近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<19>
 
 ヤズー
 

 

 

 

「セフィ! セフィ、こっち!」

 巨木の影から、小柄な少年が手を振っている。

 木漏れ日の中でも、キラキラと輝く金の髪、わずかに舌足らずなしゃべり口調……

 

 もう、誰なのかわかるだろう。

 幼い頃の兄さんだ。格好から察するに、神羅の修習生か見習い兵といったところか。

 そう考えれば、すでに十五、六にはなっていようが、もともと童顔であるせいか、どう見ても十代前半に見える。

「クラウド! ああ、会いたかったぞ……!」

(うっわぁ……)

 こちらの姿は見えないという前提ではあるが、思わず声がこぼれたのである。

 これが、あのセフィロス!?

 

 たしかに図体はデカイし、銀髪のロン毛だ。

 見慣れた、例のデザインのコートを着用している。

 疑いようのない、セフィロス本人であったが、俺が『生まれ出でて』から、今日まで、一度も見たことのない満ち足りた笑顔がそこにあった。

 

「セフィ、お仕事、大丈夫?」

「気にするな。やるべきことは終えてきた! さぁ、来い、クラウド」

 そういうと、もじもじと照れている様子のクラウド少年を、さらうようにして抱き上げた。

「あっ、ちょっと、セフィ…… ダメだよ、誰かに見られたら……」

「こんな時間に誰も来やしない。それに誰に知られてもかまわん」

 この辺の物言いは、いかにもセフィロスらしかった。

 神羅の修習生と英雄という組み合わせだ。人に知られれば、どう思われることか。だが、セフィロスはそういったリスクを引っくるめた上でさえ、ふたりの関係を隠そうとはしていない。少なくとも自分の方からは。

「クラウド、明日明後日はずっと一緒に居られるぞ。つまらん任務は入っていない」

「ほ、本当? じゃ、じゃあ、一緒にアクアパークに行ける?」

「ああ、もちろんだ。ここのところ忙しくて、おまえとゆっくり話す時間もなかったからな。今夜はオレの部屋に泊まっていけ。そうして明日は一緒にでかければいいだろう?」

 猫好きが子猫を眺めるような眼差しで、兄さんを見つめるセフィロス。

 ああ、時の流れとは残酷なものだ。

 この当時の兄さんの愛らしさ、人目を気にする内気で謙虚な態度。

 そして、セフィロス本人の、恋愛への一途さ、純情さ……

 そのどれもが失われているなんて……

  オレは腕組みすると、やれやれと切ないため息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 とんだバカップルぶりを見せつけられた俺は、完全に己の意識がセフィロスとシンクロしていることを自覚した。

 この時期のふたりの関係について、『ヤズー』としての俺はまったく知らない。セフィロスの思念体として生まれ出ずる以前の記憶だ。

 だが、ヤズーという個体として誕生する前の記憶を、こうして辿ることができるのは、俺の無意識下の部分で、やはり主体であるセフィロスの『想い』が植え付けられているのだ。

(まぁ、一心同体ってわけじゃないからいいけどさ……)

 ぼそぼそとひとりごちた。

 それでも、やはり俺とセフィロスは繋がっているのだ。こうして知りもしなかった、セフィロスの過去を夢に見られるというのは、やはり俺たちが彼の思念体であるのだと思い知らされる。

 ヤズーとして、完全に別個体になったのは、やはり一年ほど前のリユニオンなのだろう。

 

 そんなことを考えているうちに、目の前の情景が唐突に変わった。

 俺は炎に包まれた小さな村にいた。

 四方八方から火が噴き登り、黒煙が空を覆う。

 

「セフィ…… セフィロス…… どうして?」

 耳元で声が聞こえて、俺は慌てて身をひいた。こちらの姿は認識されていないと理解していても、尋常ならざる状態の兄さんと重なりそうになり、咄嗟に身体を退けた形だ。

「なんで……! こんなこと…… こんな、ひどい……!」

 がくんとその場に、膝を突き、低く嗚咽を漏らす。

 ラブラブバカップルぶりを見せつけられてから、二年くらい経っているはずだ。兄さんは少しは育っていたし、どう見ても、これが例の『ニブルヘイム焼失事件』であろうと考えられる。

 セフィロスは、このニブルヘイムの神羅屋敷で、おのれの呪われた出生を知ったのだ。

 そして狂気に取り憑かれ、凄惨な事件を引き起こした……