〜The after of FF7AC〜 <1>
 
 
 
 
 

 

 

  

「このまま、ミッドガルにいるわけにはいかない」

 彼は唐突に言い出した。

 いや、これまでの経緯を思い起こせば、彼がそう言い出すのに不思議はなかったが。

「みんなには一応、言っておこうと思ってな。こんな機会じゃなきゃ、集まることもないだろうから」

 付け足すようにクラウドは言った。

 

 ジェノバの悪意……いや、セフィロスの思念体と言った方がわかりやすいだろうか。

 彼によく似た銀の髪と氷の瞳をもつ青年たちが姿を消して数日後……

 クラウドはすべて決め終えたような面持ちで、私たちの前でそう告げたのだ。

 私はマントの衿を持ち上げ、表情を隠した。

 

「おいおい、おめー、まさか、今回のことをテメェのせいだとでも思ってんじゃねーだろーなァ?」

 うんざりとした素振りで、狭い室を歩き回りながらシドが言った。ぶっきらぼうな物言いは相変わらずだが、だれより人の気持ちを気遣える男だ。

 かつての戦いのときも、飛空艇を自在にあやつり、空を駆けた長槍の達人だ。

「………………」

「カーッ!ったく、てめーって野郎はよォ! なんでもかんでも自分ひとりで抱え込んでじゃねーよ」

「シド……そんな言い方……」

 幼なじみということで、クラウドの気質をよく知っているのだろう。ティファがいらつきがちなシドをいなす。

「そうじゃない。抱え込むつもりなんかない。だからこうして話している」

「クラウド……」

 心配そうにクラウドを見つめるティファ。彼女の気持ちは、未だクラウドの上にあるようだ。

 私は黙ったまま、彼の続きの言葉を待った。

「俺はもう一度、旅に出ようと思う」

「旅?」

 皆の声が唱和した。

「ああ。もう一度、あのときと同じ道程を辿ってみようと思う。なにか新しい情報が得られないかと思ってな」

「新しい情報?」

 私はオウム返しにした。ほとんどしゃべらないせいか、私が口を開くと、なぜか皆に注目される。

「……うん。セフィロス……いや、ジェノバについてもっと何か手がかりになる情報が欲しい。それに……」

「それに?」

「……カダージュたちが、セフィロスの思念体ならば、必ず俺の行動を阻止しようとするだろう」

「まぁな。その点についちゃそうだろうけどよ。でもよ、なにもおまえ、そんなにすぐさま出掛けることァ、ねぇだろうがよ。子どもたちもおまえになついてるし、マリンだって……」

 マリンというのは、バレットの養い子だ。ああ、いや、娘といったほうがよいだろう。愛らしい顔立ちの少女だが、発言はなかなか手厳しい。つい先だっても携帯を持っていない私を罵倒してくれた。

「もう決めたんだ。……一度は終えた旅だから、無理を言おうとは思っていない」

 クラウドの蒼い瞳が、力強い意志をもって、前を見つめる。

「……もし、可能ならば……俺と同行して欲しい」

「え……?」

 驚いたように、女性たちが声を上げる。私を含め、男性陣は黙ったまま、クラウドの顔を見つめる。

「皆でなくていい。可能な者たちだけでいいんだ。……守るべき者が居る人たちは残ってくれ」

 バレットとティファのほうを向いて言うクラウド。

「おいおい、なんだよ、俺たちには残れっていうのかよ」

「……そうじゃない。決めるのは自由だ」

「……………」

「自分でも突飛なことを言っているとは思う。だが、ここにいても何もわからない。何も変わらない」

「……クラウド」

「……情報の提供はルーファウスからも受けられることになっている。だが、待っているだけでは嫌なんだ」

 強い声音が、彼の決心の深さを物語っている。クラウドの心に迷いはないようだ。

 ならば、私のすべきことはひとつ。

 もはや何の役にも立たない、生き人形のようなこの身に出来ることはただひとつ……

「私は共にゆこう」

 そう言った。

 そのとき、クラウドの目が微かに見開かれたのは気のせいだっただろうか。

「あー、もっちろん、ユフィちゃんも行くよ〜ん★ っつーか、今、武者修行中だからさ。ぶっちゃけ、ちょうどいいっつーか」

「ユフィ……ありがとう」

「やだなー、クラウド。お礼なんか言わないでよ。無責任でアレなんだけどさ。アタシ、けっこう楽しんでんだよ? 大変なことも多いけどさ、いっしょにワイワイやれて」

「ったく、これだからガキはよ。わかってんのかよ、おめぇは!」

「うっさいよ、シド! オヤジはウチで寝てな!」

「なんだと、このガキャァ! オレが行かないでどうすんだよ。この無口で無愛想なオドオドのガンマンと、クソ我がまま娘のコンビなんかに任せてられるかよ」

 まったく口の悪い男だ。

 無口で無愛想は認めるが、私はそんなにオドオドしているように見えるのだろうか。ああ、確かに、彼らとの旅では、慣れない場面に遭遇することが多かったから、とまどうこともなきにしもあらずだったが。

