宇宙を超えた恋だから
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.....おまえはそのように思うのだな、ジュリアス.....そうか.....種族の保存、血のつながりか.....

 ふいに闇の守護聖が言った。彼の瞳はジュリアスを映し出してはいなかった。

 考えて口にした言葉ではないのだろう。ときおりクラヴィスは、何かに憑かれたようにおのれの心情を語るときがある。いつもの感情の見えない双眸は、熱に浮かされたように潤み、途切れることなく言葉を吐くのだ。

「そうなのか.....そんなにも血のつながりとは尊いものか?」

「クラヴィス?」

 不思議そうに光の守護聖が闇の守護聖を見た。それでもクラヴィスの黒耀の瞳はだれをも映さない。

「おのれの血族を残したからといって何になる? 悠久なるこの世界に、幾たりもの人間が生き死にをくり返しているのだぞ? どうでもよいではないか、そのようなこと.....

 徐々に闇の守護聖の口元が弧を描いてゆく。誰かに似た.....今、この場に前緑の守護聖がいたら、迷わず前炎の守護聖の名を出したであろう.....その彼に似た、壮絶な微笑であった。

「クラヴィス.....?」

「子が出来たからなんだというのだ? それほどに騒ぎ立てるような大事か? あのようなもの、女が老いさらばえた己が身を捨てられぬよう、男に絆を作っただけのことだろう? ただわずらわしいだけの.....

「クラヴィス様? なにをおっしゃいます.....そのような.....

「リュミエール.....? おまえまでこの私を批難するのか? 私の言っていることはあやまっていると? そう言うのか?」

「クラヴィス様.....

「無理をするな、リュミエール。おまえならばわかるであろう。美麗な文句で肉欲を飾り立て、できた子どもを愛の証のようにいう、愚劣な大衆に迎合する必要はないのだぞ.....?」

「クラヴィス〜。どうしたというのです〜。とてもあなたの言葉とは思えませんよ〜」

 ルヴァが言った。その後ろに隠れるように水の守護聖が立っている。ジュリアスはぼう然と思い人の変貌を眺めているだけだ。

.....これが私だ.....これが.....

 くすっと闇の守護聖が笑った。

「私なのだ.....これが..........

 くっくっくっ.....という引きつったような笑い声は、闇の守護聖のものには聞こえなかった。

 

 パンパンパン!

 突如、地の守護聖が、クラヴィスの前に進み出て、思いっきり手を叩いた。存外に大きな音が出る。

 闇の守護聖はびくりと身をふるわせると、木偶人形のように棒立ちとなった。

 パンパンパン!

 もう一度、続けざまに手を打ちつける。

「ル、ルヴァさま?」

「しっ!」

「あ、クラヴィス!」

 タッと光の守護聖が走った。

 凍りついた黒耀石が色を失うと、闇の守護聖はそのまま前のめりに倒れた。

「あぶない!」

 重力にまかせて、床に打ち付けられる前に、光の守護聖はしっかりと闇の守護聖を抱きとめた。

 クラヴィスはぐったりと目をつむったままだ。

「ど、どーしたっ? どうしたのだ、クラヴィス!」

「クラヴィス様? お気を確かに!」

 リュミエールも走り寄ってきた。

「クラヴィス! クラヴィス! どうしよう、ルヴァ〜〜っ! クラヴィスが、クラヴィスがっ!」

「ああ〜、落ち着いて〜、落ち着いてください〜。ゆすってはいけませんよ、ジュリアス〜 やれやれ、お可哀想にまだ出るのですね〜」

「出る?出るってどういうことだ? ルヴァ.....。いったいクラヴィスはどうしてしまったというのだ? いきなりあんな恐ろしいことを口にするし.....急に倒れたりして.....

「ああー、そうですね〜。私にもくわしいことはわからないです。ですが〜、ああ〜、さきほどの人格の変貌ぶりを見ていると〜、んん〜、いわゆる多重人格といいますか〜、精神病の一種で.....ああ、驚かないで。そんなに深刻なものでは.....その、ないと思いますからね〜」

「ど、どうしよう! そんな病気だったなんて。それなのに、私はこの者を職務怠慢だのなんだのと叱りつけてばかりで.....うっうっうっ.....

 完全にハズれたことを後悔する光の守護聖であった。

「ああ〜、ジュリアス〜。それは何の問題もありませんよ〜。平静にしていれば、彼の日常生活には何の差し障りもないのですから。それよりも、はやくそちらのソファにでも寝かせてやってくださ.....

 

 ルヴァがそこまで言った時である。

 

「ルヴァ様!」

「ルヴァ様っ! おいでください.....! まさかとは思いますが.....

「ルヴァ様.....キーファー.....キーファーは.....

 しゅんと音のする自動扉からまろび出てきたのは、主任研究員とカインであった。

 いったい何事か。

 地の守護聖は、今度は病室の方へと走らねばならなかった。

 

 

 

「ルヴァさま.....! お手をお貸しください.....これはいったいどういう.....

