近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<10>
 
 ヤズー
 

 

「オイオイ、何を手ェ握り合ってやがる!」

 静寂の中、いきなり開け広げられたドアの向こうから、傍若無人な大声がすっ飛んできた。

「セ、セフィロス……」

 上半身素っ裸のまま、冷蔵庫でビールを漁る……こんな輩はセフィロスしかいない。

「おまえら、ツラだけは平均以上だからな。百合みてェでかえって気持ち悪ィんだよ」

「セフィロス、あなたね……言葉に気をつけてよね。俺はいいけど、ヴィンセントに失礼でしょ?」

 そう言い返したのだが、目の前のヴィンセントに、『百合って?』と小首をかしげて訊ねられ、俺はため息を吐いた。

「あー、その様子だと、ヴィンセントに説教されたんだな。ようやく大人しくミッドガルへ行く気になったか、イロケムシ」

「え……」

「あ、あの、ジェネシスと話をしたとき、彼も同席してくれたんだ。だから……」

 先回りしたヴィンセントが、フォローしようとするが、セフィロスに知られるのは時間の問題だったと思う。

「まぁ、今さらか。でも、ジェネシスってば、打ち明け話をする相手くらいは選んで欲しいね。ヴィンセントはともかくさ」

 悪態を吐いた俺に、セフィロスはフンと鼻で笑って見せた。

「秘密主義はほどほどにしておけ。テメェの不調のおかげで、足を引っ張られるようなことがあっては迷惑だからな」

「いつ、この俺があなたの足を引っ張ったのよ」

「これから先の話だ。ただでさえ、この家には単細胞やら鈍くさいヤツがいるんだからな!」

「あ、あの、すまな……」

「もぉ〜、兄さんのことそんなに悪く言うモンじゃないよ。それより、セフィロス。あなたは大丈夫なの?」

 手慣れた調子で切り返すと、彼はさもくだらないというように口を尖らせた。

「……オレさまはなんともない。ジェネシスの阿呆にも言っておけ。いつまでも終わった話をほじくりかえすなとな」

「ハイハイ、わかったよ。……ま、ヴィンセントとセフィロスに知られたのはよかったのかもね。諦めてミッドガルまで行ってくるよ」

 ひょいと手を持ち上げて、俺はため息混じりにそう言った。セフィロスはともかく、ヴィンセントに知られてしまったのなら、もはや放置しつつ様子を見ながら自然治癒を待つという選択肢はなくなった。

 俺が嫌だといっても、無理やりミッドガルに送り出されることだろう。

 

 

 

 

 

 

「よかった……素直におまえがそう言ってくれて」

 ヴィンセントがホッと息を吐き、低くささやいた。

「おまえのことだから、最後までグズグズとごねるのではないかと……」

「ちょっと、ヴィンセント。子供扱いしないでよ。あなたたちにバレてんなら、ごねても仕方がないでしょ」

 降参というように、両手を挙げて見せると、ようやくヴィンセントは安堵したように微笑を浮かべた。

「では、ミッドガルへ赴く日程だが……なるべく早いほうがいいな。紹介状があるのなら、それこそ明日にでも出かけよう」

「チッ、鉄道やら船やらを使ってか? ダリィな」

 と、セフィロス。

「季節外れだから、乗車券は容易に手に入るだろう。ヤズーもそれでいいな?」

「おい、ちょっと待て。赤毛に電話してみろ、ヴィンセント。ヘリ回してくれんじゃねーのか? あいつ、おまえに懐いてたろ」

「……セフィロス、懐くだなんて……そんな言い方。レノは紳士的に気を遣ってくれただけだ」

「ああ、そうだよな。クラウドのガキがヤキモチ焼く程度にな」

 俺を無視して、目の前で交わされて行く、ふたりの会話。どうも、こちらの想定と離れている。そもそもミッドガルに赴くのは当事者の俺だけで問題ないはずだ。

「あ、あの、ちょっと待ってよ、ふたりとも。ミッドガルの病院へは俺ひとりで行くから。なにもヴィンセントたちが一緒に来る必要ないでしょ?」

「おまえをひとりで行かせるわけにはいかない。私は保護者として同行する」

 昂然と面をあげ、ヴィンセントはきっぱりと宣った。いっさいの反論を許さぬという勢いでだ。こういうときのヴィンセントは、誠に漢らしく凛々しい。

「いや……保護者って…… 子供じゃないんだからさ。セフィロスだって、わざわざ面倒でしょ?」

「まぁ、面倒っちゃ面倒だな。だが、オレも少々気になることがあるんでな」

「気になること?」

 と問い返した俺に、彼はうるさそうに、

「どうでもいいだろ」

 と言い放った。

「……じゃあ、俺とセフィロス、ヴィンセントの三人で行くの?」

「ガキ共に話せば、まず一緒にくっついてくるだろうな」

 セフィロスが新しいビール缶を手に、こちらも見ずにそう応えた。

「どうせなら、ジェネシスも誘ってみてはどうだろうか、セフィロス? 君も彼が側に居ると安心だろう?」

「……おまえ、何言ってんだ、ヴィンセント? どうしてジェネシスが居ると、このオレさまが安心するんだ! あいつはたまたま同僚だっただけで、気色悪い変態詩人なんだぞ」

「そ、そんな……だが、ジェネシスは如才ない人だし、この前も一件のときも、我々を心配してミッドガルに駆けつけてきてくれたじゃないか」

「ああ、ストーカー並みのしつこさでな」

 不快そうに吐き捨てたセフィロスであったが、ヴィンセントのねだるような眼差しに、とうとう終いには、

「テメーの好きにしろ」

 と、ヴィンセントに告げ、部屋に引き取っていった。

 

 ……なんだか、とんでもないことになってきた。

 この流れでは、ふたたび家族全員でミッドガルに行くことになる。

 俺の不調についても、言及する必要があろうし、カダージュにも知られてしまう。

 できることなら、それは避けたかったのだが……

 

 ヴィンセントは、家人のことについては、いったん「こう」と決めたら、まず譲らない。

 リビングから離れに戻る間、俺はカダージュにどう説明しようかと、そればかりを考えることになった。