「おいらも行くよ、クラウド。連れてってくれるよね?」

 レッド13……もといナナキが言う。クラウドが嬉しそうに笑った。そうして笑みを浮かべると冷たく整った顔が、とてもやさしげに見える。

「あ〜、もちろん自分も行かしてもらいますぅ〜。願ってもないことですわ。自分がいっしょなら、社長からの情報提供も円滑に行きまっせー」

 ケット・シー……今は猫の部分だけになっているが、そのぬいぐるみがそう言った。もちろん、これは操り人形で、操作しているのは神羅の人間だ。

 リーブという。あの組織の中で数少ない信用に値する人間だ。

「おおい!ふざけんなって! オレも行くぜ、もちろん」

「バレット、無理するな。今回はすぐさま戦いが目的ってわけじゃないんだ。だから……」

「うっせぇ! 俺はな、クラウド! 一日もはやく、あの、ジェノバのなんたら知らねーが、そいつを完全に無くして、子どもたちが安心して生きられる未来を作ってやりてーんだよ!」

「バレット…」

「てめぇの言うとおり、俺たちはあまりにもジェノバについて知らなさすぎるぜ。どうすれば復活を止められるのか、完全にこの星から消し去ることが出来るのか……」

「そうだな……神羅の連中もいろいろと調べてくれてはいるが」

「なぁ、クラウド、おまえ、神羅の連中とは完全に和解しちまったのかよ」

 ひっかかることがあるのだろう、バレットが独り言のようにつぶやいた。

 もともと彼はアバランチのリーダーだった。私も詳細な知識があるわけではないが、神羅の支配が中心だった時期、その有り様に反感を抱く民間テロリスト集団が多くあらわれた。そのうちの一グループに属していたのだと理解している。

「そういうわけじゃないんだ。だが、やはりジェノバの情報を多く持っているのは元神羅の連中だ。向こうから手出しをされないかぎり、こちらから攻撃しようとは思っていない」

「……バレット。気持ちはわかるけど……私もそうだから……でも、レノもルードも子どもたちにはとてもよくしてくれるよ? みんな、なついてるし……」

「……ティファ」

「ね?クラウド」

「……ああ。やつらは……そうだな」

「わかったよ。いや、いいんだよ……悪い、つまんないこと言っちまって」

「……そんなことはない。バレットがそう思うのはあたりまえだ。それだけかつての同志に対する想いが深いということだ。同情する」

 私は言った。

 また、皆が私を見た。初めてあった頃には、複数の人間に見つめられるのに、ひどく居心地が悪かったが、このメンバーには大分慣れた。

「……お、おう、サンキュ」

「いや……礼を言う必要はない。思ったままを口にしたまでだ」

 私は衿を口元に持ち上げた。

 

「あーっ! ほらほら、もう、辛気くさくなるのヤメヤメヤメ〜! じゃ、クラウド、いつ出発すんの? 銀髪連中が追ってくるなら、バトルになる可能性は充分ってカンジだよね。装備整えとかなきゃ!」

 忍者娘……もといユフィが言った。

 少女特有の無邪気さは、私のような者にはまぶしいほどで、親しく話したことはないが、場の空気が重苦しいとき、何度も彼女の存在に救われている。

 クラウドにとって、おそらくは過酷な旅になるであろう、この二度目の旅路に彼女が同行してくれるのは私としてもありがたかった。

「けっ、結局ほとんど顔ぶれかわらねーじゃネェか」

 口の悪いシドが言う。そう吐き捨てながらも嬉しそうだ。

 彼もたいそう面倒見のいい男で、無口で無愛想と言い捨てられた私のような人間にも、ずいぶんとちょっかいを出してくる。

「ティファは……残った方がいいな」

 クラウドがためらいがちに言った。

「行くよ、クラウド、あたしも」

「……ティファには居るべき場所があるだろう、そう言っているのだ、クラウドは」

 私はクラウドの気持ちを代弁した。

「ヴィンセント……うん、ありがと、わかってる。でもね、あたしだって、自分にやれること、やりたいよ。クラウドたちのこと、待っているだけじゃなくて。一緒に、やりたい」

「ティファ……」

「子どもたちのことなら大丈夫だよ。レノやルードもいるし……今、元・神羅の人たちは、街の子どもたちを守ってくれてる。……皮肉なことだけど」

 そう言いながら、ティファは視線をバレットに向けた。褐色の巨躯の男はそれに頷くことで応えた。

 

「……出発は明後日。もう一度、ここへ……セブン・ヘヴンズへ集合してくれ」

 クラウドが言った。二年前の戦いを思い起こさせる意志的な表情。

 皆が一斉に頷く。

 

 ……今度の旅で、私も何かを得られるのだろうか。それとも……

 

 最近、自らの考えの縁に沈むことが多い。

 鋭敏にも、それに気づくのか、クラウドがこちらを見た。私は心を読み取られるのを恐れ、視線を外す。

 

「みんな、ありがとう」

 強い声でそう言ったクラウドに、皆がそれぞれの言葉で応えていた。