宇宙を超えた恋だから
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「オ、オスカーっ? ジュリアス様?」

「なんだ、なんの騒ぎだよ、げげげっ!」

 おだやかな昼下がりに、似付かわしくない怒声を聞きつけたのだろう。駆けつけてきたのは、青銀の天使と、鋼の守護聖であった。

「オスカーっ? いったい、どうされたのですっ? おやめください、おふたりとも.....!」

「リュ、リュミエール!」

「オスカー! 気を散らすな! ケガをするぞ!」

 光の守護聖は、一向に剣を収めようとはしなかった。

「たぁっ!」

「うわっ!」

「きゃっ、オスカー! おやめください、ジュリアス様!」

 真剣を手にした二人の間に、水の守護聖が飛び出そうとする。あわてて、それを止めるゼフェルだ。

「あぶねぇぞ! こいつら、真剣持ってやがる! おい、ジュリアスっ! オスカー! いいかげんにしとけよっ!」

「ジュリアス様、もう、おやめください!」

 オスカーが叫んだ。

.....どうしたっ! やめさせたいならば、この私をそれで突けばよい!」

「バ.....バカな.....

「ジュリアス様! なにをおっしゃるのですっ?」

「どけ、リュミエール!」

「退きません! わたくしの大切なおふたりを、どちらも傷つけるわけには参りませんっ!」

 水色の天使は、きっぱりと言い切った。オスカーの前に、両手を広げて立ちふさがる。鋼の守護聖は、息を詰めてその光景を見守っていた。

 炎の守護聖は大きく吐息すると、剣を鞘に収めた。濡れた手の平を、ぐいと衣に擦り付ける。

.....はぁ.....はぁはぁ.....

「ジュリアス様.....どうぞ、お気を落ち着け遊ばして.....

.........................

「いったい.....なにがあったのですか?」

.....なんでも.....ないのだ.....

.....ジュリアスさま.....

「なんでも.....ない.....もぅ.....どうでも.....

 光の守護聖は、力なく剣を引き下げた。すると一気に気力が萎え、涙腺が緩んできた。瞬く間に、瞳が潤んで前が見えなくなる。

.....ジュリアス様.....いかがなさいました.....?」

「なんでもないと言っている.....

「リュ、リュミエール.....おい.....

 かすれた声音で、身を震わせる光の守護聖を見て、オスカーがかたわらの水の守護聖に、不安げに問い掛けた。

「ジュリアス様.....もし、よろしければ、わたくしのお部屋でお茶でも.....

 無言で光の守護聖は首を振った。もちろん横にである。だが、水の守護聖は、そんなことで、引き下がる御仁ではない。

.....ね、ジュリアス様、さぁ、参りましょう.....

.....リュミエール.....わたしは.....

 俯いたまま、ジュリアスが苦しげにあえいだ。

「よろしいのですよ、温かなお茶を飲んで、落ち着いて.....そうすれば、いつものジュリアス様に戻られますよ.....

 強引ではないが、抗いがたい力で、水の守護聖は、ジュリアスの腕を取った。ロボットのように、ぎこちなくジュリアスが足を引きずる。

「美味しいハーブティがあるのです。ぜひ、ジュリアス様にも味わっていただきたいものです.....

 ことさら、軽い調子で語りかけるリュミエール。

 炎の守護聖と鋼の守護聖は、なんとなく瞳を見交わして、ここは青銀の天使に任せようと、頷き合ったのであった。 

 

 

 

 

 

.....クラヴィス様」

 聖殿からの帰り道である。

 闇の守護聖は、時たま、歩くにはいささか長い道程を、散歩がてらに徒歩で帰宅することもあった。今日もそうであったのだろう。

 深い緑に覆われたおのれの屋敷に帰りついたとき、闇の守護聖は聞きなれた、やわらかな声音で呼び止められたのだ。

「リュミエール.....どうした.....めずらしい」

 思わず頬の緩むクラヴィス。

 思えば、この男も単純な人物なのかも知れない。オスカーと神誓を交わす前は、毎日のように屋敷に招いて、ハープの演奏を所望したものだ。また、水の守護聖もクラヴィスと時間を過ごすことを楽しんでいた。

 

.....クラヴィス様.....

 水の守護聖は風の音に消されてしまいそうな、小さな声で彼に呼びかけた。

「このようなところで.....冷えてしまうではないか。こちらにこい」

 華奢な肩に触れる。

 と、その時、信じられないことが起こった。

 水の守護聖が、パシリとクラヴィスの手を払ったのだ。

「クラヴィス様! あまりにあまりに.....ひどうございます!」

 クラヴィスにとってみれば、青天の霹靂である。

.....は? なんのことだ.....

