天使と悪魔の交代劇
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
 
 ヤズー
 

 

 

「なんかこう平和よね〜」

 昼さがりの午後はどうしてこんなにのんびりした気分になるのだろう。

 時間の流れが変るわけでもないのに、アナログ時計の針は、なかなか前に進んでいかない。

「何言ってんの、平和でいいじゃん。もうモメごととか、そーゆーの無しでいきたいですなぁ。ヴィンセントが疲れちゃうでしょー」

 配達の仕事が休みの兄さんは昼近くになって起き出してきて、もそもそとひとりでブランチをとっているところだ。

 ルーファウス神羅の護衛の仕事が終わって、早十日あまりが経つ。

 俺たち一家は、無事もとのコスタ・デル・ソルに帰還し、日常生活が戻ってきたというところだ。

「セフィロスの怪我も癒えたし、私はこのまま穏やかな日々が続けばよいと思うが」

 そう言ったのはヴィンセントだった。

 先の護衛ミッションで、セフィロスは背中の翼を痛めた。

 取り残された離れ小島から飛んで戻ってこられなかったということで、決して軽い負傷ではなかったのだろうが、彼もいつもどおりの日常を楽しんでいるといった風情だ。

「ま、神羅から護衛代もしっかりもらったし、しばらくはお金に困ることもないもんね」

 俺もそう言って頷いた。

 兄さんの食事が済むと、ますますこれといってやることがなくなってしまう。

 カダージュやロッズは、相変わらず海へと通う毎日だが、さすがに俺も一緒にというわけにはいかない。いや、もちろん泳げないとかそういう理由ではなくて。

 常夏の国コスタ・デル・ソルは、当然陽差しが強い。紫外線びりびりなのである。そんな天気の中、毎日海になど行ったなら、肌のダメージは計り知れないだろう。

「ああ、平和なのは良きこと哉。っつーか、これまであまりにもいろいろトラブルがあったじゃんか。俺的には平穏な日常生活を楽しみたいね」

 兄さんはそういうと、ヴィンセントの近くのスツールに腰を掛けた。

「もうしばらくはミッドガルだのにも行きたくないしさ。旅行にもなかなかいい思い出ないしね〜」

「ええ、旅行ってアイシクルエリアへ行ったときのこと?他にはないもんね」

 と俺が訊ねると、

「そうだよ、あやうく遭難しかけたじゃんか」

 と頬を膨らませてそう宣ったのであった。

「……アホか。そもそも道に迷ったのだって、テメェのせいだろうが」

 そうやって言葉を挟んだのはセフィロスだった。さっきから新聞を眺めていたので、話を聞いていなかったと思ったのに。

「ま、まぁ、あれは結果オーライだろ。最後は無事温泉に浸かれたんだからな」

 と兄さんが自らにフォローを入れた。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、こうしていても仕方ないから、夜ご飯の買い出しにでもいこうかなァ。他にもいろいろ買い出しあるよね、ヴィンセント」

「そうだな……果物と野菜も少し買い足ししたほうがいいかな」

 なんせ男六人がむさくるしく生活している家だ。

 何が高くつくかといえば、食費以外のなにものでもない。

「じゃ、行ってくるから」

「あ、ヤズー、私も一緒に行こう」

 とヴィンセントが声を掛けてきた。

「え、いいよ。この時間は暑いし、そんなに量も多くないから」

「だったら、なおさらだ。ふたりで回ればすぐに済んでしまうだろう」

 頑固にもヴィンセントはそう言って、俺と一緒に外に出てきてしまう。

「じゃ、車回してくるから」

 無理に止める必要もなかったので、俺はヴィンセントにそう言い置いて車庫に回った。

 

 

 コスタ・デル・ソルの青空市はちょっとしたお祭りだ。

 野菜や果物はもちろんのこと、肉や魚介類も市に出る。

 朝の一番乗りが最高なのはもちろんだが、それ以降の時間でも、次から次へと新しく入手した品が並べられるので。運がいいとめずらしい果物などが手に入る。

 ヴィンセントはここの青空市が、一番のお気に入りなのだ。

 

「グレープフルーツと……それから、ああ、ヤズー、ライチがあるぞ、好きだろう」

 ヴィンセントがまるで自分の家の庭をぶらつくように、軽い足取りで市場を歩く。

「そうね。ライチももらおうかな。後、野菜は?サニーレタス安くなってる。買ってく?」

 ヴィンセントとふたりで歩いていると、ちらちらと周囲の視線を感じる。

 コスタ・デル・ソルのほんの片田舎だと、俺やヴィンセントのような容姿の人物は少ないらしい。女の子の中にはあからさまに嬌声を上げる娘たちもいるが、そのあたりはご愛敬だ。

 顔見知りの娘がいれば、手を振ってやるし、声を掛けてあいさつしてくる娘もいる。

 さすがに男にじろじろ眺められるのには辟易するが、女の子なんて、それに比べれば遙かにかわいいものだと感じる。

 

「さて、買い物はこれくらいでいいでしょ。駐車場に戻ろう」

「そうだな。今日の収穫はライチだな。最近ではなかなかお目にかかれない」

「ヴィンセントも好きなんだよね。肌にもいいし、おいしいしね」

 他愛もないおしゃべりをしながら、俺は車のギアをチェンジしてアクセルをふかした。

 と、ちょうど角を曲がろうとしたときだ。

 俺は視界の端に、なにか小さな白いかたまりを見た。