The beginning of Autumn
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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Interval 〜05〜
 ヤズー
 

 

 

 
 

 

 コスタデルソルの秋は遅い。

 というか、ずっと夏の気候が続いていて、あるとき、ふと肌寒さを感じるというのが正直なところなのだ。

 すると季節は秋……長い長い夏の終わりの後、ほんのわずかな期間だけ訪れる、北風の季節になるのだ。

 

 コスタデルソルにも、一応四季はあるらしい。

 『らしい』とというのは、俺自身、この土地をそれほど知っているわけではないし、ここに住みはじめて一年にすら満たないからだ。一年の大半は、半袖で過ごせるような夏気候で、秋、冬などは、本当にスポット的な印象なのだと、ヴィンセントが言っていた。

 

 真夏に建て替えをした家は、大変快適だ。ストーム対策も完全に施され、多少の嵐にはびくともしない。そして今度、初めての秋、冬を迎える。もっとも雪が降るほどに冷え込むことはないので、防雪装備などは携えていないが。

 

 

 

 

「えーと、スプーンは……と、人数分出てる〜?」

「ん……大丈夫だ。子どもたちを呼ぼうか、ヤズー」

 穏やかな声でヴィンセントがささやいた。

 彼の声は、本当に小さくて低くて、聞き取りにくくさえあるのだが、とても穏やかで安心する。

 紅い瞳に漆黒の髪……透き通るように白い肌……まるで人形に命を吹き込んだような……そんな形容が似つかわしいと感じる。

 容姿のことでは、俺自身も他人にとやかく言われる側であるのだが、ずっとヴィンセントのほうが神秘的で綺麗だと思う。もっとも、本人にそう告げると驚いたように目を丸くして、慌てて否定していた。

 

 ヴィンセントが飲み物の用意をしてくれている間に、みんなを呼びに行く。

 今日は休日だから、兄さんも一緒だ。

 もっとも兄さんは、休みの日はヴィンセントべったりなので、ずっとテーブルにくっついているからわざわざ声を掛けに行く必要がない。

 

「セフィロス、ご飯! ちょっと新聞置いてきて!」

「わかったわかった。小姑めが」

 本当に言葉の悪い男だと思うが、いちいち相手をしてはいられない。

 さっさとサンルームからテラスに抜け、中庭のカダージュとロッズに声を掛ける。感心にも彼らは、洗濯物干しを買って出てくれているのだ。

 

「カダージュ、ロッズ! 手が空いたら……ああ、もう終わりだな。朝御飯だぞ」

「はーい!」

「はぁい! ねぇねぇ、ヤズー、今日の朝ゴハンなぁに?」

 一番末のカダージュが、俺の腕にぶら下がるようにして訊ねてくる。舌足らずなのは、甘えているのだ。

「今日は洋食だな。ミネストローネとチキンカツ、平目と水菜のカルパッチョに、アスパラガスのサラダ。パンはカンパーニュ」

「ふーん、美味しそう!」

 そういうと、ぴょんぴょんと跳ねるようにして、食卓に走っていった。

 カダは本当に可愛い。

 ついつい頬が緩んでしまう。カダージュは俺にとって弟であるということ以上に大切な存在で、あの子がああして家族に溶け込み、街の人間達とそれなりにつきあえるほどにまで成長したのを、喜ばしいと感じると同時に、一抹の寂しさを感じるのであった。

 

 ところでカダージュは、この家で一番小柄だが、食欲は旺盛だ。もっとも、十代後半の少年なのだから、それもあたりまえかと思うが。俺も、外見に比べるとかなり食べるほうだと思うが、弟にはかなわない。

 そしてクラウド兄さん。この人はカダージュに負けないほどの食欲を発揮する。セフィロスといい勝負なのだ。

 

「いっただきまーす!」

「いただきまーすッ」

「あ、ちょっ……それ、ドレッシング取って、兄さん!」

「ヤズー、これ、骨ない?」

「ねぇねぇ、ヴィンセント、今日さァ〜」

「おい、おかわり。早くしろ」

 ……まぁ、なんといっても、男6人の食卓だ。

 騒々しいのは目を瞑っていただこう。

 ワイワイ、ガヤガヤの食卓も日常の一コマになっている。だが、それはどれほど幸せなことであろうか。

 少し前……いや、もう一ヶ月半も過ぎるのだ。

 この食卓には、5人しか座ることができない時期があった。

 

