〜 ALL STARS 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<41>
 
 セフィロス
 

 

 



「……とまぁ、そんなところだ。ロッズを病院送りにしたのは念のためだ。カダージュは付き添いで付けただけで、ほとんどかすり傷だった。そう心配する必要はない」

 オレの物言いに、一応は頷くものの、ヴィンセントはやはりひどく不安げであった。

『病院に行ってはいけないだろうか?』

 ヴィンセントがオレの顔を伺いながら、メモにペンを走らせた。

「……そう言うと思った。気持ちはわかるが、今はやめておけ。おまえの安全のためにも、当初の予定通り動いた方がいい」

 オレはそんな言葉でヴィンセントを説得した。

 ……たぶん、勘のいいジェネシスの野郎は気がついているだろう。確かにロッズとカダージュの負傷は重篤というわけではない。問題はイロケムシだ。

 クラウドの話を聞いた限りでは、かなりひどい負傷をしているようだ。もっとも、オレの思念体である限り、おっ死ぬということはなかろうが。

『ヤズーは大丈夫だろうか?』

 だが、ヴィンセントは眉を曇らせ、悲壮な面持ちを崩さない。イロケムシ負傷の情報は、おそらくタークスの連中から曖昧に知らされているのだろう。

 

 ヤズーと他のガキ共では、ヴィンセントにとっての立ち位置が異なるのだ。カダージュやロッズ……そしてある意味クラウドに対しても、ヴィンセントは『年長者』として振る舞う。無意識であろうが、年上の者として、年若い者たちを教え導くという気持ちが働くのだろう。

 だが、ヤズーとは完全に同じ目線だ。いや、むしろ、ヴィンセントのほうが、イロケムシに、精神的に寄りかかっている部分がある。

 このオレ様でさえ、年下扱いするヴィンセントだが、ヤズーには素直に頼ることができるらしいのだ。相性の問題とも感じるし、それはそれで業腹なのだが。

 故に、ヤズーの負傷は、ヴィンセントにとって、かなりひどい衝撃だったはずだ。 詳細は知らなくとも、ただ『怪我をした』という情報だけで、顔色を変えるほどである。

 そんなヴィンセントに、今のヤズーを見せるわけにはいかない。

 今は気持ちが張っていようが、こいつの精神的なダメージは他の者以上であろうから。

 むしろ自らは動けず、無事を祈ることしかできないほうが、よほどつらいのだ。

 ……幼い頃のクラウドに、泣きながらそう言われたことがあった。

 

 

 

 

 

 

『セフィロス……?』

 と探るように、オレの目をのぞき込んでくる。クラウドではないが、オレも嘘が上手いほうではない。

 さらに、苦しい言葉を重ねようとしたところ、ジェネシスがごく自然に後を引き取った。

「ああ、女神。やはり君は優しいんだな…… だが、今はセフィロスのいうとおり、予定通りに動いておいたほうがいい。タークスの護衛陣もそのつもりのようだし、君がこれから向かうオペラハウスには、チョコボっ子も行くからね」

「…………」

「あの子はひどく君のことを心配してね。もちろん、今は任務に励んでいるわけだけど、オペラハウスには警護つきでヴィンセントも向かうからと説得したんだ」

 このあたりの話はでまかせである。嘘も方便というのだろう。

「君らの席は、皇太子殿やルーファウス・クラウドとは別の場所だけど、君が着席したら、こっそりチョコボに教えてあげる約束になっているんだよ。ああ、もちろん、安心して。皇太子にも、チョコボっ子にも、俺達という護衛が加わるわけだからね」

 よくもまぁ、スラスラと出るものである。いささか呆れて、そのスカしたツラを凝視してやったのだが、ヤツはまったく悪びれることもなく、にっこりとオレに微笑み返した。

 ……気色悪ィ。

『君たちもオペラハウスに行くのだろうか?』

 とヴィンセント。

「やれやれ、もちろんさ、可愛い人。いくらタークスの護衛がついているといっても、君の無事を見ていないと、俺自身が落ち着かないんだよ。セフィロスと一緒に当然ついて行くさ。病院には、すべてが終わってから、皆で一緒に行こう」

