〜 ALL STARS 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<21>
 
 ルーファウス・神羅
 

 

 

 

 私は内ポケットに潜ませた銃をスーツの上から確認した。

 ここは神羅本社内だが、相手が相手だ。油断するわけにはいかない。

 セフィロスたち、あの家の一同を滞在させているという理由もあるが、公式会見中は、本社に出社している人間はそれほど多くはない。

 ……思いの外、元ソルジャー・クラウドは上手くやってくれている様子だ。

 あの者の髪型を私に似せただけで、性格などは変えようもない。外見はかなり似通っていたが……まぁ、皇太子殿は私の事など、写真くらいでしか見たことはないはずだ。WROの長官も着いていることだし、とりかえばやは存外に上手くいった。

 ああ、いや、いけない。油断は命取りといったばかりではないか。

 これから、庭園美術館……そしてオペラハウスでの観劇がある。狙ってくるとしたら、屋外を移動する庭園美術館の可能性が高かろうが……護衛官としてヤズーが同行しているし、タークスも、移動ルートを見張ってくれているはずだ。

 

 ……あの家の者たち……

 こまっしゃくれた連中だが、彼らの能力は私自身が熟知している。首魁相手ならばともかく、DGの雑魚兵に手間取る彼らではあるまい。

 ……いや、だが、此度の目的は『つつがなく、三者会談を終える』ことだ。

 万民に、新しい時代がやってきたのだと知らしめること。神羅カンパニーに対する悪感情を払拭し、新時代の中心足るべき企業と認識してもらうのだ。

 そのための皇室、WRO、そして当カンパニー総帥の平和会談である。終了まで、何一つ滞りなく予定どおりに済ませて、初めて『成功』といえるのだ。

 

 ……きっと、私は相当難しい顔をしていたに違いない。

 傍らの椅子に掛けていた彼に、そっと触れられてようやく正気づいたのだから。

『具合が悪そうだが、大丈夫だろうか? さしでがましいようだが、あまり思い詰めぬよう』

 ヴィンセント・ヴァレンタインはおずおずとメモを差し出してきた。

 彼はよけいなお世話かもしれないと躊躇したのだろう。心配そうな面持ちの中に、申し訳なさげな雰囲気が見て取れる。

 メモに『さしでがましいようだが』などと書き加える輩を初めて見た。

「いや、問題ない。君の方こそ、疲れたら横になってくれたまえ。ツォンはほどなく戻るだろうし、私もちゃんと銃を持っている。君のことは是が非でも守る約束だ」

 そういうと、ヴィンセント・ヴァレンタインは少し困ったように首をかしげ、『自分は大丈夫だ』とメモに書き付けた。

 

 

 

 

 

 

 今朝、セフィロスがここに立ち寄ったときのことを思い出す。

 ああ、もちろん、セフィロスだけでなく、あの家の者どもすべてが、出がけに必ずこの部屋に寄っていったらしい。たまたま私とレノがここに居たときに、来たのがヤズーとセフィロスであった。

 ヤズーは、近衛兵の銀装束を身につけていて、それを見せびらかしに来た様子だった。

 彼は三兄弟の中で、もっとも華やかな容姿をしている。直接的にクラウドと皇太子の側に侍る近衛兵を機転の利く彼に頼んだ形になったのだが、本人はただ単に衣装が気に入ったらしい。

 ひととおりヴィンセントに「文字で」誉められると、意気揚々と持ち場へ出陣していった。

『じゃあ、行ってくるね、ヴィンセント。うふふ、そんな心配そうな顔しないで。兄さんと皇太子様には俺が着いてるんだから』

 物言いたげな彼の頬を撫で、そう言って聞かせると、まさしく自信満々という様子で部屋を後にしたのだ。

 ヤズーの得意武器は特殊銃……奇しくもヴィンセント・ヴァレンタインと同じなのだ。

 互いに実力も知り合っているというのか、ヴィンセントはきちんと頷き返すと、ヤズーを送り出したのであった。

 その後……もう昼近くになってから、ふらりと立ち寄ったのがセフィロスだ。

 彼だけは特に役割を分担せず、自由に動き回っている様子だった。今も一旦外に出てから戻ってきた格好だろう。

 だが、今日の報告だけで数件……セフィロスが倒したDGソルジャーの数は数十人にのぼる。レノに兵隊の配備やパトロール区域の指示を出したのも、セフィロスだった。

 彼はやはり有能な軍人なのだ。……そう、時が経っても。

 

