宇宙を超えた恋だから <4>
「あ.....はぁ、それはおめでたいことですね」
ぼんやりとカインが言った。
「それで、どなたがご懐妊されたのですか?」
その言葉に、さすがの闇の守護聖も切れそうになった。なまじ、おのれと同じ姿形をしているせいで、よけいにイラつくのだろう。
「おまえは! 話を聞いていなかったのかっ?」
「ま、まぁ、まぁ、クラヴィス〜。ああー、カイン〜、信じられないのも無理はないと思うのですが〜、ああ〜、冷静になってくださいねぇ〜」
「はぁ.....私は落ち着いているつもりですが.....」
「バカモノ! 落ち着いている場合かっ!」
「クラヴィス〜、あなたが動揺してどうするのです〜」
「むぅ.....」
闇の守護聖が怒りをかみ殺したのを見計らって、ルヴァはふたたび言葉を継いだ。
「あー、よろしいですか〜、カイン.....」
「はぁ.....」
「ええー、キーファーなのですがね〜、あの後、検査した結果ですね〜」
「はぁ.....」
「ああー、どうやら、彼のお腹には赤ちゃんがいるようなのですよ〜」
「はぁ.....」
「おまえっ! きちんと聞いているのかっ!」
「まぁまぁ、クラヴィス。それでですね〜、ああー、キーファーに子供ができたのは.....ああ〜、まぁ、普通、男性ではあり得ないのですが〜」
「あ、あの、ちょっと、お待ちください!」
今さらながらに気付いたのか、はっと、カインは顔を上げた。
「あの.....先ほどから、子供だのなんだのと.....もしかして、キーファーの話なのですか?」
「だからそう言っていよう! おまえはずっと眠っていたのかっ?」
「ク、クラヴィス、落ち着いてください」
「あ〜あ、あのカインっていうのは、ずいぶんとまた.....のんびりというか、ボケてるというか.....」
「え、ええ.....ですが、クラヴィス様が、相当イラついておられるご様子.....心配です」
「そうだな、だが、怒っているあの者も、なかなか男前で凛々しいではないか! さすが、この光の守護聖の伴侶! こうでなくては困る!」
.....三人三様の意見を述べているのは、いわずもがな、オスカー、リュミエール、ジュリアスの順番だ。なんのことはない。気になって、扉のすき間から覗いているのだ。
さて、再び、部屋の中に視線をもどす。
「地の守護聖様.....で、では、あのキーファーの症状は.....」
恐る恐るカインが訊ねた。こころなしか声が震えている。
「ええ、つわりだと思いますよ〜、酸っぱいものが欲しいというのも、妊婦さんの特徴ですからね〜」
「そう.....ですか.....キーファーが.....」
「相手はおまえなのだろうっ?」
「ク、クラヴィス.....そんな責めるような言い方は.....」
「ええ.....おそらくそうだと.....」
「おそらくではないっ!」
「クラヴィス〜。ああー、それでですね〜、あなたと〜、キーファーが〜、お付き合いしているのは我々の耳にも入っておりましたのでね〜、やはりここはあなたの口から、告げてあげたほうがいいのではないかと思うのですよ〜」
とりなすように早口にルヴァが言った。
「そうですね.....キーファーが.....いったいどうしたことなのだろう.....」
「こちらが聞きたいくらいです〜、ですが、様々な検査から陽性の結果が出ているのですよ〜、これはもう、腹を括るしかないと思います〜」
と、ルヴァ。
「そうですか.....キーファーが.....」
言葉の表面だけを理解するのはたやすいが、なかなか真実としてとらえられないのだろう。ぶつぶつと口の中で繰り返すカインであった。
「相手は間違いなく、おまえなのだろうなっ!」
なぜか、もっとも落ち着かない風情のクラヴィスだ。おのれの伴侶殿の肉体を共有しているものが、懐妊したという事実がショックだったのかも知れない。明日は我が身だ。
「相手.....はぁ、私だと思いますよ.....」
「なんだ、その自信なさ気な物言いはっ!」
「ク、クラヴィス〜」
「いえ、私から強引に何かしたことはないのですが.....いつの間にか腹の上に乗られて.....気がつくと済んでることが多いのですよね.....ああ、もちろん快楽はあるのですが.....」
申し訳なさそうに黒衣の麗人はつぶやいた。
「うはぁ〜、聞いた、聞いたか? リュミエール.....」
「は、はぁ.....まぁ、これは.....」
「どうやるのだろうな〜? だって、妊ったのはキーファーの方なのだろう? 受け手側の方が腹の上に乗ってどうするのだ〜、なー、なーっ、オスカー?」
「しっ、お静かに、ジュリアス様!」
ごほん!と大きく咳払いすると、闇の守護聖は吐き捨てるように言った。
「情けない、おまえはそれでも男かっ?」
「はぁ.....キーファーも男ですが」
ショックから立ち直れないのか、ぼんやりとカインは頷いた。
「ま、まぁまぁ〜、いずれにせよ〜、キーファーのお腹の中の子どもは、あなたの子だと思うのですよ〜」
