9days
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<8>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 the seventh day……

 

 ヤツの腕は大分よくなったようだった。

  

 もちろん、大げさに動かすことはできなかろうが、今はすでにひとりで風呂に入れるらしく、ヤズーの阿呆が、残念がっていやがる。オレ様の思念体のくせにエロイ野郎だ。

 食事もきちんと両手で食べられるようになったわけだが、スピードはそれほど変化したようには見えなかった。ツラは同じだが、オレ様の半分のペースというのがいいところだろう。

 相変わらず、ひとつひとつを賞味するようにゆっくりと食べ、紅茶を好んで飲んでいた。料理人のヴィンセントにしては、こんなふうに味わって食べてもらえれば、本望なのだろう。もともとの席順は、ヴィンセントのとなりにクラウドであったが、あいつがこの家にやってきてから、『セフィロス』の席がその間に設けられたのであった。

 なんだか、あのボケ老人は、普段、まともなモノを喰っていないらしく、出された料理や飲み物を物珍しげに眺め、観察するように食べていた。(だから『賞味している』ように見えるのだろう)

 それから、『セフィロス』はよく猫の相手をしていた。一日中、子猫と一緒に居ることもある。ヴィンもオレ様以上に『セフィロス』のことが気に入ったらしく、サンルームの扉が開いていないときは、「にゅんにゅん!」と声を上げて、文句を言うくらいだった。

「ヴィンはすっかり君に懐いてしまったようだな……」

 ヴィンセントが寝椅子で微睡むあの男に語りかけた。

 ヤツがやってきたばかりの頃は、オドオドと緊張していたヴィンセントであったが、今はずいぶんとうち解けたようだ。何より、あの野郎が普通に動けるようになってからも、ヴィンセントは目を離そうとしなかった。

 室内でヤツが猫と遊んでいるときでさえ、側近くで家の仕事をするような有様だ。もっとも気遣い気配りについては常人以上の人間である。『セフィロス』が、彼の存在を鬱陶しがるような様子は見られなかった。

 

 ……やれやれ、だ。お人好しのヴィンセント……

 あのボケ男は別の世界のイキモノなのに。

 いずれは、この場所から居なくなるとわかっているはずなのに……

 あんなにも感情移入し、『セフィロス』の面倒を見るのが至上の仕事と考えてしまったら、ヤツが居なくなった後、どれほど寂しがることになるのだろうか。

 ヴィンセントだってバカではない。オレに言われずとも、理解していようが……まぁ、頭で解るのと、実感を伴う場合とでは異なるのであろうが……

「おい、ボケ老人」

 オレは子猫を撫でているあの男に声を掛けた。

「……見たところ、私とおまえは同じくらいの年格好のようだが……」

 とのんびり応えた。初対面の時はずいぶんとツッパってやがったが、この家に来てからはほとんど感情の起伏を見せない。

 だからというわけではなかったが、オレはちょっとばかり、こいつとふたりきりで話をしようと考えた。別に向こうの世界の『クラウド』のためにというわけではない。同じツラをした男へのただの興味だ。

