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「嫌です」

 あまりにもハッキリとした拒絶の言葉に、闇の守護聖は笑いを堪え切れなかった。はじめは皮肉めいた低い笑いをもらしながら、彼の話を聞いていたのだが、冒頭のセリフを聞いた時、ついに堪え切れず声をたてて笑った。めずらしいことである。

.........クラヴィス様?」

 そんなクラヴィスに驚き、また自分の真剣な言葉を笑われたということで、水の守護聖は少々不満そうにクラヴィスを見た。思わず上目使いになってしまう。

「いや..........おまえがそんなにきっぱりと返事をするところを初めて見た」

 そういいながらゆっくりとクラヴィスは長椅子から身を起こした。ハープを抱いているリュミエールの側近くに寄る。

 ここは闇の守護聖の屋敷だ。聖殿より北西の方角、他の守護聖の屋敷からはかなり離れていて、少々不便な場所にあるが、館の当主は何の不満も感じていないらしい。館の目と鼻の先には、閑静な森が広がっており、澄んだな湖がある。クラヴィスはよく一人で散歩に出るが、いつの頃からか、リュミエールを伴うことが増えた。

 リュミエールはハープの名手である。静やかな音楽を好むクラヴィスにリュミエールはハープの演奏を聞かせようと、闇の館を訪れるようになったのだ。クラヴィスからそれを所望することは少なかったが、リュミエールが館に訪れることに嫌な顔をしたことは一度もない。それは水の守護聖にとって何にも代えがたく嬉しいことであった。

...........クラヴィス様?」

 己の側近くによって、わずかに腰をかがめ顔を覗き込んでくるクラヴィスを、リュミエールは不思議に思ったらしい。クラヴィスはしばらくリュミエールの白い顔を眺めていた。そして楽し気にいう。

「私も..........おまえならば、その役目に相応しいと思うのだが?」

「クラヴィス様! クラヴィス様までそのようなことを..........私はすでに二十歳を過ぎております。このお役目を申しつかわるのは、通常成人していない守護聖だと聞いております。私は相応しくありません」

「気の乗らぬ理由はそれだけか.........?」

 クッ.......と、クラヴィスが低く笑う。リュミエールは赤い顔をしたまま俯いてしまう。「それに........」とクラヴィスが続けた。

「前例がないわけでもない.............

「クラヴィス様!」

「ジュリアスは数回経験しているはずだ。そう.......三度ほど........か」

「ならば、今回もジュリアス様がお勤めになられればよいと思われます。私などよりはよほど適任かと.............

「そうか.........ならば、明朝の集まりでそう告げてみてはどうだ?」

「クラヴィス様................

 泣き出しそうな顔をするリュミエールの額に、からかうように軽く口付け、クラヴィスは長椅子に戻った。

「演奏を続けてくれ.............リュミエール」

 

 明朝。

 良く晴れた日だ。しかしリュミエールの心は、曇りのち雨、昼過ぎより嵐という予感だ。今日、頑張り通さねば、不本意な役目を申し受けることになってしまう。『聖女』を演じること自体には、そう不満があるわけではないのだ。確かに聖女の......女装をするのは抵抗がなくもないが、従来も男性である守護聖が勤めて来たことであるし、女王の名代などという重要な役目は大変誇らしいことでもある。.........だから.......問題は別なところにあるのだ..........

 ジュリアスからの打診は、ほとんど打診の域を超えている。内々に話を聞かされた時、ジュリアスの熱弁に対し、きちんと断われたとはいいがたい。リュミエールはいつもより早めに聖殿へと上がった。

「それでは会議を始める」

 重々しい口調は守護聖の長、光の守護聖ジュリアスだ。黄金に輝く長い髪、紺碧の瞳と白磁のような肌。完璧な美貌は見る者に時には厳しく感じられる。

「まもなく、4年に一度の、『聖女の祝福』が行われる。詳細はこの前話したが.........遅参した者がいたのでもう一度説明する」

 ジロリとクラヴィスを睨み付ける。クラヴィスはまったく気にも留めずに言った。

「私のためにだというのなら結構だ..........すでに三度経験している」

 ジュリアスはムッとしたようであったが、その場は押さえて続ける。

「『聖女の祝福』は4年に一度ひらかれる大切な行事であるということは、前に述べたとおりだ。これの経験者は、私とクラヴィス、そしてルヴァになるな」

「あ〜、そうですね〜、あれからもう4年経つのですねぇ.........前回の『聖女の祝福』は本当に美しかったですねぇ........いやぁ〜、すばらしい。そもそも『聖女の祝福』とはですねぇ..........

