宇宙を超えた恋だから
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「あ.....はぁ、それはおめでたいことですね」

 ぼんやりとカインが言った。

「それで、どなたがご懐妊されたのですか?」

 その言葉に、さすがの闇の守護聖も切れそうになった。なまじ、おのれと同じ姿形をしているせいで、よけいにイラつくのだろう。

「おまえは! 話を聞いていなかったのかっ?」

「ま、まぁ、まぁ、クラヴィス〜。ああー、カイン〜、信じられないのも無理はないと思うのですが〜、ああ〜、冷静になってくださいねぇ〜」

「はぁ.....私は落ち着いているつもりですが.....

「バカモノ! 落ち着いている場合かっ!」

「クラヴィス〜、あなたが動揺してどうするのです〜」

「むぅ.....

 闇の守護聖が怒りをかみ殺したのを見計らって、ルヴァはふたたび言葉を継いだ。

「あー、よろしいですか〜、カイン.....

「はぁ.....

「ええー、キーファーなのですがね〜、あの後、検査した結果ですね〜」

「はぁ.....

「ああー、どうやら、彼のお腹には赤ちゃんがいるようなのですよ〜」

「はぁ.....

「おまえっ! きちんと聞いているのかっ!」

「まぁまぁ、クラヴィス。それでですね〜、ああー、キーファーに子供ができたのは.....ああ〜、まぁ、普通、男性ではあり得ないのですが〜」

「あ、あの、ちょっと、お待ちください!」

 今さらながらに気付いたのか、はっと、カインは顔を上げた。

「あの.....先ほどから、子供だのなんだのと.....もしかして、キーファーの話なのですか?」

「だからそう言っていよう! おまえはずっと眠っていたのかっ?」

「ク、クラヴィス、落ち着いてください」

 

「あ〜あ、あのカインっていうのは、ずいぶんとまた.....のんびりというか、ボケてるというか.....

「え、ええ.....ですが、クラヴィス様が、相当イラついておられるご様子.....心配です」

「そうだな、だが、怒っているあの者も、なかなか男前で凛々しいではないか! さすが、この光の守護聖の伴侶! こうでなくては困る!」

 .....三人三様の意見を述べているのは、いわずもがな、オスカー、リュミエール、ジュリアスの順番だ。なんのことはない。気になって、扉のすき間から覗いているのだ。

 さて、再び、部屋の中に視線をもどす。

 

「地の守護聖様.....で、では、あのキーファーの症状は.....

 恐る恐るカインが訊ねた。こころなしか声が震えている。

「ええ、つわりだと思いますよ〜、酸っぱいものが欲しいというのも、妊婦さんの特徴ですからね〜」

「そう.....ですか.....キーファーが.....

「相手はおまえなのだろうっ?」

「ク、クラヴィス.....そんな責めるような言い方は.....

「ええ.....おそらくそうだと.....

「おそらくではないっ!」

「クラヴィス〜。ああー、それでですね〜、あなたと〜、キーファーが〜、お付き合いしているのは我々の耳にも入っておりましたのでね〜、やはりここはあなたの口から、告げてあげたほうがいいのではないかと思うのですよ〜」

 とりなすように早口にルヴァが言った。

「そうですね.....キーファーが.....いったいどうしたことなのだろう.....

「こちらが聞きたいくらいです〜、ですが、様々な検査から陽性の結果が出ているのですよ〜、これはもう、腹を括るしかないと思います〜」

 と、ルヴァ。

「そうですか.....キーファーが.....

 言葉の表面だけを理解するのはたやすいが、なかなか真実としてとらえられないのだろう。ぶつぶつと口の中で繰り返すカインであった。

「相手は間違いなく、おまえなのだろうなっ!」

 なぜか、もっとも落ち着かない風情のクラヴィスだ。おのれの伴侶殿の肉体を共有しているものが、懐妊したという事実がショックだったのかも知れない。明日は我が身だ。

「相手.....はぁ、私だと思いますよ.....

「なんだ、その自信なさ気な物言いはっ!」

「ク、クラヴィス〜」

「いえ、私から強引に何かしたことはないのですが.....いつの間にか腹の上に乗られて.....気がつくと済んでることが多いのですよね.....ああ、もちろん快楽はあるのですが.....

 申し訳なさそうに黒衣の麗人はつぶやいた。

 

  

「うはぁ〜、聞いた、聞いたか? リュミエール.....

「は、はぁ.....まぁ、これは.....

「どうやるのだろうな〜? だって、妊ったのはキーファーの方なのだろう? 受け手側の方が腹の上に乗ってどうするのだ〜、なー、なーっ、オスカー?」

「しっ、お静かに、ジュリアス様!」

  ごほん!と大きく咳払いすると、闇の守護聖は吐き捨てるように言った。

「情けない、おまえはそれでも男かっ?」

「はぁ.....キーファーも男ですが」

 ショックから立ち直れないのか、ぼんやりとカインは頷いた。

「ま、まぁまぁ〜、いずれにせよ〜、キーファーのお腹の中の子どもは、あなたの子だと思うのですよ〜」

 地の守護聖は、今日一日でずいぶんと寿命が縮まったことだろう。

「そう.....なのでしょうね.....もっとも可能性が高いのは私でしょう」

「ええ、ええ、あなたにとって、ひどくショックだというのは、私にもよくわかりますよ〜、でも〜、やはり〜、一番大変なのは、キーファー自身です〜」

「そうですね.....

