天使と悪魔の交代劇
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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 ヤズー
 

 

 二日目。

 

 さすがに一日過ごした程度では、入れ替わりは治らないらしい。

 もっとも、俺自身、まだまだヴィンセントの身体を楽しみたかったし、精神的なダメージは少なかった。

 まぁ、兄さんについては、少々気の毒な感じはするが、この手の不思議現象は、これまで何度か経験しているため、家人みんなに耐性がついているのであった。

 

「おっはよー、ああ、ヴィンセント。もう起きてたの?」

 と、キッチンで朝食の仕込みに余念がない彼に声をかけた。もちろん、俺の姿をしたヴィンセントだ。

 ワードローブは、ヴィンセントの手持ちのもので、サイズがあるのだろう。

 アイボリーのサマーセーターと黒のコットンパンツを履いている。アクセサリーの類は付けない人だから、ややそっけないファッションなのだが、意外にも『俺の姿』にはよく似合っていた。

「おはよう、ヤズー。……なんだか眠そうだな」

「えー、んー。ヴィンセントって低血圧なんだね〜。朝なかなか起きられなくてさ」

 手や足の末端が冷えるような感じなのだ。青白い肌もやはり血の巡りが悪いせいなのだろうと思う。

「そ、それはすまなかった。私は体温が低いから。朝は苦手で……」

 しどろもどろに謝罪の言葉を口にする。こんなところがいかにもヴィンセントらしい。

「それなのに、誰よりも一番早く起き出してるんだね。あんまり無理しちゃダメだよ、ヴィンセント」

「そ、それは大丈夫だから」

「それならいいんだけど。さ、じゃ俺も手伝おうっと」

 腕まくりしてそういうと、ヴィンセントがサラダを頼むと言った。

 

 

 

 

 

 

 さて、この日の昼過ぎに、意外な来訪者があった。

 ヴィンセントの信奉者兼ナイトと自負してゆずらないジェネシスである。もっとも彼はしょっちゅう我が家と行き来している間柄だから、『意外な来訪者』というのは大げさだが、今は少々勝手が異なる。

 ヴィンセントと事前に打ち合わせにより、彼が来たら、包み隠さず今現在の事実を告げようと決めた。

 ……とはいうものの、せっかくの入れ替わり大事件なのである。

 ヴィンセントはすぐに説明しようというが、それは少しばかりつまらないと思うのだ。

 

 ピンポーンと呼び鈴が鳴ると、俺はダッシュで玄関に飛び出した。

 

「いらっしゃ〜い、ジェネシス」

 チュッと彼の頬に口づけると、さすがのジェネシスも驚いたようだ。

「やぁ、ごきげんよう女神。今日はなにかいいことがあったのかい?君がキスで出迎えてくれるとは思わなかったよ」

「ふふ、唇にしてもよかったかな」

 おちゃらけてそういうと、背後からヴィンセントの叱責が飛んできた。

「ヤ、ヤズー!よしなさい。ほら、きちんと話をすると約束しただろう」

「あははは、ごめんねェ。ジェネシスをからかえる機会なんてめったにないんですもの」

 ケラケラと笑うヴィンセントなど、これまで一度も見たことがなかったのだろう。ジェネシスが珍獣を見るような眼差しで、俺を見つめたのであった。