宇宙を超えた恋だから
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 そんなこんなで、三ヶ月が過ぎた.....

 ラブコメ小説の時の流れは早いのである。

 

.....キーファーは、起きておられますでしょうか?」

 軽やかな足取りで寝室にあらわれたのは、青銀の髪をした守護聖.....リュミエールであった。

「これは、水の守護聖様、いらっしゃいませ。今日はあれも、ずいぶんと加減が良いようです」

「こんにちわ、カイン」

 ここのところ、黒衣の皇帝参謀こと、カインは、キーファーの寝室につめきりだ。のろけ話の一片ではない。ここにきて、とみにキーファーの体調に変化が起こっていた。もともと、闊達に行動するタイプではなかったが、最近はほとんど私室から外に出ようともしないのだ。

 気分が優れないの一点張りで、寝台に横になっていることも多くなった。

「キーファー.....、入るぞ」

「カイン.....

「よい子だな、気分はどうだ?」

「ええ.....今日は.....悪くないです」

「そうか、それはよかった。なにか食べられるか?」

 白雪の額に手を滑らせ、そっと前髪を梳く。その優しげな動作を見ただけで、どれほど、カインがキーファーを大切に思っているのかよくわかる。

.....いいえ、今はけっこうです.....あの.....どなたか.....?」

「ああ、水の守護聖様がお見舞いにおいでになられた。お通ししてよいか?」

「あ.....はい.....でも、あまり見苦しい有り様でしたら.....

 寝台に身を起こそうとして、カインに止められる。

「カイン.....

「横になったままでよい。かえって、水の守護聖殿も恐縮してしまわれるだろう」

「はぁ.....でも.....

「よいから、おまえはただおとなしく休んでいればよいのだ」

 すでに双方、心落ち着いているのだろう。キーファーはカインに、あたりまえのように頼っていたし、カインの言葉にも穏やかな力がある。

「ふふふ、少しあてられてしまいますね」

 いたずらっぽく微笑んで、水の守護聖はカインの後について、寝室に入った。

「こんにちわ、今日はカモミールのハーブティを持って参りました。わたくしがブレンドいたしましたので、あまりクセのない味わいになっています。眠れないときには、ぜひ試してみてください」

「これは、お心遣いありがとうございます。いつもいつも、お気をつかっていただいて.....

 カインが、丁寧に礼を述べ、カモミールのガラス瓶を受け取った。

「ありがとうございます.....リュミエールさま.....

 キーファーもうっすらと笑みを浮かべる。

「でも、あまり心配はいらないようですね。これだけ、伴侶様が大切にしてくださるわけですから」

「え、あ、はぁ.....

 さすがに照れるカイン。リュミエールは、「クラヴィス」が照れるところなど、ほとんど目の当たりにしたことなどない。つい、まじまじと整った人形のような顔を見つめてしまう。

「ええ、カインはとてもよくしてくださいます。体調は.....冗談でも良好とは言い難いですが.....でも.....そう辛くはないのです」

「ええ、さようでございましょうとも」

「はい、カインがずっと側にいてくれますし.....皆様にもいろいろとご心配していただいております」

 おそらく前者の事実が大きいのだろう。後の方は、ほんの付け足しのように聞こえた。

 だが、リュミエールはまったく不快に思わなかった。

 

 これまで.....ずっと.....ずっと、孤独に生きてきた、ひとつの魂が、ようやく安らげる場所を見つけたのだ。

 斜に構えて、皮肉な笑みを浮かべるだけだった美しい顔が、今は、小さな幸福にほころんでいる。

 穏やかな微笑を浮かべる彼を見ることができたということ.....それが水の守護聖にはひどく嬉しかったのである.....

 

 

 

「ジュリアス.....私はもう寝すむゆえ、先に行くぞ」

「そうかー、では、私も寝よう、寝よう!」

 見てくれは、熱々のキーファー&カインカップルと同じである。その瞳の色を除けば。

 光の守護聖と闇の守護聖は、金曜日の夜の時間を、ゆったりと楽しんでいたのだ。

「いや.....まだ、起きていたいなら、私につきあう必要はない」

 クラヴィスは、常にあらず、せかせかとそう言った。

 普段は、自分が寝室に行かなければ、いつまででも、側にうねっている金の髪の伴侶殿のために、彼を誘って寝室に赴いた。だが、今日はひとりでさっさと退出しようとしている。

「いやいや、私も眠くなったのだ、さ、行こう、クラヴィス!」

 楽しそうに、腕をとる光の守護聖に、困惑して目をそらす。

「ジュリアス.....その.....しばらく寝室を別にせぬか.....

.....へ?」

「共に寝すむのは.....控えたほうがよいと思うのだ.....

 ぼそぼそとクラヴィスがつぶやいた。

「な、なんで、なんで、どうしてだーっ? なんで、急にそんな.....

「そんな顔をするな.....

「だって.....そなたは.....私のことが嫌いになったのか.....?」

 すでにぐしゃりと顔をゆがませている。今少し経てば、闇の館を揺るがす大音響で泣きわめくであろう。

「誤解するな、ジュリアス.....そのような理由ではない.....

