宇宙を超えた恋だから
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「キーファー.....、気分はどうだ? なにか食べられるか?」

 部屋に戻ると、すぐに寝台に放り込まれた。

 オスカーの後に、ルヴァ、リュミエールが続く。首座としての責任感もあるのだろう。ジュリアスも、そしてクラヴィスもやってくる。

「急に倒れて.....おどろいたのだぞ.....

 心配そうなカインの言葉に、キーファーは小さく笑った。

「心配.....してくれたのですか?」

「あたりまえだろう。まだ、顔色が良くないな」

 カインの冷たい手が、キーファーの額を滑る。とても、ここちよい。

「キーファー.....どうです.....少し落ち着きましたか〜?」

 ルヴァが遠慮がちにたずねた。

.....ええ、お手数をかけて.....

「いいんですよ〜、でも、お身体が心配ですからね、どんな症状なのか、教えていただけますか〜?」

「はぁ.....急にめまいがして.....足が浮くような感じで.....

 さすがにキーファーも逆らわない。言葉を選んでルヴァに告げる。

 聖地に来てから、ずいぶんと経つが、今回のような状況は初めてであった。光の守護聖、闇の守護聖らと、エルミニアへ行った大騒動の時でさえ、身体を損なったりはしなかったのに。

「うう〜ん、お話を聞くと貧血のようですが.....疲れがたまったのでしょうかねぇ.....

 思案深くルヴァが言う。

「なんだ、ルヴァ、そんな簡単な病気なのか〜? このクソ意地悪い男のことだ。もっと難しい病なのではないのか〜?」

 無遠慮に光の守護聖が言い放つ。

「ジュリアス、よさぬか.....

 そう、いなしてから、クラヴィスは、

「キーファー.....貧血ならば.....なにか腹にいれて、ゆっくり休んだほうがよかろう。さきほどは、ほとんど食べていなかったのだろう」

 と、たずねた。

「ええ.....食事はほとんど.....いえ、ここのところ、あまり食欲が無いのです」

 キーファーがつぶやいた。その言葉に、カインはいささかショックを受けたようであった。もっとも側近くにいたはずなのに、まるで気付かなかったからだ。

「キーファー.....それはよくない.....食事だけはきちんととらなければ.....

 たどたどしく黒髪の皇帝参謀が言ったが、

「やれやれ、あなたに言われるとはね.....

 と、キーファーに苦笑されただけであった。

 

「キーファー.....食べやすいものをお願いして参りました。卵のリゾットです。ご自分で食べられますか?」

 リュミエールが、できたばかりのお粥を盆に乗せてきた。気の回る水の守護聖のことだ。あの後すぐに、病人食を申し付けに行ってきたのだろう。

「ああ、どうも、すみません.....私が食べさせますから」

 カインがそれを受け取る。

「いえ、けっこうですよ、カイン、水の守護聖様、申し訳ありませんね.....

 めずらしくも微笑を浮かべ、食事をするために寝台に身を起こした。

 そして、食器を側に寄せたときである。

 

.....うっ.....うぐっ.....

「キーファー?」

「カイ.....気持ちがわる..........

「えっ.....ええっ.....?」  

 容態の急変に、カインが慌てる。

「キーファー? どうした、いったい.....

「気持ちが悪い.....

「キーファー?」

「においが.....お米の.....うぐ.....

「し、失礼!」

 またもやオスカーの出番であった。うずくまった身体を抱えて、洗面所につれてゆく。

 

「どうしたと.....食あたりかなにかか?」

 クラヴィスが独り言のようにささやいた。あまりの変調に何と言ってよいのかわからなかったのだろう。

「いいえ.....食あたりではないでしょう.....食中毒なら、お腹も下してしまうはずですからね.....

 ルヴァもぼう然と言う。

 

「もう.....胃液も出ない.....

 よろよろと腹を抱えて、キーファーが戻ってきた。げっそりと蒼ざめた顔を見れば、どれほどひどくもどしたのか想像がつくというものだ。

「キーファー.....? いったいどうした? なにか食べ付けないものを食したのではないのか?」

 カインがたずねた。

「いいえ、そのような.....光の御方でもあるまいし.....

