天使と悪魔の交代劇
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<5>
 
 ヤズー
 

 

 

「……なるほど、じゃ、ヴィンセントの君はヤズーで、ヤズーの姿でいるのが、ヴィンセントと……そういうことなのかい」

 ジェネシスのお持たせのお菓子で一服つきながら、俺たちは入れ替わりの不思議を彼に説明した。

 セフィロスはあいさつもせず、そのままソファで横になっている。

「そーなの。びっくりしたでしょ」

 悪びれずに言う俺に、ジェネシスはほぅとため息を吐いた。

「そりゃあ、驚くよ。しかし、美人同士のとりかえばやとはねぇ。ええと、ヴィンセント?」

 と、今度は俺の姿に向かって、ジェネシスが呼びかけた。

「あ、ああ。その……確かに私、なのだ。ヤズーの姿をしているが」

「……了解。しかし、君が今外に出て行ったら大変そうだね。ヤズーは女性との付き合いも多そうだし、愛想がよいだろうから」

「わ、私もそう思う。ちょっと買い物に行くのでも大変だった」

 ヴィンセントが苦笑しつつそう応えた。

「自然に元に戻るらしいけど、どれくらいかかるものなの?」

 興味津々と言った風情でジェネシスが訊ねる。

 「さぁ、どうだろう。これまでは長くても半月くらいだったから、同じようなものじゃないかな」

 過去の体験談を交えて、俺はそう説明した。

「そうか……じゃ、今はめったにない機会というわけだ」

 しみじみとジェネシスがつぶやいた。

「さしでがましいようだけど、俺はヤズーが心配だ。あ、いや、中身で言えばヴィンセントが入っているヤズーかな」

「ああ、大丈夫だジェネシス。ヤズーの身体は快適だし、こういった事件は初めてでないから、そこまで不安に感じてはいない」

「そうかもしればいけど……ああ、女神の身体をもっているヤズーについては別の方向で心配になる」

 複雑な面持ちでジェネシスが言った。

 

 

 

 

 

 

「どういうこと?俺がヴィンセントの身体でなにかするとでも?」

 俺がそういうと、

「いや……悪い意味じゃないのだけど……ヤズーはヴィンセントに比べて活動的だろう。これ以上、女神の信奉者を作って欲しくないのだけどね。ただでさえ、ライバルが多いというのに」

 とジェネシスが苦笑する。

「大丈夫だよ。その点については気をつけようと思ってる。でもねぇ、青物市場なんかじゃ、俺よりヴィンセントのほうが有名人だからね。愛想悪くなんてできないよ」

「青物市場?」

「そう、イーストエリアのセントラルに出る、生鮮の市場。老若男女関係なく、ヴィンセントに言い寄ってくるからねぇ」

 そのときの有様を思い出して、俺は思わず吹き出してしまった。

「ああ、やはり、ふたりとも心配だよ」

 ジェネシスがため息をつきながらそう言った。

「アホらしい。この家では何度もおかしな『不思議』が起こっているが、その中じゃ、まだマシな方だろ」

 そういったのは、先ほどからソファを占領しているセフィロスであった。

 実際彼自身も、似たような経験をしている。

 今回は当事者でないせいか、わりと気楽な雰囲気で俺たちを眺めているといったところだ。

「そうだよね〜、セフィロスなんて、女の子になっちゃったりしたもんね〜」

 この男にとって、最大限の禁忌を口にすると、彼はあからさまに俺を睨み付けてきた。

 だが、さすがにヴィンセントの姿格好をしている俺に、殴りつけてくるような真似はしない。

「いずれにせよ、元に戻るまでは無理をせずにおこう。私もなるべく外出は控えようと思うし……」

 ヴィンセントがおずおずとつぶやいた。

「そうだね、俺も身体がヴィンセントじゃ、怪我なんかしたらそれこそ一大事だし」

「ふたりとも是非そうしてくれ。もし、俺に協力できることがあればなんでもするから」

 と、あながち冗談でもなさそうに、ジェネシスが言った。

 ……しかし、このたぐいの不思議な事件は、ゆいいつ過ぎゆく時間だけが味方であって、誰かの手を借りれるような種類じゃないのは、俺たちにはよくわかっていることであった。