9days
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<1>
 
 ヤズー
 

 

  

 ……結局、『セフィロス』が我が家に居たのは九日ほどのことであった……

 

 ある朝、いつものように、サンルームを訪ねると、きちんと整えられたベッドの上に、彼の姿はなく、サイドデスクに走り書きのようなメッセージが残されていたのだ。

『世話になった、感謝する』

 ……と。

 もちろん、ヴィンセントは大泣きするし、カダージュやロッズも心配していた。

 だが、俺はそれほどショックを受けはしなかった。それに驚愕したわけでもなかった。

 なんというか……『ああ、戻ったんだな』という、ごく自然な感覚で、それを受け入れていた。

 そして、いつか再び……なんらかの形で、再会するのではないかと……そんな心地さえしていたのだ。

 

 『セフィロス』がこの家に居た9日間……

 俺たちの日常生活が大きく変わることはなかった。

 正直、俺は彼が居ることによって、もっと色々と、人がひとり増えるなりの煩雑さがあるだろうと踏んでいたのだが……それは宛てが外れた。

 あの人は、なんというか、本当に浮世離れした人で、ほとんど『意志』というものを感じさせることがなかった。

 例えはどうかと思うが……そう、綺麗な人形のように、ただ静かにそこに居た、と言えば、一番近いだろうか。

 また、世慣れしていないふうでもあり、この場所で遭遇する、目新しい事柄に多少とまどっているようにも見えた。

 今回はせっかくだから、彼の居た9日間……そう、貴重な時間を思い起こして、つらつらと綴ってみようと思う。

 俺の見知っていること……そして、場合によってはセフィロスやヴィンセントたちの手も借りることにして……

 

 

 

 

 〜the first day〜
 
 結局、帰還する機会を逸してしまったあちらの世界の『セフィロス』は、そのままこの家に留まることとなった。

 俺にはよくわからないのだが、この世界と彼の住む世界とが、何らかの理由で連結する機会があるのだという。

 当面の機会を逸してしまった『セフィロス』は、負傷した片腕を治療し、体調を整えて、次回を待つ……という話しになったのだった。

 そこに至るまで、家族内でちょっとしたバタバタがあり、疲労した『セフィロス』は再び発熱してしまった。昨夜のように、重篤な状況ではなかったが、すぐに安静にするよう勧めた。

 この日のことは、いわば、この家での『最初の一日』になるわけだから、きちんと思い出して俺自身が語ろうと思う。

 

 『セフィロス』が、しばらくこの家に居ると発言した直後から話は始まる。

 そう、その間のバタバタのせいで、彼はふたたび発熱しそうになったのだ。

 ヴィンセントが汗で汚れたシーツやベッドカバーを取り替え、新しい夜着を準備した後、俺はタオルを山積みに取り出して、彼の室内に戻った。

「さてさて。あー、それにしても、君が了承してくれて助かったよ。みんなもすごく喜んでる」

「…………」

「ああ、もちろん、君が早く元の場所に戻りたがっているということも、ちゃんと理解しているから。機嫌を直して」

「……別に」

 無愛想にそう答える彼に、俺は軽く微笑んでみせた。

「えーと、今、ヴィンセントが食事の用意しているからね」

「…………」

「彼の作る物は本当に美味しいから。君の口にも合うと思うよ」

「……だが……あまり……」

「うん、熱があるからね。食欲はないかもしれないけど、少しでもお腹に物を入れたほうがいいよ」

「…………」

「ほら、薬も飲まないとならないしね?」

「……ああ」

 ようやく彼は頷いてくれた。

「じゃ、身体拭いてあげる。ホントはお風呂入れてあげたいけど、熱のある間はやめておいたほうがいいからね。じゃ、ちょっと失敬」

 俺は彼のローブの腰帯に手を掛けた。

 一瞬、抗われるかなと思った。 

 昨日も、血だらけの服を脱がせ、治療しやすいようにローブに着替えさせた。だがその時は、彼は気を失っていたのだ。

「熱すぎたら言ってね」

 そう断って置いて、負傷した腕には充分気を付けつつ、裸身を丁寧にぬぐった。

「……平気かな?」

「ああ……心地いい」

 氷のような双眸がうっとりと細められ、彼はホゥ……と微かに吐息を漏らした。

 ウチのセフィロスはワガママで暴力的で、下品な物言いをする厄介な人物だが、この人はほとんどしゃべってくれない。冷たく整った白い顔を見ていると、氷細工の人形のように思えてくる。

 ボギャブラリーが貧相で、言葉を捜すのに難儀するが……そう例えていうのなら、現世ではなく、物語の中に出てくる人物……古城に幽閉された内親王……いや、彼は俺よりも長身だし、決して女性的な印象があるわけではないのだが……浮世離れした雰囲気のせいだろうか?

 自分でも、どうしてそんな例えになってしまうのかが、よくわからなかった。

 

 俺はようやくリラックスしてくれた彼に、ホッと安堵の吐息を漏らしつつ、手を動かした。

 なめらかな雪のような肌……しなやかな筋肉で被われた均整の取れた肉体……どこをとっても、文句のつけようがない完璧な『美』がそこには存在した。(大げさな言い方かも知れないけど、少なくとも今、俺はそう感じている)

 そうそう、彼が『浮世離れしている』というのは、見てくれだけでなく、これから数日、生活を共にしている間、どんどんその印象が強まっていったのだ。

 例えば、今などは、身につけていたローブを脱がせ、俺の目の前に一糸纏わぬ裸体を晒しているわけだが、何の躊躇も感じられない。

 多少なりとも恥ずかしがったり、気まずいような態度をとられれば、こちらとしても、適当にいなして作業を進められるのだが、そういった気遣いは無用らしかった。

「あ、ごめん。膝立ててくれる? 裏側も拭いてあげるから」

 そう告げると、母親に従う幼児のように、きちんと両足を折り曲げて膝を立たせるのであった。

 隅々まで熱いタオルで拭ってやり、心地の悪いところがないか訊ねてみた。充分だという返答をもらってから、真新しいローブを取り出し、着替えをさせる。

 そのときも、足をあげてだの、下半身を動かしてだの、いろいろと注文をつけざるを得ないのだが、諾々として従う『セフィロス』であった。