地の守護聖は、今日一日でずいぶんと寿命が縮まったことだろう。
「そう.....なのでしょうね.....もっとも可能性が高いのは私でしょう」
「ええ、ええ、あなたにとって、ひどくショックだというのは、私にもよくわかりますよ〜、でも〜、やはり〜、一番大変なのは、キーファー自身です〜」
「そうですね.....」
「ですから、あなたの口から穏やかに、やさしくお話しして、今後のことをご相談いただきたいのです〜」
「.....はぁ.....」
「ああー、もちろん、我々も尽力を惜しみませんから〜」
「わかりました」
カインは頷いた。
「善は急げといいますからね。これから彼に話をしてきます」
いよいよ決心が固まったのか、即座に黒髪の皇帝参謀は立ち上がった。
「ああ〜、我々もごいっしょに.....」
「いえ、大勢で行きますと、キーファーも気が高ぶってしまうでしょう。ひとりで大丈夫ですので」
うっすらと微笑すら浮かべると、カインは衣擦れの音も静かに退出していった。もちろん、オスカー他一同は、さっさととなりの部屋に移動している。
「案外、あっさりと承諾したな。もっと取り乱すかと思った.....」
残された闇の守護聖が、ぽつりと言った。
「ああ〜、カインもキーファーのことを大切に思っているのでしょう〜」
「ふぅん、そんなものか.....」
「そんなものですよ」
地の守護聖がゆっくりと繰り返した。
闇の守護聖は思わず考えてしまった。
今のカインの立場が、おのれ自身だとしたら、自分はいったいどんな反応をしたのだろうかと.....
ぷっくりと腹の膨れた、騒々しい黄金の髪の伴侶殿を思い描く。
一瞬、気の遠くなった、黒衣の魔王殿であった.....
「キーファー.....キーファー?」
黒髪の麗人は、寝室の扉を叩いた。だが、返事はない。
「キーファー.....? いないのか?」
もしや.....と思う。
あんな話を聞かされたばかりのせいだろうか。なにやらキーファーが感づいて、おのれの身を呪い、世を儚んで自殺.....
「キーファー!」
冷静なようで、思いこみの激しいカインであった。ちょっと考えれば、キーファーは、その程度のことで、自害するようなタマではない。
「キーファー! 入るぞ!」
力任せに、ドアを叩きつける。それは予想に反して簡単に開いた。あたりまえだ。鍵などかけていなかったのだから。
「カイン.....? どうしたのです?」
紅い瞳の恋人は、寝起きの髪をかきあげて、寝台の上にいた。一眠りしていたのを起こされたといった風情だ。
「キーファー.....よかった.....」
「は? どうされたのです.....カイン、血相を変えて.....」
不思議そうに首をかしげる。飾り気のない自然の動作が、ひどくあどけなく感じられた。
「キーファー.....すまぬ、騒ぎ立てて.....」
まず、カインは謝った。律義にきっちりと、叩きつけた扉を両手で閉める。
「いいえ、いいのですよ.....それにしてもおめずらしい.....あなたの方から、私の部屋に来てくださるなんて.....」
キーファーが微笑んだ。艶めかしい微笑は、「本体」の光の守護聖には真似できない芸当である。
「いや.....その.....」
「お掛けになられてはいかがです」
「あ、ああ」
椅子をすすめられ、覚悟を決めて腰を落ちつける。
「カイン.....お茶でも.....」
「あ、ああ、よい、気を使うな、私がやるから.....」
「いえ、もう、目は覚めましたし、気分もよくなりました」
なるほど、顔色は、先程よりも大分よくなっている。一眠りして落ち着いたのだろう。
「いや、ダメだ、おまえは寝ていろ」
頑固にカインは言い含めた。
わけがわからず、奇異なまなざしで、こちらを見やるキーファーを無視して、さかさかと茶を淹れる。やりなれないので、こぼしたりするが、なんとか二人分のミルクティーを淹れた。
「キーファー」
「ああ、ありがとうございます。あなたがお茶を淹れてくれるなんて、たまには体調を崩してみるのもよいものですね」
いたずらっぽく笑うキーファーは、ずいぶんと可愛らしく見えた。
「キーファー.....気分は.....どうなのだ?」
きっかけがつかめないのか、カインは視線を合わせないままに、そう訊ねた。
「ええ、もう大丈夫です。ご心配お掛けして申し訳ありませんでした」
「いや.....よいなら.....いいのだが.....」
なにやら、わからぬことをぶつぶつとつぶやく。
「キーファー.....落ち着いて聞いて欲しい」
「はぁ、どうなさいました、先ほどから.....」
「よいな、おまえにはいつでも私がついているし、私にも責任の半分はあるのだから.....いかに積極性に欠けていたとはいえ、それでも、やはり私の.....」
「はぁ? なんのお話しでしょうか?」
「.....胸元がはだけているぞ.....」
などと、言いつつ、キーファーのガウンの前を合わせてやる。
「.....キーファー.....」
「はい?」
「.....おまえの腹には.....赤子がいるのだ」