宇宙を超えた恋だから <10>
三十分後、光と闇の守護聖は王立研究院の別室にいた。
連絡を受けてから到着までが三十分である。準備の時間を考えてもかなりのスピードでやってきたことになろう。
「ルヴァ.....! エルンスト!」
「ジュリアス様!.....クラヴィス様!」
書類の束を抱え、右往左往している研究所主任がいた。そのとなりには地の守護聖。おっとりマイペースの彼であるが、さすがにいつもの余裕はなかった。
「ああ〜、ジュリアス〜、クラヴィス〜、来てくださったんですね〜」
「もちろんだ。してやれることはなさそうだが.....」
「ああ〜、おいでくださっただけでも嬉しいですよ〜。そうそうリュミエールとオスカーも来ておられます。後からオリヴィエたちも来てくれるそうですよ〜」
ひとごとにも関わらず、泣き笑いのような表情でいうのは、地の守護聖ルヴァである。こんなところに彼の人のよさがにじみ出ている。
「ルヴァ、エルンスト、どうなのだ、キーファーの具合は.....」
闇の守護聖が言った。
「ええ、そ、その陣痛というのでしょうか。付け焼き刃の知識で恐縮なのですが、それがやってくるにはいささか早すぎるのです。その.....お腹もそれほど膨らんできてはおりませんし。まだ、ひと月は先かと.....」
「ほう。よくはわからぬが」
「え、ええ。ようはまだ産気づくには早いのです」
主任研究員はなんどもメガネを押し上げながら説明した。
「な、なぁ、エルンスト。そのじんつーとやらは苦しいのか?」
「え? あ、はぁ。それは、やはり.....」
「そ、そうなのか。痛むものなのか?」
あたりまえのことを光の守護聖が問うた。
「ああ〜、もちろん、もちろんですよ、ジュリアス〜。出産というのはひどい痛みを伴うものなのです〜。ふつうの男性には耐えられないらしいですよ〜」
「な、なに? ち、血も出るのかな.....?」
「ああ〜、当然出血もありますよ〜」
「お、恐ろしいっ! なんという恐ろしさだっ! 世の女性たちは我慢強いのだな!」
ひどく真面目な物言いで光の守護聖が叫んだ。
「クラヴィス様! ジュリアス様!」
研究院の扉が開いて、薄水色の衣装を纏った人物がやってきた。いわずと知れた水の守護聖リュミエールである。
「ああ、リュミエール。おまえも来ていたのだな。やさしいおまえのことだ。気が気ではなかったのだろう?」
ひどくやさしく闇の守護聖がささやいた。クラヴィスはいつもこうなのである。
「ええ.....クラヴィス様。まだ、お子が生まれるには早すぎるはずです。それなのに陣痛のような痛みを感じるなど.....ただごとではございません。いえ、わたくしの取り越し苦労ならばよろしいのですが.....今が一番、肉体的にも精神的にも不安定な時期なのです。なにかお力になれないかと.....」
両の手を組みあわせて、水の守護聖は必死に言い募った。まるで経験者は語る、である。
「む、そういえばカインはどうしたのだ?」
今気づいたようにジュリアスが言った。この場においては、ある意味一番大切な人物である。
「ああ〜、キーファーにつきっきりですよ〜。今も横になっているキーファーの手を握っておられます」
「よしっ! それでこそ、つがいのあるべき姿!」
「騒々しいぞ、ジュリアス.....」
「まぁ、ですが、キーファーの心細さは並大抵ではないと思いますよ。見知らぬ聖地でこのようなことになって.....今はただひたすら想いを寄せて手を握ってくださる方がいるのを、どれだけ心強いと思っておられることか.....」
「俺だったら一生手を握っているぜ、リュミエール! いーや、手だけじゃない! この腕に抱きしめて、なにがあっても放さないぜ!」
「ああ〜、はいはい。病人がいるんですからね〜。静かに、静かに〜」
ぱんぱんとルヴァが場を静めた。
「.....でも、さぁ、ルヴァ.....ちょっと聞いていいか? その、前々から気になってはいたんだけど.....」
言いにくそうに切りだしたのは炎の守護聖オスカーであった。
「はいはい、なんでしょう〜? 私たちにわかることでしたら〜、ねぇ、エルンスト?」
「ええ。なんでしょうか、オスカー様」
「.....キーファーの場合さ。どっから子どもが出てくんの?」
マンガだったら、バックにガーン!の描き文字が飛び出していただろう。
オスカーの問い掛けは、実はこの場にいるだれにとっても疑問であったのだ。
「ああ〜、ええ〜、それはですねぇ〜、その〜、ここはひとつ〜、エ、エルンスト〜」
「ル、ルヴァ様! あ、あのですね、オスカー様。いえ、その具体的には不明瞭な部分も多々あるものかと.....ええと、私はキーファーの様子を見てきますね!」
あたふたと、知の権化ふたりはあわてまくった。
「どーした。どうなのだ、ルヴァ!」
興味津々といったようすで、光の守護聖が問う。
「ああ〜、実はですねぇ。現時点では.....わからないのですよ.....」
「わからない!?」
光の守護聖と炎の守護聖の声が揃う。水の守護聖も口に手を当てたまま、突っ立っている。
「あー、あー、ちょっと話を聞いてください〜。あくまでも想定.....なのですがね〜」
ルヴァはそう前置きをした。
「ああ〜、この世界においては〜、男性が子どもを産む種族もおります〜。ええ〜、男性が、というのは正しくないかもしれません。ようは繁殖期に、男性体が一時的に女性体、つまり子宮をもつのですよ〜。海洋惑星にこの種族が多いようですけどね〜」
最後の言葉に、一同がバッと水の守護聖を振り返る。リュミエールは真っ赤な顔をしてぶんぶんと頭を振るだけだ。
「そうか.....さまざまな種族がいるものなんだな〜」
ふむふむと感慨深げにオスカーが言った。そしてまた水の守護聖を見つめる。リュミエールは困惑したような笑顔を作った。
「そーだな! やはり種の保存というか.....子孫を残すというのは大切なことなのだな〜。愛の証にもなるしな!」
クソ恥ずかしいセリフを堂々と言ってのけるのは、おなじみ光の守護聖であった。
ゆらりと人影が動いた。
それは闇の守護聖クラヴィスであった。