天使と悪魔の交代劇
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<10>
 
 ヤズー
 

 

 リーブ氏の執務室に戻ると、彼は手ずから、我々に茶を淹れてくれた。

 よい茶葉を使っている。

 ヴィンセントもよく好んで淹れている紅茶だ。

 

「しかし……その入れ替わり騒動にも困ったものですな」

 と、リーブ氏のほうから切り出してきた。

「まぁね。でも今回はまだいい方よ。ヴィンセントと俺だからね。前なんか、飼い猫のヴィンちゃんと入れ替わっちゃったこともあるんだから」

 そう俺がいうと、しみじみとした眼差しで、彼はこちらを見つめてきた。つまりヴィンセントの姿をしている俺をだ。

「どうかした?」

 と訊くと、

「いえ……そんなに闊達にしゃべるヴィンセントさんを見たことがないのでね。いや、はは、失敬。ついめずらしいもの見たさで眺めてしまう」

 と彼は苦笑した。

「あら、それは失礼。ヴィンセントってば、俺の身体に入っているのに、全然しゃべってくれないんだもの」

「いや、なんとか元に戻す方法がわかれば協力したいのですがね……しかし、この世界にはまだまだ不思議なことがあるものだ」

 湯気の立つ紅茶を飲みながら彼がつぶやいた。

「不思議って言ったら、俺たちの存在だって不思議でしょう、リーブさん。セフィロスの思念体なんて存在……WROから見たら脅威なんじゃない?」

 以前から思っていたことを俺は口に出してみた。

 現在の神羅カンパニー……いやもっとくわしく言うのならば、経営者であるルーファウス神羅と、俺たちの家人は良好な関係を保っている。それはこれまでのさまざまな物語をなぞってもらえればいきさつは理解してもらえよう。

 だが、それと比較して、WROの立ち位置というのはよくわからないのだ。

 ヴィンセントと懇意にしているのは知っているが、俺たちについてはまったくノーコンタクトなのだから。

 すでにこちらの情報は、神羅カンパニーから流れていよう。

 かつてこの星にメテオという厄災を呼び寄せたセフィロスが、まだ生きていてあの家に居るということを。そして思念体の俺たちの存在を。

 

 

 

 

 

 

「メテオの厄災がどれほどこの星に傷跡を残したのか、俺は知っているし、その力をもつ人間たちがのほほんとコスタ・デル・ソルに逗留しているのって、WROから見たらどうなのかしらね。一刻も早く絶滅させる必要があるんじゃない?」

「ヤズー、よしなさい……!」

 案の定、ヴィンセントが顔色を変えて俺の言葉を遮ってきた。

「おまえたちが厄災なものか。メテオ事件だって、事情を知れば、セフィロスを責めるべきことじゃないとわかるだろう」

「ヴィンセントはそういうけど、あれで家族や友人を失った人だって多いだろうし、戦災孤児の問題だって、原因はセフィロスの暴走でしょ」

 敢えて言葉を飾らず俺はそう言った。WROという組織の頂点に立つ人間が、なにをどのように考えているのか知っておきたかったからだ。

「ヤ、ヤズー……どうして……なぜ、いきなりそんな話を……」

 ヴィンセントは今にも泣き出しそうな顔で、俺を見つめる。

 ああ、俺ってこんな健気な表情もできるんだと、おかしなところで感心してしまった。

「いきなりってわけじゃないんだよ、ヴィンセント。俺は、前々から機会があれば、この質問を局長さんにしてみたかったの。思念体とは言っても、今は個別の人格をもった存在になっているから、他のふたりがどう考えているのかはわからないけどね」

 俺はそう言った。もっともカダやロッズがWROのことなど、あれこれ考えているとは思えないけど、どうもひねくれた性格の俺は、『世界再生機構』などという、いかにも偽善的な名称を掲げる存在が、神羅カンパニーなどよりもよほどうさんくさく感じていたからだ。

「……あなた方のことを敵だと考えたことはありませんよ」

 静かな声でリーブがささやいた。

「ああ、もちろん、コスタ・デル・ソルに住まわれるようになってからの話ですが」

「……つまり、兄さんと和解して、一緒に生活するようになってからってこと?」

 と訊くと、彼はすぐに頷いた。

「あなた方のことはルーファウス神羅から、いろいろ訊いていますし、実際、ミッドガルではDGソルジャーから身を守ってもらいました。ヤズーさん、あなたはそのときに深手を負いましたよね。しかし、あなたのおかげで、私も皇太子も無事でいられました」

「……ああ、そんなこともあったっけね」

 それほど昔の話じゃないのに、目まぐるしく事件の起こる我が家では、一年がそれこそ十年にも感じられるのだ。

 確かに、ミッドガルでおこなわれた式典で、リーブ氏と皇太子、そして兄さん扮するルーファウス神羅の護衛をしたのだ。うかつにも俺はそのときに、肩と腹に深手を負って床につくはめに陥った。