「なにゆえ、ジュリアス様にあのような仕打ちを.....!」

「ちょ、ちょっと、待て、リュミエール!」

 『ジュリアス』の名が出て、闇の守護聖もようやく合点がいったようだ。ついつい心無い物言いをしてしまった仇が、こんなにも大きな形で返ってきてしまったらしい。

「わたくし.....わたくし.....あまりにジュリアス様がお可哀想で.....

 すでに睫毛のうるさい水色の双眸に涙を溜めている。

「リュミエール、話を.....

「クラヴィス様.....! ひどいです! お情けのうございますっ!」

 叩きつけるようにリュミエールが叫んだ。

「いや、まったくだなっ、俺もそう思うよ、リュミエール!」

 いったいどこから沸いて出てきたのか、ここぞとばかりに炎の守護聖が加勢した。

「ジュリアス様がどれほど傷つかれたのか.....お考えにならなかったのでございますかっ?」

「い、いや、違うのだ、あれは私もつい.....

「ついではございませんっ!」

「ございませ〜んっ!」

 と、オスカー。はっきりいって、ほとんど楽しんでいる。

「おちつけ、リュミエール! そのことについてはすでにジュリアスに謝罪して.....

「『謝罪』ではございませんっ! そのような言葉ではジュリアス様のお心は癒されないのですっ!」

「いや、まったくだなっ、俺もそう思うよ、リュミエール!」

「愛しい御方に、心無い物言いをされて.....わたくし.....わたくし.....

 この手のタイプは、他人の不幸を、まるでおのれのことのように、嘆き悲しむタイプなのである。もらい泣きが得意技だ。

「リュミエール、待ってくれ!」

 気の毒なクラヴィスの声も、すでに悲鳴のようだ。

「わたくし.....わたくし.....クラヴィス様を見損ないましたーっ!」

「見損ないました〜っ!」

 リュミエールのしぐさを真似て、胸の前で両手を組みあわせて嫌々をする炎の守護聖。客観的に見て、愛らしいとは冗談にも言えない有り様だが、冷静さを失っているクラヴィスには、突っ込む余裕などなかった。

「リュミエール!」

「放してっ! .....クラヴィス様なんて.....クラヴィス様なんて.....だいっきらい!」

 うわぁっ!と両手で顔を覆い、ついにリュミエールは声をあげて泣きだした。

 

 ぐわんぐわんと耳鳴りのするクラヴィス。

 最愛の愛娘に「大嫌い」と言われたショックは、並大抵のものではなかったのだ。

「リュ、リュミエール.....たのむから、落ち着いてくれ.....

 おろおろと細い肩を抱く。

「いやいや、クラヴィス様なんて.....クラヴィス様なんて.....

「な、よい子だから話を聞いてくれ.....あれはただ言葉のあやで.....

「こ、言葉のあやで、そのようにジュリアス様を傷つけたのですか.....?」

 ひっくひっくとしゃくりあげながら、水の守護聖がつぶやいた。そういわれるとぐぅの音も出ない。まさにおのれの何気ない一言で、深く彼を傷つけてしまったのだ。

「いや、リュミエール.....だから.....

 なおもなだめようと水の守護聖の手をとったクラヴィスだが、それはふたたび、無下なく振り払われる。

「放してください!」

「ちょっと、どさくさまぎれに、リュミエールに触んないでくださいよ、クラヴィス様!」

 ハズれたセリフを、恥ずかしげもなく吐いているのは、いわずもがな炎の守護聖、オスカー。リュミエールの伴侶殿である。

「いや.....放してください、クラヴィス様っ」

「リュミエール!」

「クラヴィス様! 今夜一晩、ジュリアス様は水の館でお預かりいたします。明日、闇の館に戻られましたら、あの御方のお心を癒して差し上げてくださいませ! でなければ.....わたくし.....わたくし.....もう一生、クラヴィス様と口を聞きませんっ!」

 まるで少女のような物言いをすると、水の守護聖はくるりときびすを返し、たかたかと走っていってしまった。

 かたつむりのようなスピードであるが、なめくじ程度の移動能力しかもたない闇の守護聖に、追いかけるのは無理であった。

 それ以上にショックが大きくて、とっさに行動できなかったのかも知れない。

 

.....バカな.....わたしが.....なにをしたというのだ.....

 踏んだり蹴ったりとはこのことだろう。

 闇の守護聖クラヴィスは、ぼう然とつぶやいたのであった.....