「おいおい、おっさん! 話が進まねぇだろ。ほら、さっさと決めちまおうぜ、ジュリアス」

 短い話のできない地の守護聖を鋼の守護聖が止める。ほっとしたのはジュリアスだけではあるまい。

「うむ、今日は『聖女の祝福』で処女の役目を果たす守護聖を決めねばなるまい。『神』はともかく、聖女は衣装合わせが大変だし、舞いの練習などもあるのでな」

 『聖女の祝福』は、4年に一度行われる、聖地あげての重要な儀式である。聖女とは女王陛下をさす。全宇宙を統治する女王が、天地の神にその身を捧げ、永遠の祝福を受けるのだ。

 しかし、この儀式は天と地のもとで行わなければならない。つまり地面に直接、祭壇を作り空の下で挙行しなければならないのだ。儀式への参加が義務付けられているのは守護聖と聖職についている人間だけだが、それは名目上で、聖地にいる人間のほとんどがこの大切な儀式を一目見ようと集まる。『聖女』と『神』は一般民衆の視線にさらされることになるのだ。

 その事情のため、女王自らが『聖女』になるわけにはいかない。女王はその姿を人前には露さない。守護聖でさえ声を聞くことすら、ほとんどないのである。

 『聖女の祝福』には、女王の代わりの『聖女』を立てることが古来よりの習わしとなっている。その役目を引き受けるのは代々守護聖の中より選出される。女性である女王の代わりを演じるのであるから、成人男性には向かない。骨格も体格も男性的すぎては、身代わりとして不適格であるからだ。

 『聖女』に対して、『神』は中性的な存在のため、どの守護聖が担当しても大して問題はない。実際の舞台でも悠然と構えて、聖女の舞いを受け取り、永遠なる祝福を与えるのみである。ようは聖女の傍らに座して、儀式の最後に祝福の辞を述べるのみだ。

..........聖女の役目は極めて重要だ。なんといっても女王陛下の代理を勤めることになるのだからな。こちらから強制したくはない。この役目に相応しいと思う者を自、他推薦してほしい」

 そういいながらジュリアスはちらりとリュミエールをみる。リュミエールは下を向き、嵐が過ぎ去るのをじっと耐えているという様子だ。そのとき、外の晴渡る空の色と同じ、鬼のようにさわやかな風の守護聖が言った。

「俺ッ! リュミエール様がいいと思います!」

 チャッと右手の人さし指と中指を揃えて、ビシリと額の横にあてる。現在ランディが凝っている、パフォーマンスのひとつだ。

「ラ......ランディ!?

 リュミエールが思わず声をあげる。自分を強行に推薦してくる人物はオスカーとジュリアスだと思っていた。彼らをマークしていたのに、思わぬところに伏兵あり、だ。

「わぁ〜、ぼくも賛成! リュミエール様ならすっごく素敵な聖女様になれると思います!」

「マルセルもそう思うだろ! 俺、先週の会議で『聖女の祝福』の話を聞いた時、絶対リュミエール様がいいと思ったんだ!」

 再び、チャッっとポーズをとる。

「あ〜、それはいい考えですねぇ。リュミエールはとても綺麗ですから良く似合われると思いますよ」

 悪気のないルヴァが追い撃ちをかける。

「え..............あの、わ......わたくしは..........

