宇宙を超えた恋だから
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「カイン.....なにをしておられるのですか?」

 とろとろと、午後の日差しに微睡んでいたキーファーであったが、傍らに腰掛けるカインが、なにやらせっせと作業をしているのに気付いた。

 その身の丈に合わせた、巨大な寝椅子をキーファーの寝台に、ぴったりと隣り合わせているのだ。

「キーファー.....? どうしたのだ、目が覚めてしまったか.....?」

「ふふ、お訊ねしたのはこちらですよ」

 金の髪の青年が笑った。

「ああ、これか.....いや、水の守護聖殿に教えていただいたのでな.....手遊びに.....な」

 照れ臭そうに低い声で、ぼそぼそと応えるカイン。彼の長い指には、編み棒がにぎられている。始めたばかりなのだろう、やわらかな毛糸のかたまりは、ほんのりと小さくて、なにを作っているのかさえわからなかった。

「可愛らしいですね。それにしても、あなたが編み棒を握っているなんて.....うふふ.....

 横になったまま、キーファーは楽しそうに笑い続けた。

「おかしいか? やり始めてみるとなかなか楽しいのだ。そのうち、教えてやろう」

「いえ.....ダメですよ。私は不器用ですからね」

「ゆっくりとやれば大丈夫だ。こうして、一回まわして、くるりと.....

「ああ、はいはい.....ふふふ.....しかし、闇の守護聖がご覧になられたら、なんとおっしゃることか.....

 そこまでいうと、キーファーは、小さく吐息した。ふたたび、瞳を見開いて、目の前の黒衣の恋人を見つめる。

「カイン.....

 と、声を掛けた。

「ん.....? どうした? 気分が悪いか?」

 先ほどまでと声音が変わったことに気付き、カインがすぐに立ち上がって寝台に近寄る。

「いいえ.....そうではありません.....カイン.....

「ん.....?」

「カイン、ありがとう.....

.....どうした.....あらたまって.....

「ありがとうございます.....

 そういった彼の声は、微かに震えて濡れていた。

「どうしたのだ.....おかしいぞ、泣いたりして.....

「え.....いえ.....ほんとうだ.....なんで涙なんか.....

 不思議そうに、己の白い頬を擦るキーファー。

「ここのところ、気分が優れない日が続いているからな。気持ちが不安定になっているのだ.....

 穏やかに話して聞かせる。

「ええ.....いえ.....

「キーファー.....少し眠るがよい.....

 カインが言った。夕食にはまだ時間があるし、気分の悪いときには、眠ることが薬になる。

「はい.....申し訳ありません.....

「よいから.....そうだ.....

 そういうと、カインは、椅子を引き寄せて、キーファーの枕辺に、腰を下ろした。キーファーの投げ出された細い手をとる。

「カイン.....?」

「こうしていれば安心だろう.....

 黒衣の麗人は、己の指を、キーファーの白い指にからませ、手を握った。

「カイン.....

「おやすみ、キーファー.....

 雪のような額に口づけると、キーファーは微笑して双眸を閉じ合わせた。

 ここしばらくの体調不良で、病人のように青白く、ほっそりと痩せてしまったキーファーだが、その面ざしは、これまでになく幸福そうに見えた。

 

 

 光の守護聖はそっと扉を滑らした。

 見舞いに立ち寄ったのだが、入るタイミングを逸してしまったのだ。

 カインが、愛おしげにキーファーを慈しむ場面に、足を踏み入れるのは、なんだかためらわれた。

 音を立てないように、扉から離れる。

 そして、逃げるように中庭に走ってゆく光の守護聖であった.....

 

 

 

 

「ふん.....ふん!」

 ジュリアスは、目の前の小石を蹴っ飛ばした。それはころころと転がって、池にポチャンと落っこちた。

 聖殿の広いパティオには、美しく整えられた池もあるのだ。周囲には季節の草花が華やかさを競っているが、今の光の守護聖には、どうでもいいことであった。

「ふん..........

 隅っこのほうに、しゃがみこんで、荷物を運んでゆくアリを眺める。と、思うと、そのままの姿勢でずりずりと移動し、木陰に雑草を見つけ、ぐいと引っ張った。

「別に.....よいのだ.....

 なにやら、ぶつぶつとつぶやいて、草の束を引っこ抜く。

「だって.....カインとクラヴィスは違う人間なんだから.....

 土のこびりついた雑草をぎゅっと握りしめた。

「違う人なんだから.....異なっていて.....あたりまえだ.....

 

.....ジュリアス様?」

 そう呼びかけてきたのは、ジュリアスにとっては、聞きなれた声であった。

 炎の守護聖オスカー。昨夜の大迷惑男である。

.....オスカー.....

「ジュリアス様.....どうなされました、そんなところにしゃがみこまれて.....

 この時、察しのよい炎の守護聖は、すでに、嫌な予感を感じていた。

 どう見ても、ジュリアスの様子は機嫌がいいようではない。率直に言って、最悪に近いようだ。

 ぶっすりとふくれた顔、あからさまに擦り付けたとわかる、リンゴ色の頬。力任せに引っこ抜いた雑草を、ぽんぽんと放り投げていたのだ。

「え〜.....ジュリアス様.....?」

.....なんでもない」

「あ、そ、そうッスか! じゃ、ま、そゆことで! 俺はこれにて.....

「待て、オスカー」

 ぎくりと足を止める。恐る恐る振り返るオスカー。

「ジュ.....ジュリアス様.....?」

「オスカー.....今、ヒマか?」

「へ? いえ、そんな、執務時間中ですからっ!」

 ますます、嫌な予感が強くなって、大慌てで両手を振る。だが、そんな炎の守護聖を一顧だにせず、光の守護聖は言った。

「オスカー! 剣をかまえよ! 久々に稽古をつけてもらう!」

「えっ.....ちょっ.....

 思わず、一歩後ずさるオスカーだ。ジュリアスは早くも剣を構え、攻めの姿勢を取っている。

「お、お待ちください! ジュリアス様! 防具もなしに真剣はまずいですよ!」

「実戦では、常に真剣だ! いくぞっ!」

 こう来られては、オスカーも構えないわけにはいかない。腕のほどでは、さすがにジュリアスの上をいく、オスカーであるが、光の守護聖の腕前は相当なものだ。気を抜いて相手をすれば、ケガをするはめになる。

「いやあっ! はぁっ!」

「くっ! たぁっ!」

 カシィィンと、冷たい火花が散って、二つの剣が空に舞う。

「たぁっ! スキがあるぞっ、オスカー!」

 黄金の剣をその身に垂直にすべり出し、オスカーの胸を狙う。炎の守護聖は、ぐいと身をそらし、傾きざま、光の守護聖の腕を払った。剣を叩き落とそうというのだ。

「甘いぞ、オスカー! そう簡単に敗けはせぬ!」

「落ち着いて下さい、ジュリアス様! 気を高ぶらせたままでは、大怪我をします! これは真剣なのですよっ」

「まだまだだっ! はぁっ!」

 ザザザッと草を分ち、風を切って、光の守護聖が、滑り込んでくる。

「しかたがないっ!」

 オスカーも、本気で迎え撃った。

 ふたりの剣がぶつかりあうごとに、高い金属音が響き、勇ましい掛け声が空を飛んだ。