宇宙を超えた恋だから <3>
「ク、クラヴィス.....」
「ルヴァ.....」
きちんと扉を閉めると、ふたりの守護聖は、ほとんど同時に声を掛け合った。
スローペースの代表格のような、闇の守護聖と地の守護聖にしては、ずいぶんとせわしない動作で、せかせかと廊下の端による。
「ク、クラヴィスー、ああ〜、キ、キーファーの症状はですねぇ〜、ああー、検査もせずに軽々しい発言は控えなければならないとは思うのですが〜、ええー、それでも、私の乏しい知識から推察するに〜」
「遠回しな言い方をせずともよい、ルヴァ。あれは.....」
これから言おうとしている、己の言葉に、ふたたび衝撃を受けたのか、クラヴィスは、思わず言葉を切った。
「ええ、ク、クラヴィス〜、あなたの考えていらっしゃることと、私も同意見です〜」
ルヴァが言った。
「そ、そうか.....だが、あれは男ではないか.....だいたい、身体そのものはジュリアスと同じなのだぞ.....なにゆえ.....なにゆえ.....妊娠など.....」
「きゃっ、クラヴィス! 露骨な言い方をなさらないでください〜」
地の守護聖が、真っ赤になって両手を振った。男性経験どころか、女性の手を握ったことさえないと思われる、純情な知識の権化であった。
「妊娠だなんて.....妊娠だなんて〜、ああ〜、妊娠〜!」
「連呼するな、ルヴァ.....」
「あ、ああ、失礼、クラヴィス。で、ですが、まだ、そうと決まったわけではないのですから.....」
とってつけたようにルヴァが言った。
「妊娠、妊娠と騒いだのはおまえの方だぞ.....」
「え、ええ、いえ、そんな私は〜、ああ〜、いずれにせよ、お、王立研究院です!」
話が飛躍している。
「研究院?」
「そうです、エルンストを呼んできましょう〜、検査も必要ですし〜、知恵を貸してくれるかも知れません〜」
知恵袋はおまえの方だろう.....と、闇の守護聖は心の中でつぶやいたのであった。
「陽性です」
こんなときには、いっそ、エルンストのような抑揚のない物言いの方が、場の空気を乱さない。だが、衝撃の事実は、激しく守護聖一同を打ちのめした。
「よ、陽性って.....あんた.....」
美しく縁取られた紅い唇が、ぴくぴくと震えている。クジャクのように着飾った夢の守護聖である。
「じゃ、じゃあ、やっぱり、キーファーは孕んでいるのか?」
「オスカー、そのようなあけすけなおっしゃりよう.....」
「だ、だが、ホントのことなんだろう、リュミエール.....」
「ええ、そのようでございますね.....」
ちらとエルンストを見る。この状況で、顔色を変えないのは、さすがといえるエリート研究員、エルンストであった。
「はい、先日、妊娠検査薬を試したところ、三とおりの方法で、同様の結果が得られました。ほぼ、まちがいないと考えられます」
「....................」
一同に沈黙が落ちた.....
「な、なぁ、ルヴァ。こうしていてもしかたがない。その.....子供が腹にいるというのなら、いつかは生まれてくるのだろう?」
ジュリアスが言った。そのとおりだ。
「え、ええ、ジュリアス。もちろん.....」
と、ルヴァ。
「だったら、本人にもきちんと伝えて、どうするか決めさせなければならないのではないか?」
「ジュリアス様のおっしゃるとおりです.....今は、不可思議な現象に惑わされている場合ではないのです!」
めずらしく水の守護聖が力強く言った。
「そ、そうですよね〜、今は、女王陛下の要請で聖地に滞在しておられる、お客人ですから〜、万一、母体.....ああ〜、母体というのかはわかりませんが、キーファーの身になにかあっては〜」
「ええ、左様でございましょうとも.....安静にしていただいて、お心を強く持っていただかなければ」
「あの.....質問.....」
場違いな、おずおずとした様子で挙手したのは、炎の守護聖であった。
「ああ〜、オスカー〜、なんでしょ〜?」
「あの.....父親は誰なんスか?」
ふたたび、一同に沈黙が落ちる。
「そ、それは.....やはり.....」
水の守護聖が頬を染めて口ごもる。
「普通に考えれば.....あの者なのだろうが.....」
と、クラヴィス。
「ああ〜、そういう際どい会話は〜」
「って、大事なことよ、ルヴァ」
「決まっていよう。カインだ」
さっくりと言ってのけたのは、光の守護聖であった。腰に手を当てて、大声で宣言する。
「あのふたりはすでに愛を確かめあった仲なのだ。まぁ、もっとも彼らにきっかけを与えてやったのは、この光の守護聖ジュリアスだがな!」
強引な発言である。
「.....ジュリアス」
「クラヴィスも知っていよう! 愛し合っているのだから、子供が出来れば、相手の子に決まっていよう。わざわざ確かめるまでもない!」
この辺が、純情一直線の黄金の守護聖なのだ。
「ま、まぁね、ジュリアスの言う通りなんだけど.....万一さ.....他の人の.....ってことはないの?」
念のため、と言った様子でオリヴィエが訊ねた。
「ありえん。あのふたりは互いに認めあった恋人同士なのだ」
まるで当事者のように言い放つ光の守護聖。ここまで自信たっぷりに言われると、だれも反論できない。とりあえず、皆、頷く。
「まぁ.....いずれにせよ、検査結果を本人に告げないわけにはいかぬ。その前に、カインに話をしておいたほうがよかろうな.....」
と、吐息交じりに闇の守護聖がつぶやいた。
「では、この光の守護聖が、首座の守護聖として、祝辞を述べてやる!」
「.....おまえはダメだ、ジュリアス」
「む〜っ! どうしてだっ!」
「よいから.....おまえの出番はもっと後だ.....ルヴァ、やはりおまえが適任だろう」
と、クラヴィス。
「え、ええっ? ああ〜、まぁ〜、いいですが〜〜、クラヴィスも一緒に来てくださいね〜」
「.....よかろう」
「よくないお知らせではないのですから、落ち着いて、穏やかにお話しなされば、カインならば適切な対応をしてくれるでしょう.....」
リュミエールがささやく。
「では、善は急げだ」
さかさかと光の守護聖が促した。扉のすき間から見守っていたいという、彼なりの気遣いかも知れない。
「.....行くか、ルヴァ」
「ええ、そうですね.....」
互いに頷きあったふたりの守護聖は、相手に多大なる期待を寄せそうになるのを、心の中で、必死に戒めていたのであった.....