 リュミエールは、今にも泣き出しそうである。...........問題..........そう、問題は例によって、彼の恋人(そろそろそう言ってやってもよいだろう)、オスカーなのである。

 数カ月前の『あの事件』.........話出すと長くなるが、要はある事件をきっかけにオスカーはリュミエールに愛の告白した。「好きだ」と、「本気で愛している」と告げたのだ。最初は本気にしなかったリュミエールもオスカーの真剣な思いに半ば強引に気づかされ、怖れ、逃げた。しかしオスカーは諦めなかった。待った..........待ちつづけたのだ。

 頑なリュミエールの心が徐々に........本当にゆっくりとだが、オスカーを受け入れるようになったのはここ最近のことだ。

 リュミエールの口から「私も......その、あなたのことが......好き........なようです」という、途切れ途切れの、なんとも曖昧な告白を受けた時、オスカーはまさに天にものぼるような心地がした。

 しかし、恋愛そのものに疎いリュミエールが、恋愛に伴う愛情表現に、極端に知識不足なのは致し方ないことであった。オスカーの欲求不満は積もりに積もりまくったが、本気でリュミエールを愛していると宣言したオスカーは、絶対に無理強いはしたくないと再び忍耐の日々を送っているのだ。これは賞賛に値する行為なのではないか。

 だが.........悪い言い方をすれば、「おあずけ」を食っている状態なのだ。先週の定例会議の場で『聖女の祝福』の話が出た時、オスカーの瞳が徐々に輝いていくのをリュミエールは不吉な予感のもとに眺めていた。

............オスカーの前で、『聖女』を演じるのが...........なんとも不安なのだ。オスカーには悪いが、身の危険を感じるといってもいい。

「リュミエール、そなたを推薦する声があるようだがどうだ?」

 ジュリアスが、やや強い口調で言う。

「あ......あの.......わたくし.............

「はっきりせぬか」

「もう、ちょっとぉ、ジュリアス、そんなきつい言い方したら、何もいえなくなっちゃうでしょ」

 オリヴィエが助け舟を出す。リュミエールにはオリヴィエこそが女神様に見えた。

「そ.....そうです............オリヴィエ、あなたが聖女をお演りになれば.........

 ナイス機転! 一縷の望みにかけてリュミエールが縋るように言う。

「ふふ、ホントはやってみたい気もするんだけどね。あたしは衣装係りなの★」

 なるほど.....もっともな答えである。

「そう........ですか.......

「ねぇ、リュミちゃん、引き受けてやったら? ハッキリ言ってアンタ以上の適任はいないよ。私もアンタみたいに綺麗なコなら頑張りがいがあるしさ」

「オ.....オリヴィエ、わたくしは............

「よー、リュミエール、なんかやれねぇ理由でもあんのか?」

 鋼の守護聖ゼフェルが聞いた。粗野な物言いが誤解を生みやすいが、人の気持ちを読むことにかけては大変に鋭い。しかもゼフェルは、この人の好い、おっとりとした水の守護聖を焦れったいと思いながらも結構気に入っているのだ。

「ゼ.......ゼフェル........いえ、そうではないのです.......

「なら、いいんじゃねぇのか。その.......俺もアンタが一番お似合いだと思うぜ」

 にやりとオスカーを見遣る。オスカーは苦虫を潰したような顔でゼフェルをにらむ。俺のモノに手を出すなと瞳が語っている。

「あ.......あの......私などよりも、ジュリアス様の方がよほど........

「私には首座の守護聖としての仕事もあるのだ。その辺りをわかってほしい」

 そう言われてしまうと、リュミエールはもう何も言えない。

「リュミちゃん、顔色悪いわよ?」

「オ.......オリヴィ.........

 もはや絶体絶命だ。オスカーはまだ発言していないが、賛成するに決まっている。

「あ......あの.......わたく....しは、............その....

 耳朶まで真っ赤にしてリュミエールがしどろもどろ返答しようとする。

 その時だ。

...........私が『神』を演ろう。ならばよかろう?」

 唐突にそれまで黙していた闇の守護聖が言った。一瞬、会議場がシンと静まる。その沈黙をやぶったのは夢の守護聖だった。

「やっだー!クラヴィス、あんたマジィ!? なになにどーしちゃったのよう!?

「ク.....クラヴィス様?」

 驚きのあまりリュミエールの声は裏返ってしまっている。

「よかったじゃーん!リュミちゃん★ アタシも衣装デザイン超がんばっちゃうからね!」

 オリヴィエは大喜びだ。何といってもクラヴィスを飾れるのだ。彼がこのような役目を引き受けるなどと自分からいうなど、百年に一度あるかというところだろう。こんなチャンスはめったにない。

「ジュリアス、会議は終わりだな.........部屋へ戻るぞ」

 そっけなく言って立ち上がる。

「ま.....待て! クラヴィス! そ....そなた本気で言っているのか?」

「ふ..........何か問題でも? 何もしなければ職務怠慢と罵られ、何かしてやろうとすれば正気かと疑われる。面倒なものだな........」 

「いや、そのような.......ことはない。ただリュミエールが承知してくれねば.......

