天使と悪魔の交代劇
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<3>
 
 ヤズー
 

 

 

「ねぇ、一緒にお風呂入らない?」

 にこにこと微笑みながら、『ヤズーとなった』ヴィンセントに声を掛けた。

「な、なにをいきなり。そんな恥ずかしい……」

 頬を上気させて、そういうヴィンセントだが、実際には俺自身の頬が紅くなっているのだ。我ながらめずらしいものを見るような気分だ。

「いいじゃん、身体とりかえっこしてる仲間ってことで」

「……や、ヤズー、もしかしてこの状況を面白がっているのか?」

 とヴィンセントが言った。

「面白がってってわけじゃないけど、じっさいとりかえばやになっちゃったんだから、いろいろな体験はしたいと思ってるよ」

「……まったく、おまえは。本当にポジティブだな、そういうところは」

「いいじゃない、お風呂入ろうよ。もうお湯沸いてるし、今なら兄さん部屋だし」

 と、いたずらっぽく言ってみたが、ヴィンセントの姿でそんな仕草をするのが、見ていられないのか、彼はいかにも仕方が無くと言った様子で頷いてくれた。

 

「わ……本当に真っ白なんだね〜、ヴィンセント」

 脱衣所で服を脱ぎながら、俺はつくづく感心してそういった。

「ヤ、ヤズー、恥ずかしいから……」

「俺も色白い方だけど、ヴィンセントにはかなわないなぁ」

「た、体質的なこともあるのだろう。私は日焼けしないのだ。すぐに朱くなってしまって……」

 そういいながら、彼も服を脱ぐ。

 そこにはうんざりするほど見慣れた長髪の男がいる。

「ヴィンセントから見て、その身体ってどう?わりとフツーだよね」

「ヤ、ヤズーのことか?」

「うん、俺。よく綺麗だって言われるけど、ヴィンセントと比べちゃうと、なんていうの、格が違うってかそんな感じなんだよね」

「そんなことはないだろう。おまえほど艶やかな美人というのはそうそういないと思うぞ」

 真剣な顔でヴィンセントが言った。

「ほら腕も脚も綺麗に筋肉がついていて滑らかで。首から上についてはわざわざいうまでもないだろう。この街におまえの信奉者は数多くいるのは知っているだろう」

「まぁ、女の子たちとは友だちだしね。ヴィンセントはまるでアンティックドールに命を吹き込んだみたい。ホント、初めて出逢ったときもそう思ったんだけどさ」

 浴室の鏡でまじまじと裸体を眺めていると、ヴィンセントが困惑したように腕を引っ張った。

 だって、本当に綺麗なのだ。俺のもっていない色素……

 カラスの濡れ羽色とでもいうべきか、その長く艶やかな黒髪、深いワイン色の瞳、そしてなによりも、コスタ・デル・ソルという場所にはおおよそ似つかわしくない、雪のような肌だ。

 兄さんだけでなく、ジェネシスも夢中のようだし、このイーストエリアという田舎町でも、ヴィンセント・ファンは多いのだ。

「さ、褒めあいっこしてても風邪引いちゃうよ、お湯に浸かろう」

 そういうと、ヴィンセントは髪を洗ってくれると申し出てくれた。

 

 

 

 

 

 

「あー、いいお湯だった、もうサイコー」

「ヤ、ヤズー。きちんとパジャマの前を閉めなさい」

 湯につかったせいで、ヴィンセントの白い肌がほんの少し上気している。そんなありさまもすごく綺麗でうらやましい。

 そして、俺の姿になっているヴィンセントだが……

 自分でいうのもなんだけど、なんというか『可憐なタイプ』に見えてしまう。容姿についてはそれなりの自負はあったのだが、中身が入れ替わるとここまで違うものなのだろうか。

 ヴィンセント自身は、俺の身体にきっちりとガウンまで着込み、一分の隙もない。

「セフィロス……もう時間も遅い。君も身体を冷やさぬうちに早めに休んでくれ」

 ヴィンセントがそう促した。

「イロケムシがそんなやさしいことを言うのは気味が悪い」

「え……」

「中身がヴィンセントだとわかっていても、ビジュアル的にあり得ないという感じだ」

「失敬だねセフィロス。俺だってたまにはやさしく言うことあるでしょ?」

「……ヴィンセントはそんな口答えはしない。やっぱり思いの外、おまえたちの入れ替わりというのは似合わないものらしいぞ」

 わりと神妙な口調でセフィロスがつぶやいた。

「そんなこといってもしかたないでしょ。好きで入れ替わったわけじゃないんだからね。さーて、寝よう寝よう」

「あ、と、ところでヤズー。私は自室で休んでよいのだろうか。その姿でカダージュたちと一緒だと、子どもたちが嫌がるのでは……?」

 細い首をかしげて、唇に指先で触れる。なにか気がかりがあるときのヴィンセントのくせのようなものだが、俺の姿でそうされると妙にかわいこぶっているようで恥ずかしい。

「大丈夫、カダたちにはちゃんと事情を説明してあるし、『ヴィンセント』と一緒に眠れるの、楽しみにしてるんじゃないかな」

「そ、そうか……ならばいいのだが」

「あ、それよりヴィンセント、ちゃんと夜のお手入れしてね。俺はヴィンセントと違って、ちゃんとケアしないと綺麗でいられないんだから!」

「ケ、ケア?」

「そう、ほら一緒に来て」

 途惑っているヴィンセントを、洗面所に引っ張ってゆく。

「ここに入ってるのが俺のね。まず化粧水をつけて〜」

 一から手取り足取り指導し、ようやく俺たちは最初の一日を終えたのであった。