 ジェネシスの言葉に、ヴィンセントは頬を赤らめつつも、思案するような面持ちになった。

 しかし……なんだ、『可愛い人』っつーのは。

 よくもまぁ、真顔で抜かせるもんだ。こいつには羞恥心というものがないのだろうか。

 ……いや、変態詩人相手に羞恥心とか言っている方がバカバカしいか。

 

  そんな中、バン!と扉が叩きつけられ、

「ヴィンセントさんッ!」

 と、叫びながら乱入してきた男が居た。タークスのレノだ。

「よぉ、赤毛。おまえもご苦労だったな」

 オレはそう返した。

「セ、セフィロス…… なんだ……そうか、よかった……」

 はぁぁ〜と、魂まで吐き出すようなため息をつき、レノはその場に座り込んでしまった。

「なんだ、ご挨拶だねェ、レノ。俺にあいさつは一言も無しかい?」

 と、ジェネシス。

「……よぉ、ジェネシス。もうなんつーか、、今さら驚きゃしねェぞ、と」

「ふふふ、おまえは相変わらず図太いな。ところで上司のカタブツさんの容態はどうだい?」

「ああ、そう……それだよ! そうか、アンタらがツォンさんを助けてくれたんだな!大丈夫だ、弾は貫通してるって言ってたから」

「別に助けたわけじゃないけどね。俺とセフィロスの通り道を、彼が塞いでいただけだよ」

 ジェネシスにしては素っ気ない物言い。

 そう、現役のころから、ソルジャー部門とタークス部門は犬猿の仲なのである。あからさまな態度は取らないが、ツォンは、ジェネシスのもっとも嫌いなタイプの見本のような男だ。

 さまざまな事柄を、すべて実利で判断する電算機男。にもかかわらず、副社長に関わることとなると、これまでの慣習に一切囚われず、その希望を通してやろうとする。ジェネシスでなくとも一言いいたくなるのはわかるが、こいつはハッキリとツォンを嫌っており、その態度を隠そうともしなかった。

「まぁ、結果的に助かったってェんなら、いいんじゃねーか。報酬に上乗せさせろ」

 オレがフォローするでもなくそういうと、

「アンタらふたり、まったく変わんねェぞ、と」

 と赤毛がつぶやいた。ヤツはオレたちと話しても時間の無駄とばかりに、ヴィンセントのところに行くと、きちんと腰をかがめて容態を訊ねた。

「ヴィンセントさん、怖い思いをさせてスンマッセン。怪我はありませんか? 気分は悪くないですか?」

 ヴィンセントはそれに何とか笑みを返して、コクンと頷いた。

「無理して笑わなくていいんスよ。すいません、本社と連絡がつかなくて、大急ぎでこっちに来たんですが、セフィロスとジェネシスがいなければ、大変なことになっていました。……ホント、情けないッス、すいません」

「まったくだな。相変わらず使えねーな、タークスはよ」

「まぁ、女神のナイトとしては当然のことをしたまでだけどね」

 オレとジェネシスの遠慮会釈ない物言いに、ヴィンセントは苦笑を漏らす。そのままかがんでいたレノの手を両手で包むと、ゆっくりと頭を横に振った。

『そんなことはない。君たちは命がけで私を守ろうとしてくれている。……ありがとう』

 と、いったところだろうか。

 その後、ヴィンセントはわざわざメモに、

『ありがとう。私は大丈夫だ。君もあまり危険なことをしてはいけない。身辺には十分注意してくれたまえ』

 と書いた。

 思いの外、情に脆いレノが、呆然とした表情でヴィンセントを見つめる。ヤツも今の年まで、諜報機関でやってきた男だ。こんなふうに赤の他人に、親身になって心配されたことがないのだろう。

「……わ、わかってるっス。十分注意します。……ありがとうございます」

 そういうと、レノはヴィンセントの手を、ぎゅっと握り返した。それこそ想いをこめて。

「……ちょっと、レノ。握りすぎ」

 ジェネシスが言った。ヴィンセントに対する物言いとは、別人と思える冷ややかな声音で。

「あ、し、失敬。ええと、ヴィンセントさん。かえってここに居るより、オペラハウスに行った方が安全です。オレたちも、クラウドも行きますから。今度は側を離れませんから」

「……もちろん、俺たちもだよな、セフィロス」

「……アホか、赤毛と張り合うな。ったく」

 オレ様の舌打ちも無視し、ジェネシスは喜び勇んで同行する心づもりのようだった。