「だ、だったら、どうしてっ!」

 つかみ掛かる勢いで、光の守護聖は訊ねた。

.....キーファーを見たであろう。もしかしたら.....万に一つ.....おまえまでが、妊娠.....い、いや、その.....そういうことになったら、困るであろう?」

「子どもができたらという意味かっ?」

「お、大きな、声を出すな! 屋敷の者に聞かれる!」

 どうやら、妊娠ショックは、当のキーファーよりも、それをとりまく人々への影響が大きかったようだ。

 

「ふぅ.....ジュリアス.....、よいか.....

 大きく吐息し、闇の守護聖は続けた。

「いわずもがな、キーファーの肉体は、おまえのコピーなのだ」

「そんなの知ってる」

「そうであろう? ということは、もしかしたら、おまえの種族.....いや、「種族」という表現が適切なのかはわからぬが、まぁ、よかろう。おまえだとて、子を宿す可能性があるということなのだぞ?」

.........................

「これまでと変わらぬ生活を続けて、万一、おまえの肉体に変調が起こったらなんとするのだ?」

 噛んで含めるように、クラヴィスは話した。

.....それは、私に子どもができたらと.....そういうことか.....?」

.....そうだ.....馬鹿げた話と笑うわけにはいかぬ。実際、キーファーは懐妊したのだからな」

....................

.....ジュリアス? どうした、急に黙り込んで.....

 

.....私に子どもができたら.....そなたは困るのか?」

 黄金の髪の恋人は、顔を伏せたままそう訊ねた。心なしか、その声音は揺れていた。

.....そなたの子ができたら.....クラヴィスは.....困るのか.....?」

.....ジュリアス」

「そっか.....困るのだな.....そう..........

「待たぬか、誤解するな、ジュリアス!」

「もう.....いい.....

「ジュリアス!」

  

 

「ちょ〜っと、待ったぁ!」

 

「あんまり.....あんまりッスよ、クラヴィスさまーっ!」

「うわぁっ! なんだ、なんだ、おまえは〜! オスカー!」

「リュミエールが、いつまでも帰ってこないから、てっきりここだと踏んで張ってたんですー!」

「張るなっ! バカモノ!」

「ううーっ クラヴィスさまっ! オレはあんたを見損ないましたーっ!」

「オスカー.....

 招かざる客の出現に、おどろく光と闇の守護聖である。

「このうつけ者! リュミエールはここにはおらぬわ! あの者のことだ、大方、キーファーの見舞いにでも行って、話し込んでいるだけではないのか?」

「今日は花金なんですよ〜っ!」

「泣くなっ、鬱陶しい! さっさと出てゆけ!」

 闇の守護聖が、しっしと追い払う。

「いーえっ、出ていく前にこれだけは言わせていただきます! もし.....もし、万一、リュミエールに子どもができたとしたら、オレだったら、小躍りして喜びます! 大切な人との子どもだったら、オレは大歓迎です!」

「オスカー.....

 ぼんやりとジュリアスがつぶやく。涙が乾いて、長いまつげに絡まっている。

「オ、オスカー..........言うは簡単だが.....

「いいえっ、言うだけではありません! オレは、オレは絶対に.....ぜったい..........うう〜っ」

「あぶないっ!」

「バカモノ!」

 あろうことか、中庭から飛び込んできた炎の守護聖は、ぐぅんと前のめりに倒れ掛かってきた。どうやら、したたかに酔っているらしい。

「お、重いぞっ!」

 非力な闇の守護聖が悲鳴を上げる。

「うう〜、リュミエール〜、愛してるぞ〜」

「私はリュミエールではない! この酔っ払いの無礼者め!」

「う〜、クラヴィス様〜、ジュリアス様はあなたがお好きなんですよ〜ぉ? 大切な人に.....あんな顔をさせてはダメですぅ〜」

...............

「ダメですよ〜、クラヴィスさまぁ〜」

.....おまえなどに言われなくとも.....わかっている!」

 ふんと、闇の守護聖は悪態をついた。かたわらのソファに、酒臭い巨体をどすんとつきとばす。

「やれやれ、手間のかかる.....

「クラヴィス.....

.....いや、悪かったな、ここのところ、いろいろと.....思うところがあってな.....

 クラヴィスは、低く自嘲した。

....................

「すまぬ。どうも.....おまえが居てくれることを、あたりまえに思ってしまったようだ.....悪かったな、ジュリアス.....

....................

「怒ったのか?」

「怒ってはおらぬ.....私もそなたが私を大切にしてくれるのを、あたりまえのことだと思い込んでいた」

「なにを言っている。それは当然のことだ」

「いや.....そうではない.....それにふさわしくあるように、私も身を慎まなければならないのだ。ここしばらく、そういう気持ちを忘れていたような気がする.....

.....ジュリアス.....

「きょ、今日はもう寝る! ではな、おやすみ、クラヴィス!」

 むしろ、明るい口調でそう言って、光の守護聖は早足で歩いていってしまった。

 その瞬間、闇の守護聖は、本気で先ほどの言葉を、後悔したのであった.....