 ちらりとリュミエールに視線を泳がせる。何となく先ほどとは問いかける視線が違うように感じるのは気のせいか。

「リュミエール......その......どうだ?」

 ジュリアスが尋ねる。

「あ..........はい、それではお引受け.....いたします」

 心ここにあらずといった様子でリュミエールが答える。オスカーの横顔が引き攣ってゆくのにも、ジュリアスが微かに落胆の色を見せるのにも全く気がつかない。気を遣る余裕がないのだ。

 クラヴィスは答えを聞くまでもなく、さっさと退出してしまう。詳しい打ち合わせは後日ということになり、なし崩し的に会議は終了してしまった。

 

「ねぇねぇ、お祭りの日が楽しみだねぇ、ランディ、ゼフェル!」

「あ〜、マルセル、『聖女の祝福』ですよ。本当にねぇ..........リュミエールでしたらとても綺麗な聖女様になられますよ。楽しみですねぇ」

 マルセルはおおはしゃぎ、ルヴァは楽しそうに目を細めている。

「あの......ルヴァ様、ルヴァ様方は三回、出席しているとおっしゃってましたよね。今まではどんな方がつとめてらしたんですか?」

 ランディが聞いた。四年前となると、自分を含め、年若い守護聖はまだ聖地に召還されていない。リュミエールやオスカー、オリヴィエでさえ、まだここにはいなかったということだ。

「お、それ、俺も聞きてぇ」

「ぼくもお聞きしたいです」

 ゼフェルとマルセルが身を乗り出す。

「あ〜、私が知っているのは過去三回ほどなんですけどね。三回とも聖女はジュリアスがやったんですよ」

「ジュ......ジュリアス〜ッ(様)!?

 三人が声をそろえる。

「おいおい、マジかよ。なんであの説教ジジイが『聖女』なんだよ!?

「へぇ〜.......ジュリアス様が...........ねぇ」

「人は........見かけによらないんですね、俺、ひとつ勉強になりました」

 三人三様の表現方法をとるが、発言の主旨は奇しくも等しい。

「いえいえ、あなた方、ジュリアスは本当に綺麗でしたよ。そう........リュミエールとはタイプは違いますが、華やかで高雅で...........舞いもお上手でしたしねぇ.........

「まぁ、その辺のぬかりはなさそうだよな。人前で踊んのに裾ふんずけるマネするようなヤツじゃないよな」

 ゼフェルがうんうんとうなずく。

..........確かに考えてみれば、ジュリアス様って、すごくかっこいいよな。なんてゆーか、リュミエール様みたいな繊細で儚気なタイプじゃないんだけどさ」

「そうだよね、ランディ。僕もそう思うよ。ふだんがすごく厳しい方だからさ.......なんとなく似合わないような気がしてたんだけど」 

「ここだけの話、私はねぇ........胸がドキドキしたのですよ。男性とわかっているはずなのにあまりにも美しくて............

 当時を思い出したのか、ルヴァの頬に赤味がさし、しきりと照れている。

「おいおい、おっさん。気色わりィぜ」

「失礼だよ、ゼフェル。ルヴァ様、ジュリアス様のお相手はどなたが演られたんですか? ..........えっと『神』でしたっけ?」

「ふふ......マルセル、前回はカティスがつとめたのですよ。本当に.......羨ましいほど、素敵でしたよ」

 自分のことのように、ルヴァが嬉しそうにいう。

「カティス様が!? へぇ......そうなんだ。 いいなぁ僕も見てみたかったな」

「写真がありますよ」

 当然のようにルヴァが言った。

「え!?