 彼はのっそりとこの部屋にやってくると、ヴィンセント・ヴァレンタインにもう一度出かけてくると告げた。ヴィンセントは瞬く間に不安げな面持ちになる。

 いや、特にセフィロスに対してだけではない。他の者たちの身柄もひどく心配していた。その中でも最強であろうセフィロスに対しても、やはり同様に深く気遣っていた。

 メモ帳に『どうか危険なことをしないで欲しい。無事に戻ってきてくれれば、私は……』

 まで書いたところで、セフィロスが書きかけの紙切れを奪い取り、

「あー、わかったわかった」

 と面倒くさそうに言った。

『おや?』と感じたのはその後の事だった。

 彼が出て行こうとすると、その気配を察して、ヴィンセント・ヴァレンタインがびくりと顔を上げた。目線は合っていないが、よけいに訴えかけるものを感じたのだろう。

 セフィロスは椅子の上でオタオタとしている、ヴィンセント・ヴァレンタインの前に行くと、ため息を押し殺し、膝をかがめて目線を合わせたのだった。

 膝をついたのは……ヴィンセントは目を患っていて、立ち上がるのにも不安定だし、側からセフィロスが見下ろせば、あまりの高低差で上手く話が出来ない……そういった合理性もあったのだと思う。

 セフィロスは、腰をかがめ、彼を正面から見ると、ゆっくりと言葉を紡いだ。

『いいか、ヴィンセント。オレたちは必ず無事に戻ってくる。クラウドのガキもだ。おまえは何も心配する必要はない。だから、ここでおとなしく待っていろ。決してオレたちのために、何かしようとはするな。……いいな?』

 セフィロスのその言葉に、彼はぐっと息を詰めた。

『わかったな? オレのいうことを聞けるな?』

 重ねてそう言われると、

 ヴィンセントはコクコクと何度も頷いた。それを確認した後、ようやく立ち上がった。

 

 出かけには、まるで総仕上げだというように、

『男のくせにメソメソ泣くな!』

 とか、

『ビクビクしてんじゃねェ。おまえはチビ猫とイイ子にして待ってろ!』

 などと叱りつけていた。

 ぐっとこらえて椅子に座っている様子を哀れに思ったのか、ため息混じりに踵を返し、足下にまとわりついていた黒猫をすくい上げた。

 その猫はまだ子猫だったし、セフィロスは長身だから、『すくい上げた』という表現がぴったりだと感じた。

「ほら」

 浮き足だったヴィンセントの膝に子猫を下ろす。

「……おまえは、何も考える必要はない」

 先の時よりも、ずっとやさしい声でセフィロスが語りかけた。そう……まるで、昔のクラウドに言うように。

「だいたいDGどものことなんざ、思い出すのも不快だろう? ここで安静にしていろ。……フン、ガキどもはともかく、誰がおまえを守ってると思ってんだ、ヴィンセント?」

 子猫を抱きしめ、ヴィンセント・ヴァレンタインが頷くのを見届けてから、ようやく彼は部屋を出たのだ。

 最後に私たちに見せた顔は、いつものクールな表情に戻っていた。

 ……ああ、レノが「ずいぶんおやさしいことで」などとからかったから、後頭部を殴られていたっけ。

 

 私はひとつ吐息すると、こちらの様子を伺うともなく気にしている彼に、もう一度声を掛けた。

「私のことは問題ない。……もちろん、君の家の人たちも。安心してくれたまえ」