天使と悪魔の交代劇
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<2>
 
 ヤズー
 

 

 

 瞬間、条件反射で俺はハンドルを切りながら、ブレーキを踏んだ。

 

「……いやまぁ、そんなわけでね」

 と、病院にやってきた家人に俺は説明してくれた。

 表では、ボンネットのいかれた車の撤収が、すみやかにおこなわれている。

「ポメラニアンちゃんが助かったのはよかったんだけど、どうにも俺たちのほうがね」

「あ、いや、幸い外傷はなかったのだが……その……また、我が家の『不思議』が発動してしまって……」

 そうなのだ。 

 あの白いかたまりは子犬で、俺はなんとかその子に傷を付けることなく躱すことができた……というところまではよいだろう。

 だが、ただいま撤収してもらっている車の惨状を見てもらえればわかるように、俺とヴィンセントも、まるきり無傷というわけにはいかなかった。

 擦り傷切り傷がなかったのは幸いだったが、軽い打ち身で、そこかしこにアザを作ってしまった。

 さてさて、そこまでならば、まだ『笑い話』で済んだだろう。

 でも、さすがといおうかなんというべきか、年がら年中不思議な出来事に見舞われている我が家だ。

 ここでも、目に見えぬマジックパワーは遺憾なく発揮され、この俺、ヤズーとヴィンセントの中身は入れ替わってしまった。

 

「……しかし、困ったものだな。ここしばらく平和な日常が続いていたのに……」

 無事に家まで帰ってくると、ヴィンセントが……もとい、外見は『ヤズー』になってしまった彼がため息を吐いた。

「どうして、俺の身体って居心地悪いィ?」

 と、俺が訊ねると、ヴィンセントは、

「そう言う問題ではない。……私のことはともかく、ヤズーについていえば、子どもたちだとて動揺するだろうし……その、ヤズーの容姿だと、外に出るだけで女性たちから声を掛けられるだろう。とても上手く対応できる自信がない」

 と、憂い顔でつぶやいた。

 ああ、俺ってこんな顔もできるのかと、おかしなところで感動してしまう。

 

 

 

 

 

 

「俺だって困るっつーの!」

 いきなり大声を上げたのは兄さんだった。

「ク、クラウド……」

 ヴィンセントが困ったようにつぶやく。ああ、もちろん、俺と入れ替わったヴィンセントがだ。

「もうなんだっつーの! ヤズーとヴィンセントが入れ替わり? この家ホントに呪われてんじゃないの? せっかくルーファウスのところから帰ってきて、ヴィンセントと楽しくやろうというところだったのに!よりにもよってヤズーと替わっちゃうなんて……」

 だだっ子のように、テーブルをばんばんと叩いて怒鳴り声を上げる。

「ク、クラウド、怒っても事態は好転しないだろう」

「あーもー、ヤズーの顔でそう言われても、素直に納得できないんだよ!」

「それにつけても、天使と悪魔の中身が替わったわけだからな。これはなかなか興味深い事例だな」

 一歩離れたところから、そんなふうに揶揄するのはもちろん、セフィロスである。今回は当事者でもなく、俺とヴィンセントのことだから、どこか面白がっている様子だ。

「なにそれ、天使と悪魔〜?あなたの思考のもとでは、そんなふうに分けられているんだ」

 ヴィンセントの姿でそういってやると、慌てて中身がヴィンセントの俺が袖を引っ張るようにして止めた。

「ま、まぁ、子どもたちもこの家の不思議には慣れているし、冷静に説明すれば、理解もしてくれよう。……少々、カダージュが心配なのだが……」

 頬に手を当てて、ほぅっと深い吐息をつく。

 あれれ、そんな仕草をすると、俺の姿もずいぶんと上品に儚げに見えるものだ。

「そうだね、でも、ヴィンセントのことも、あの子は大好きだからね。俺とセフィロスが入れ替わったってんなら、大騒ぎにもなるだろうけど、大丈夫なんじゃないかなァ」

「フン、クソがきふたりには上手く言うんだな」

 と、セフィロスが鼻で笑った。

「ああ、その辺は俺に任せてくれていいから。ヴィンセントはあんまり心配しないで」

「そ、そうだな……しかし、ヤズーの身体になるなんて……傷を付けたりしないように気をつけないと」

 ヴィンセントが不安そうにつぶやいた。

「それはこっちのセリフだよ。ヴィンセントの姿で、怪我でもしたら、兄さんやジェネシスになんていわれるか」

 こちらは冗談事ではない。

 相手がヴィンセントとはいっても、やはり他人の身体だ。どうにも勝手がわからない部分がある。

「まぁ、いずれは元通りになるでしょ。あんまり深刻にならないようにしよう」

 と、俺がいうと、とまどいつつも、『ヤズー』になってしまったヴィンセントは頷き返した。