 こんな状況でも皮肉屋なのは変わらない。

「なにー? この光の守護聖に向かって、無礼な〜っ!」

「お誉めしているのですよ、それでも、あなたはお腹を壊したりはしないでしょう」

「このーっ! 許さん!」

「ジュリアス、よさぬか、相手は病人なのだぞ.....

 いきり立つ光の守護聖の肩に、闇の守護聖が手を添える。ぶぅっと真っ赤に脹れるが、とりあえずジュリアスは拳を引っ込めた。

「キーファー、落ち着きましたか?」

「ええ、地の守護聖殿.....ああ、申し訳ありませんが、粥は下げてください.....どうにも匂いが鼻について.....

「は、はぁ.....匂いがねぇ.....では、仕方がないですねぇ〜」

「ですが、ルヴァ様、なにか召し上がっていただかなくては.....

 リュミエールが心配そうに口を出した。

「そうなのですよね〜、困りました〜。このままでは力が出ませんよ〜」

「キーファー、なにか食べたいものはないのですか? ほんの少しでもよろしいですから、お腹に入れたほうが.....

「すみません、水の守護聖殿.....そうですね.....すっきりしたものが.....

「すっきり.....ですか.....

「ああ、そうだ、レモンスライスなどはないでしょうかね。紅茶に入れるあれでけっこうです」

 キーファーが言った。

「ちよ、ちよっと、待ってください〜。いきなりあんなにすっぱいもの、かえってよくないのではないですか〜?」

 ルヴァが止めた。あたりまえだ。

「いいえ、ああ、口にしたら、よけいに欲しくなりました。カイン、レモンを持ってきていただけませんか」

「キ、キーファー.....

 カインは、困惑してルヴァを見つめる。

「では、少しにして.....なるべく、流動食の方がよいのですがね〜」

 水の守護聖が頷いて、すぐに厨房に走る。

 彼が携えてきたのは、レモンスライスの砂糖漬けと、大きな梅干しと申し訳程度の白飯であった。

「さぁ、キーファー、どうぞ。ですが、無理をなさらず」

 という、水の守護聖の言葉が耳に入ったのかは入らなかったのか、キーファーは瀟洒なフォークを片手に、レモンスライスを、それこそ怒濤のような速さで食べ出した。

 クラヴィスなど、あっけにとられて口を開けたままだ。

「キ、キーファー、もっとゆっくり食べないと身体に.....

 カインがそう言ってみるが、キーファーは

「だいじょうぶ、おいしいですよ」

 と笑うだけであった。いきいきとして、卵粥が出てきたときとは雲泥の差だ。

 しばらくレモンスライスに取り組んでいたキーファーであったが、次には、なんと、フォークで、ひょいひょいと大きな梅干しを三つほど掬うと、そのまま口に放り込んだ。

「うひゃっ、す、すっぱい.....

 オスカーなど、見ていられないようだ。

「ああ、おいしい、この梅干し、とても美味しいですね。もっといただけませんか?」

「え、ええ? い、いけませんよ、そんな塩分の多いものを一度に.....

 ルヴァが止めなければ、そのまま言いつけて、梅干しをどんぶり一杯食べそうな雰囲気である。

「キーファー、梅だけ食すのはよくないぞ、さぁ、白飯も一緒に.....

 カインが言い聞かせるが、キーファーは不快げに眉をひそめるだけだ。

「欲しくないのです。そちらは下げてください」

「キーファー.....

 

「ああ〜、ちょっと〜、クラヴィス〜、ジュリ.....はいてもしかたありませんねぇ〜、クラヴィスだけでけっこう、こちらへ、来ていただけますか〜」

 ルヴァが小声でクラヴィスを促す。

 闇の守護聖は、ちらりと、黄金の髪の伴侶殿を見やった。案の定、ジュリアスは、めずらしげに、梅干しとレモンをパクつくキーファーを眺めていた。

 

「クラヴィス〜」

「ああ」

 地と闇の守護聖は、影のように身を滑らせ、部屋の外に出ていった.....