 またもや三人の声が揃った。

「なんだよ、さっさと言えよルヴァ! はやいとこそいつを見せてくれよ」

「ルヴァ様〜、僕もみたいですぅ」

「俺も俺も」

 三人に詰め寄られて、ルヴァは困った。写真はある。現にルヴァも見させてもらったし、ジュリアス当人だって、クラヴィスだって見ている。............問題はその保管場所なのだ。

「え〜、その〜、なんといいますか〜.........あるにはあるのですがね........ちょっとすぐに見れる状態じゃないんですよ」

「んだよ! 焦れってぇな! 書庫にあるっていうんだったら、探すの手伝うぜ」

「いえ.....その違うんです。写真はすべてジュリアスが持っていってしまってるんですよ」

 しどろもどろにルヴァが言う。やはり女性役に抵抗があったのだろうか。写真が出来上がり一通り、関係者に回覧したのち、ジュリアスが管理という名目のもとでそれらをすべて門外不出にしてしまったのだ。もしかしたら、カティスのもとには残されていたのかも知れないが、今となっては突き止めようもない。

「え〜!ネガもろともかよ! 何でデジタルにしてねぇんだよ」

「え〜、ルヴァ様もお持ちでないんですか?」

 マルセルががっかりしたように言う。

「ええ........すみませんねぇ」

「なぁ! ジュリアス様に見せてくれるようお願いできないかな?」

「おまえ.....ほんっとにバカだな。見られて困るもんだからジュリアスが隠してんだろ? そこにさわやかに『見せて下さい』って言いに行って、素直に渡してくれると思うのかよ」

 投げ捨てるように、ゼフェルが言う。しかし誰が聞いても最も過ぎる意見であった。

「う〜〜〜〜〜〜〜ん」

 三人は必死に思案したが、なかなか妙案は浮かんでこなかった。聖地の夜は静かに訪れる。守護聖それぞれの物想いのままに.............

 

 「写真..........?」

 珍しくも闇の館を訪れた年若い三人の守護聖を、格別に歓迎するという素振りもなく、クラヴィスは面倒くさそうに言った。

 闇の守護聖の館は、昼間でも薄暗い。もともとが広大な森に隣接した場所にあるし、クラヴィス自身の私邸の庭にも背の高い樹木が並んでいる。天に輝く太陽が、いかにその存在を主張しようと、闇を司る黒曜の守護聖にはその力は及ばない。

「は........はい、クラヴィス様。 僕たち、ルヴァ様に『聖女の祝福』のお話をお聞きして..........

 緊張しているのだろう、緑の守護聖の言葉は語尾が震えて消えてしまう。

「ったく、じれってーなー、マルセル。 よー、クラヴィス、あんたジュリアスが聖女とかいうのをやったときの写真もってねぇ? ルヴァが言うには全部ジュリアスのやろーが隠しちまったって話なんだがよ、あんたなら持ってんじゃないかなって思ってさ」

「こら! ゼフェル!『隠した』だなんて人聞きが悪いぞ! ジュリアス様に対して失礼じゃないか」

「ちょ........ちょっと、やめてよ、二人とも! クラヴィス様の御前なんだよ!?

 マルセルが必死にとめる。そんな年若い守護聖達の様子をクラヴィスはさして不快そうに見ることもせず、むしろ色の薄い唇に微笑を浮かべた。

「すまぬがな..........あるにはあるのだが、どこに片づけてしまったのかよく覚えておらぬ。...........見つけたらそなた達にもみせよう」

 笑みの形を崩さず、クラヴィスは低く言った。

「んだよー、使えねぇなぁ〜、早いとこ見つけといてくれよなー!」

 口の悪い鋼の守護聖である。

「ゼフェル! ご......ごめんなさい、クラヴィス様ッ! 僕たちこれで失礼します!」

「失礼します! クラヴィス様!」

 マルセルとランディは、ゼフェルを抱えるようにして出ていった。

 少々騒々しい三人組が帰った後、クラヴィスはしばらく笑みを含んだ表情のまま何かを考えているようであった。それから静かに飲みかけのハーブティーを受け皿に戻し、ゆっくりと長椅子から身を起こした。応接間から私室へと戻り、隣接した寝室に入る。

「写真..........か」

 そう呟き、サイドボードの引き出しをあける。そこには紫色のビロードのカバーがつけられた小振りなアルバムが収まっていた。クラヴィスはゆっくりとした動作でそれを取り出し、丁寧にページをめくる。アルバムを眺めるクラヴィスの表情はついぞ見られぬ優し気な微笑を刻んでいた。