「ですから、あなたの口から穏やかに、やさしくお話しして、今後のことをご相談いただきたいのです〜」

.....はぁ.....

「ああー、もちろん、我々も尽力を惜しみませんから〜」

「わかりました」

 カインは頷いた。

「善は急げといいますからね。これから彼に話をしてきます」

 いよいよ決心が固まったのか、即座に黒髪の皇帝参謀は立ち上がった。

「ああ〜、我々もごいっしょに.....

「いえ、大勢で行きますと、キーファーも気が高ぶってしまうでしょう。ひとりで大丈夫ですので」

 うっすらと微笑すら浮かべると、カインは衣擦れの音も静かに退出していった。もちろん、オスカー他一同は、さっさととなりの部屋に移動している。

「案外、あっさりと承諾したな。もっと取り乱すかと思った.....

 残された闇の守護聖が、ぽつりと言った。

「ああ〜、カインもキーファーのことを大切に思っているのでしょう〜」

「ふぅん、そんなものか.....

「そんなものですよ」

 地の守護聖がゆっくりと繰り返した。

 闇の守護聖は思わず考えてしまった。

 今のカインの立場が、おのれ自身だとしたら、自分はいったいどんな反応をしたのだろうかと.....

 ぷっくりと腹の膨れた、騒々しい黄金の髪の伴侶殿を思い描く。

 一瞬、気の遠くなった、黒衣の魔王殿であった.....

  

「キーファー.....キーファー?」

 黒髪の麗人は、寝室の扉を叩いた。だが、返事はない。

「キーファー.....? いないのか?」

 もしや.....と思う。

 あんな話を聞かされたばかりのせいだろうか。なにやらキーファーが感づいて、おのれの身を呪い、世を儚んで自殺.....

「キーファー!」

 冷静なようで、思いこみの激しいカインであった。ちょっと考えれば、キーファーは、その程度のことで、自害するようなタマではない。

「キーファー! 入るぞ!」

 力任せに、ドアを叩きつける。それは予想に反して簡単に開いた。あたりまえだ。鍵などかけていなかったのだから。

 

「カイン.....? どうしたのです?」

 紅い瞳の恋人は、寝起きの髪をかきあげて、寝台の上にいた。一眠りしていたのを起こされたといった風情だ。

「キーファー.....よかった.....

「は? どうされたのです.....カイン、血相を変えて.....

 不思議そうに首をかしげる。飾り気のない自然の動作が、ひどくあどけなく感じられた。

「キーファー.....すまぬ、騒ぎ立てて.....

 まず、カインは謝った。律義にきっちりと、叩きつけた扉を両手で閉める。

「いいえ、いいのですよ.....それにしてもおめずらしい.....あなたの方から、私の部屋に来てくださるなんて.....

 キーファーが微笑んだ。艶めかしい微笑は、「本体」の光の守護聖には真似できない芸当である。

「いや.....その.....

「お掛けになられてはいかがです」

「あ、ああ」

 椅子をすすめられ、覚悟を決めて腰を落ちつける。

「カイン.....お茶でも.....

「あ、ああ、よい、気を使うな、私がやるから.....

「いえ、もう、目は覚めましたし、気分もよくなりました」

 なるほど、顔色は、先程よりも大分よくなっている。一眠りして落ち着いたのだろう。

「いや、ダメだ、おまえは寝ていろ」

 頑固にカインは言い含めた。

 わけがわからず、奇異なまなざしで、こちらを見やるキーファーを無視して、さかさかと茶を淹れる。やりなれないので、こぼしたりするが、なんとか二人分のミルクティーを淹れた。

「キーファー」

「ああ、ありがとうございます。あなたがお茶を淹れてくれるなんて、たまには体調を崩してみるのもよいものですね」

 いたずらっぽく笑うキーファーは、ずいぶんと可愛らしく見えた。

 

「キーファー.....気分は.....どうなのだ?」

 きっかけがつかめないのか、カインは視線を合わせないままに、そう訊ねた。

「ええ、もう大丈夫です。ご心配お掛けして申し訳ありませんでした」

「いや.....よいなら.....いいのだが.....

 なにやら、わからぬことをぶつぶつとつぶやく。

「キーファー.....落ち着いて聞いて欲しい」

「はぁ、どうなさいました、先ほどから.....

「よいな、おまえにはいつでも私がついているし、私にも責任の半分はあるのだから.....いかに積極性に欠けていたとはいえ、それでも、やはり私の.....

「はぁ? なんのお話しでしょうか?」

.....胸元がはだけているぞ.....

 などと、言いつつ、キーファーのガウンの前を合わせてやる。

.....キーファー.....

「はい?」

.....おまえの腹には.....赤子がいるのだ」