのはよくないぞ、さぁ、白飯も一緒に.....」
カインが言い聞かせるが、キーファーは不快げに眉をひそめるだけだ。
「欲しくないのです。そちらは下げてください」
「キーファー.....」
「ああ〜、ちょっと〜、クラヴィス〜、ジュリ.....はいてもしかたありませんねぇ〜、クラヴィスだけでけっこう、こちらへ、来ていただけますか〜」
ルヴァが小声でクラヴィスを促す。
闇の守護聖は、ちらりと、黄金の髪の伴侶殿を見やった。案の定、ジュリアスは、めずらしげに、梅干しとレモンをパクつくキーファーを眺めていた。
「クラヴィス〜」
「ああ」
地と闇の守護聖は、影のように身を滑らせ、部屋の外に出ていった.....