 DGソルジャーの絡んだ、オメガ復活の事件は、紅い瞳の麗人に深い関わりがあり、ヴィンセントは周囲への被害を懸念して身を隠してしまった。

 本人に自覚は見取れないのだが、ヴィンセントはこの家になくてはならない存在であり、すべての者たちからこの上なく慕われ、かつ尊敬されているのだ。

 それは彼が、いわば母親的な役割を果たしてくれていることにも起因するのだろうが、誠実でやさしく、また慈しみに溢れた穏やかな気性も理由だと思う。さらに言葉を重ねれば、外見も先に述べたように、特有の美しさがあり、侵しがたい気品を感じる人だ。

 そのくせ、控えめで遠慮深く大人しい人……

 ……そして、俺の唯一の理解者とも付け加えておこう。

 

 

「ごちそーさまッ! あー、美味しかったッ!」

「なぁッ! あ、カダ、グリンピースはじいている!」

「だって苦手なんだもん」

「俺、ちゃんと食べたぞ!」

「あー、ほらほら、ケンカしない。天気もいいし、一休みしたら海にでも行ってきたらどうだ?」

 俺はふたりに促した。

 人慣れしていないカダージュに、仮に兄さんと一緒とはいえ、セフィロスやヴィンセントととの同居は不安に思っていたが、取り越し苦労だったらしい。

 なんとなく日毎に心の成長が読みとれて、嬉しく思うと同時に、もう俺が側についている必要がないように感じるのだ。これが、飛び立つ雛鳥を見守る親鳥の心境という物なのだろうか。

 カダージュの世界のすべてが、三兄弟だけであったころから比べると、遙かに俺と接する時間も減ってしまっているのだった。

 

 

「ヴィンセント、どうしたの?もう食べないの?」

 兄さんの声でふと我に返る。

 ヴィンセントの席は俺のとなりだ。彼の食器に目を遣ると、ほとんど中身が減っていない。

「おいおい、軟弱者。それ以上ガイコツ化したらどうするんだ。腰骨だのあばらだの、あんまりゴツゴツしてると、当たって痛いんだぞ」

 と不届きなセリフはセフィロス。

「ちょっ……やめてくんない? そーゆー不穏な発言! 別にヴィンセントが痩せようと太ろうとアンタには関係ないだろッ!」

「関係あったらどうする? フッフッフッ」

「セフィ! アンタ、俺を不安がらせようとしてんだろ。無駄だからね、コレ。俺とヴィンセントは深い絆で結ばれてるから。アンタの脅しなんか効いてないからッ!」

「そのわりにはビクビクしているな、クソガキが」

 ……このふたりはいつもこの調子だ。

 幼かった頃、ずっとセフィロスの側に居たという兄さん。とてもそんな甘やかな関係にあったふたりとは思えない。もっともじゃれ合っているといえば、そのとおりではあるのだが。

 いやいや、それよりなにより、ヴィンセントの方が気になる。

 もともと少食なのに、メインはおろか、スープを飲む手さえ止まってしまっている。

 

「ヴィンセント? どうしたの具合でも……」

 俺がそう言いかけた時である。

 ガタン!と彼が立ち上がった。見れば顔色が白いを通り越して蒼白くなっている。口元を押さえた指の爪にも色味は皆無で、こめかみから冷や汗が伝わっていた。

「ヴィンセント?」

 

「……気持ち……悪い……」

 ようやく一言……絞り出すようにそうつぶやくと、彼はバタバタと部屋を出ていってしまった。

 口を押さえていたということは、吐き気があるのだろう。

 慌てて後を追おうとしていた兄さんを止める。彼では応急処置ができないだろうし、ヴィンセントも嫌だろう。

 俺はすぐに冷やしタオルを絞ると、飛び出した後を追った。

 セフィロスも気にしているようではあったが、一緒について来はしなかった。