宇宙を超えた恋だから
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(いきなり過ぎないっ? なんつーか、前置きがなさすぎるよなっ?)

(しっ、オスカー!)

(どけ、オスカー、こちらはよく聞こえぬ!)

 隣室の壁には巨体の守護聖が、三人びったりくっついている。コップを耳に当てての、諜報合戦だ。一応、「心配のあまり」という、大義名分がつく。

 

.....おまえの腹には.....赤子がいるのだ.....

...............

「キーファー? 聞こえているか? そ、その大丈夫か?」

 ビクビクである。隣室で闇の守護聖一同が、「情けない!」と舌打ちしているのも、もちろん知らないのだ。

 

「カイン.....

「は、はいっ」

(うつけ者っ! しっかりせぬかっ!)

「カイン.....今のお話し.....

「う、うむ」

「本当のことなのですか?」

「あ、ああ、信じられないのもよくわかるが.....いや、この私だとて、未だに.....

 正直者のカインである。こんなときに、口先だけの感動的な言葉など吐けはしない。

「私のお腹に.....

「う、うむ.....地の守護聖様や、王立研究院のエルンスト主任研究員が、検査結果を持ってこられた」

「ああ、そういえば、採血されましたっけ.....

「その結果.....やはり、懐妊の可能性が濃厚なのだそうだ」

.....この肉体は、光の守護聖のコピーですが.....ジュリアス様の種族は、男性体でも、妊娠するのですか.....

 騒ぎも慌てもせず、キーファーは、淡々とした口調でたずねた。隣室で闇の守護聖が真っ青になっていることなど、彼はまるであずかり知らない。

「さ、さぁ.....私にはわからぬことばかりだ.....

 真っ正直にカインがこたえた。

.....そうですか.....

 

「キ、キーファー.....

.....はい?」

「そ、その.....大丈夫か? 頼むから思い詰めないでくれ.....

「あなたの方が悲壮な顔つきをしていますよ」

 笑みさえ浮かべて、キーファーはささやいた。

「いや.....すまぬ.....何と言っていいのか.....おまえがどれほどショックだったかと考えると.....わたしは.....

「カイン、落ち着いてください」

 逆に励まされてしまう。

「私はそれほど取り乱してはおりません。いえ、もちろん、とても驚きましたが.....

「そうだろうな。私だって未だに信じられぬ」

「いえ.....確かに驚愕してはいるのですが.....この腹に宿っているのが、あなたの子ならば.....それほど、不安ではありません」

 白く長い指で、おのれの下腹を撫でた。もちろん、そこはまだぺったりとへこんでいる。

「キーファー.....?」

「私はあなたが好きです。もう、何度も申し上げておりますね」

 長いブロンドが、寝室の明かりに透けて輝く。

「キーファー.....

「好きですよ、カイン。だれよりも、あなたが」

.....あ、ああ.....

 

(とことん気の利かない男ですねっ! 返事の仕方ってもんがあるでしょーっ? この場面でっ)

 炎の守護聖もいらいらと地団駄を踏んだ。

(まったく、あれと同じ姿形をしているのも厭わしくなる! 私と同じ顔で、あんな情けない表情をするなっ!)

(ク、クラヴィス様.....そのような.....

 

「あなたにはご迷惑かも知れませんが.....私はほんの少し.....嬉しくも感じております」

 と、キーファーは笑った。やさしい微笑であった。

「もしかして.....私の思いがこうして形をとってあらわれたのかもしれないと.....

「キ、キーファー.....あ、あの.....その.....

「うふふ、すみません、カイン。ひとりでしゃべりすぎましたね。どうぞ、ご心配なく。私は大丈夫ですから」

「キーファー.....すまぬ.....どうも、私は言葉が下手で.....

「知っておりますよ。あなたのことなら何でもね」

「あ、ああ、そう.....話下手で.....だが、これだけは.....

 ぼそぼそと独白のようなセリフを続ける。

「私も.....おまえのことは大切に思っているのだから.....く、苦しくなったら、私にそう言ってくれ.....これから、その身では大変なことが多かろうし.....その、私に出来ることならなんでも.....

 不慣れな愛の言葉をたどたどしく紡ぐ。

 壁ひとつ隔てたこちら側で、光の守護聖が、大声で、「いいなーっ!」と叫ぶのを、炎の守護聖と闇の守護聖が、必死に口を塞いで防いでいた。

「嬉しいですよ、カイン.....

「そ、そうか.....? その.....なにかして欲しいことはないか? 食べたいものとか.....

「ふふ、いいえ、.....ああ、ではひとつ」

 キーファーはいたずらっぽく微笑んだ。

 

「いささか疲れましたので、今日はこのまま寝もうと思います。.....おやすみのキスをしていただけますか.....?」

 

 疲労がピークに達しつつあった、闇の守護聖と炎の守護聖にとって、ふたたび、「いいなーっ! ずるーいっ! ぶーっぶーっ!」と、激しいブーイングをかます光の守護聖を、ふたりがかりで食い止めるのは、たやすいことではなかった。

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