天使と悪魔の交代劇
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<12>
 
 ヤズー
 

 

 

「あー、いいお風呂だった。ちょっと狭かったけど」

 長い髪にタオルを巻き付け、俺はバスルームを後にした。

 普通のホテルにありがちなユニットバスでないのが、ありがたい。浴室こそ広くはないが、大きめのバスの中で足をうんと伸ばせる。

「ヤズー、髪を乾かすのだろう。手伝ってやるから早く夜着に着替えたまえ」

 ヴィンセントが言った。

「しかし、ヤズーの髪はさらさらだな。手入れをしていて心地いい」

 そういいながら自分の髪をさらりと指で梳く。もちろん、今は俺の姿になっているその髪をだ。

「そぉ?ヴィンセントの髪のほうが綺麗だよ。カラスの濡れ羽色とはよくも言ったモンだよね」

 雫を含んだ髪をローブの上に垂らし、俺はそう言った。つい感歎の吐息が漏れる。

「私の髪は少しクセがあるから……乾かしにくいし……」

 ドライヤーを遠くからまんべんなく当て、ヴィンセントがつぶやく。

 今、彼は自分自身の身体を、自ら手入れする形になっている。

「そ、それに……おまえの身体を見た後、自分の情けない姿を眺めるのは……どうにも……」

「出た、またネガティブ発言!ヴィンセントは痩せてるだけで、全然情けなくなんてないよ。どこもかしこも真っ白で綺麗。ほら、脱いでみよっか?」

 とからかうと、メッというように上目遣いでにらみつけてきた。こんな表情も自分自身はなかなか見ることはない。

「まったく、冗談はやめたまえ。ほら乾かないだろう」

「はいはい。ねぇ、だったらヴィンセントって黒髪じゃなかったら、どんなのがよかったの?兄さんみたいなブロンドが好き?それともジェネシスみたいな亜麻色とか……」

「そ、そうだな。や、やはり、ヤズーたちのように銀の髪だったら嬉しかったかもしれない。できれば、おまえのように長く伸ばしてさらさらで……セフィロスみたいな」

 そういうと、彼はポッと頬を上気させた。

「また出た、ヴィンセントのセフィロスびいき。あなたってホントにセフィロスのこと気に入っているんだねェ」

「そ、それは……その、もちろん。大切な人なのだから」

 少し照れたようにそういうと、ブラシを鏡台の上に戻した。

 

 

 

 

 

 

「まだ寝るには早い時間だな。ベッドでぐだぐだしてれば眠くなるかしら」

 時計を見ると、夜の十時になるところだ。

「そうだな。身体を冷やさないようにベッドに入っていた方がいいだろう」

「うふふ、ヴィンセントと隣同士のベッドで寝ころぶなんて初めてじゃない?なんだか寝ちゃうのがもったいないみたい。恋バナでもしてみる?」

「こ、こいばな?なんなのだ、それは」

「恋のお話ってこと。ま、俺的にはヴィンセントに、前々からじっくり訊かせてほしい本音があるんだけどな」

 そんなふうに話をふると、彼は不思議そうに小首をかしげた。自分でいうのもなんだが、そんなしぐさがけっこう可憐に見えてしまう。

「本音?なんのことだ」

「だから恋バナの本音だよ。ヴィンセントの恋人は兄さんだってわかってはいるけど、どうもあんまりそうは見えなくてさァ」

 そうなのだ。兄さんとヴィンセントの関係は、まるで親子のそれにも見える。

「だ、だがクラウドは私を好いてくれているようだし……その……私もとても好ましく思ってはいるのだが……」

「ねぇ、そもそもヴィンセントがコスタ・デル・ソルに来たのって自分の意志じゃないでしょ。こんな暑くてまぶしい場所なんて、あなたに似合わないもの」

 ズケズケと思ったことを口にする俺に、ヴィンセントが困惑したように言い淀んでしまう。

「そ、それは……その、クラウドがどうしてもと……誘ってくれて。私には行く当てなどなかったから」

「ふぅん、やっぱりねぇ。それじゃ恋人同士っていうのも……」

「だ、だが、クラウドに従ってこの地に来ることを決めたのは私なのだから。そこはやはり特別な関係なのだと思う。そ、その……交渉もあるし」

 もごもごとつぶやくと、顔を真っ赤にしてしまった。

「ああ、まぁ兄さんってH大好きって感じだもんね。ヴィンセントは淡泊そうだけど」

「そ、そこは年齢の問題だと思う。あの子はまだ二十を過ぎたばかりだ。この私はすでに五十年以上その姿で……」

「まぁ、その点についてはともかくね」

 と、ヴィンセントのコンプレックスについては軽く回避させた。彼は宝条というマッドサイエンティストによって改造された肉体を、ひどく恥じらうきらいがあるからだ。