 ……家ではダメだ。ヴィンセントも居るし、ガキどもに邪魔される。

「おい、今夜、ちょっと付き合え」

 オレは横柄にそう言い放った。イロケムシがちらりとオレを見る。

「……どういう意味だろうか? 内容によりけりだろう」

「みゅんみゅん?」

 子猫が『セフィロス』の膝の上からこちらを眺めた。

「アホか。てめェと同じツラした男をどうのこうのしようと思うか、ボケ」

「セ、セフィロス……」

 傍らで洗い物を畳んでいたヴィンセントが、慌てたように小声でオレの物言いを糺そうとする。

「飲みに行くだけだ。もう傷は大丈夫だろう?」

「……問題ない。だが、食事はこの家で……その後ならば」

「ハァ? まぁ、時間はどうでもいいがな」

「……かまわないだろうか?」

 その問いかけは、ヴィンセントに向けて発せられた。

「え、あ、あの……わ、私は……べ、別に……」

「……かまないだろうか?」

 のんびりと同じ言葉を繰り返す『セフィロス』。

 おそらく身の回りの世話や、自分のことを最も注意深く気遣っているのが、ヴィンセントだと理解しているのだろう。それゆえ、ヤツの了解を取ろうとしているのだ。

 ……もっともヴィンセント自身は、まるきり分かっていない様子だが。

「あ、も、もちろん…… た、ただ、充分に気を付けて……深酒をしたり……もちろん、腕の怪我に障るような振る舞いはいけない…… か、帰りもあまり遅くならぬよう……」

「承知した」

「おいおい、おまえは古女房か、ヴィンセント。本当に男のくせに細かいヤツだな」

 きっとオレがこういう物言いをするせいだろう。

 ヴィンセントはすぐに真剣に批判と受け止めてしまう。それゆえ、落ち込んだり涙ぐんだりして、オレに遠慮してしまうのだ。

「ヴィンセント・ヴァレンタインの言うことに従う。それでよいなら同行しよう」

「フン、ずいぶんとお行儀の良い野郎だよなァ? アアン?」

「…………」

 オレの挑発にも全く動じない。元通りに、子猫の背を静かに撫でている。

「おまえも、ヴィンセントのことがお気に入りか。まぁ、こいつは見目はいいからなぁ。クラウドのクソガキに比べれば、ずっと素直で可愛いし」

「セ、セフィロス……や、やめたまえ……」

「……彼はずっと異邦人である私の世話をしている。……言いつけに従うのは当然のことだ」

「おい、ヴィンセント、こいつはいずれ居なくなるんだぞ? 犬猫だってしばらく居りゃ情は移るもんだ。気を付けろよ、フン」

 袖口を引っ張るヴィンセントの腕を、逆にぐいと引ったくって俺はそう言い放った。紅い瞳におびえの色が浮かぶ。    

 さすがに『セフィロス』の野郎が何か言い返して来るかと期待したが、それはただの無駄口に終わったようだ。

 眉ひとつ動かさず、のんびりと子猫を撫でているだけだ。

 逆にキレたのはヴィンセントのほうであった。バッとオレの手を払いのけ、

「セ、セフィロス……! い、犬や猫だなんて……そんな言い方ッ!」

 ビクビクと怯えつつも、立ち上がりにらみ返してきたのだ。コイツがこんなにあからさまな怒りをぶつけてきたのは多分初めてだったと思う。

「本当のことだろ。どうせ、すぐ自分の世界とやらへ帰っちまうんだろーが。なぁ、『セフィロス』?」

「…………」

「こいつが帰るときに一緒について行くなどと言い出すなよ、ヴィンセント」

 そう告げた後で、イライラの原因がわかった。

 まさに上記のようなセリフを、ヴィンセントが口に出すのではないかと、微かに心配になっていたのだ。またそう思わせるほどに、ヴィンセントのヤツへの献身は本物であったし、愛情もまた真実に見えた。

 ……オレとしたことが、くだらないことを。

「……そ、そんな……わ、私は……私は……ッ」

 案の定、じわじわと紅い瞳に涙が溜まってくる。

 言い過ぎた、と思ったときには、大抵遅いんだ。ヴィンセントの涙腺は常人の数倍はもろいと感じる。

 クラウドのガキもギャーギャーとよく泣いたが、大騒ぎで喚かれる分には対応のしようがあるが、この男のようにさめざめと泣かれるのはひどく面倒なのだ。

 もともとオレは他人を慰めたり宥めたりすることが、苦手な人間なのだ。

 ふたたび口を開こうとしたとき、もうひとりのオレが静かにつぶやいた。

「……ヴィンセント・ヴァレンタインはこの場所を愛している。それゆえ、私と一緒に行くなどと言うはずがない」

 何の感情も読みとれない、平易な物言いで。

「……セ、『セフィロス』……」

 ヴィンセントが跪いて、『セフィロス』の膝にしがみつくように顔を伏せる。

「にゅん、にゅ?」 

 不思議そうに顔を上げたヴィンの頭を撫で、ヤツは、すぐとなりに寄せられたヴィンセントの髪も撫でた。そう……まるで、ヴィンもヴィンセントもたいした違いはないというように。

 

「ちょっ……もう、なんですか、アレーッ!?」

「おいっ! 何なのだ、あの野郎どもはッ!」

 クラウドと声を合わせて、イロケムシに八つ当たりをする自身を、このときばかりはいささか情けなく感じてしまった……