 マスクに医療用手袋、ご丁寧に手術帽までかぶっているエルンストである。

「ああ〜、そのようなかっこうで〜。放送で呼んでくださればすぐに行きますのに〜」

 あたふたとルヴァが走った。

「す、すいません。つ、つい」

「いいえ〜、そんなことよりどうしたというのですか〜、キーファーになにか〜?」

.....おかしいとは思っていたのです.....やはりどう考えても.....

 カインがつぶやいた。片手で口元を押さえ、震える声でささやく。

「カイン? しっかりせよ、そなたがそんなことでどーするっ!」

 よろけるカインの腕を、光の守護聖はがっしと取った。

「光の守護聖様.....

「ルヴァ様、ジュリアス様方もおいでください.....これはもう.....なんといってよいのか.....

「ええい、はっきり言わぬか! よけい心配になる!」

「わかりました、さ、ジュリアス様ご一緒に参りましょう!」

 水の守護聖は強かった。凛とした表情で言う。こういう場面には意外と弱いオスカーは、さきほどから隅っこで耳を押さえているのだ。

「オスカー、クラヴィス様をお願いいたします! わたくしどもはキーファーのお話を聞いて参りますので!」

「お、おう、リュミエール、まかしておけ!」

 おっかなびっくりオスカーは言った。

 エルンストの後に続いてルヴァ、リュミエールが手術室の中に入る。ジュリアスはカインをささえて一番後からだ。

 

「キーファー.....!」

 白い部屋。

 無機質なコンピューターが、ただ低い音を立てている。

「キーファー.....エ、エルンスト?」

 水の守護聖が不安げに主任研究員を見た。

「だいじょうぶです。麻酔が効いて眠っておられるだけですから」

「真っ青ではありませんか.....出血がひどいのですか?」

 さらにたずねる。

「いえ、そういうことではなくて.....

「エルンストっ! お願い!はっきりおっしゃってくださいっ」

 我が事のように、水の守護聖は声を荒げた。

「リュ、リュミエール様.....

「だいじょうぶなんでしょう? 彼の命に別状はございませんのね?」

「ええ、それは.....では、みなさま、こちらへ」

 エルンストは、ガラス扉ひとつで隔たれたモニター室へ皆を呼んだ。

「こちらをごらんください」

 そこには先ほど写したばかりのレントゲン写真が並んでいた。

.....え、なに?」

「なんだ、よくわからんなー。ああ、カイン、おまえはそちらのソファで休んでいろ」

 ジュリアスはめずらしくも気を使っていた。いずれにせよ、おのれと同じ肉体が死人のように横たわっていても、なんの動揺も見せないというのはよくよくの胆力である。

.....ああああっ?」

 すっとんきょうな声をあげたのはルヴァであった。

「エ、エルンスト〜っ? これは〜?」

「ルヴァ様.....

「ああー.....やはりおかしいとは思ったのです。ですが、以前確認したときには、検査薬にも陽性と出ましたし、エコーにだって.....

「ええ.....

「こんな.....バカな.....

 ぼう然と地の守護聖はつぶやいた。光の守護聖は写真をひっくり返してみたりしている。

「あの、すみません。わたくし専門的なことはわかりませんが、このレントゲン写真に写っているのは、どの部分が胎児なのですか?」

..........リュミエール様、それは.....

 困惑したふうにエルンストが言葉を切った。

「それは.....その.....

「ああ〜、リュミエール〜。そうなのですよ〜、子どもが.....胎児がいないのです〜」

「はぁぁっ?」

「な、なにぃ? どこに落っことしてきたというのだ!」

 とんでもない発言は光の守護聖のものであった。

「ジュ、ジュリアス様.....

「だ、だって、どうしてだ? ほら、あの者の腹はまだ膨らんだままではないか? 子が入っているはずだろう?」

.....ルヴァ様.....

「ええ〜。確かにキーファーには懐妊したはずなのです。体温の上昇、血圧の変化、それに.....ジュリアスがいうように、お腹もあのように膨らんで.....

...............

 

「まさか.....想像妊娠.....?」

 水の守護聖のその言葉に、場に居合わせた者、皆が彼を振り返った。

「リュミエール? なんなのだ、それは?」

 すぐに光の守護聖が問い返す。しかし、水の守護聖はそれには応えず、エルンストとルヴァに声を掛けた。

.....違いますか、エルンスト、ルヴァ様.....

「ああ〜、そう.....なのですか.....そうなのでしょうかねぇ〜」

..........もっと、この人のことをわかっていたら.....もっと早く気づいたら.....

 主任研究員はいたましげに、簡易ベッドに横たわる光の守護聖の分身を見つめた。

「何なのだ、その想像妊娠とは、いったいどういう.....

「言葉の通りでございますよ、ジュリアス様。『妊娠した』と頭で思い込んでしまうのです。精神的に相当参っておられたのか.....私はそれほど親しくさせていただいていないので、キーファーがなにを思い煩われていたのか.....よくわかりませんが.....

 エルンストは低くつぶやいた。

 精密機械が規則的な音をたてる。

 

 純白のシーツの海に横たわるキーファーは、眠り姫のように美しかった。