墓 参
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
 
 ヤズー
 

 

 

 朝っぱらから、むっつりと兄さんがふて腐れてる。

 ああいや、何かを不愉快に思って怒っているとか、そういうことではなくて…… 小さな子供がつまらなさそうに、黙り込んでいるといた風情なのだ。

 その理由を知っている俺たちとしては、やれやれと苦笑するしかないわけなのだが……

 

「ヴィンセント、そろそろ時間じゃない? 海列車なんて本数が少ないんだから早めに出たほうがいいよ?」

 これから出かけるというのに、いつものように後片付けを手伝ってくれるヴィンセントに声を掛けた。

「ああ、それもそうだな……」

「ヴィンセント、気を付けていってきてね!」

「僕、おみやげとかいらなから、ちゃんと帰ってきてね!」

 ロッズやカダの真剣そのもののセリフに、申し訳なさそうな微笑を返し、

「ああ、もちろん。……すぐにおまえたちの顔が見たくなってしまうだろう。短い間だが、皆のことを頼むぞ」

 敢えてそんな物言いをしてみせたのであった。

「では、ヤズー、着替えを済ませてくる」

「そうだね。じゃ、俺も手伝うよ」

 ヴィンセントが話をしたそうに見えたので、適当に用件を口にして私室まで付いていった。

 

「すまないな、ヤズー…… 面倒を掛ける」

 部屋に着くなり、ひどく申し訳なさそうにヴィンセントがつぶやいた。

「いやだなァ、何言ってんのさ。こっちはテキトーにやってるから。たまにはのんびり羽を伸ばしておいでよ」

「あ、ああ。そういってもらえると…… 昨年は……いろいろあって行くことができなかったんだ。今年は彼女に報告したいこともあるから……」

「うんうん。ゆっくりとお話しておいで。気の済むまでね」

 そういって、麻のジャケットを肩に掛けてやり、シャツの襟を糺してやる。

「荷物はこれだけ? まぁ、遊びに行くわけじゃないんだから着替えくらいか」

「あ、ああ。その……留守中、クラウドとセフィロスのことをよろしく頼む、ヤズー」

「ん? もちろん」

「と、特にその…… セフィロスのことを。黙っていなくなるようはことはないと思うのだが……これまでいろいろ面倒を掛けてしまっているし、愛想を尽かされないかと不安が……いつもあって……」

 おずおずと不安を口にするヴィンセント。

 ……だいたい愛想を尽かすって……

 ヴィンセントがセフィロスに愛想を尽かす理由はあっても、その逆は要因が見つからないくらいなんだから。それでもアレコレ考え抜いて不安に陥るのが、いかにもヴィンセントらしいところだけど。

「あっははは! もうヴィンセントってば、心配性なんだからァ!」

「あ、ああ……でも……」

「平気平気。あの人にとってこの家ほど居心地のいい場所はないでしょ。昨夜は午前様みたいだったけど、ちゃんと帰ってきてるし、問題ないよ」

「ん……そう、だな。そう思うのだが……」

「はいはい、グズグズ悩まない! だいたいさ、ほんの4,5日程度の小旅行でしょ? そんな短い間に何もありゃしないっての」

 未だ不安顔のヴィンセントに、気軽に請け負い、もう一度列車の時間を確認した。

 海列車……などというと、まるで海の上に線路の引かれているレクリエーション的なものをイメージするかもしれないが、もちろんそんなものではない。

 コスタ・デル・ソルから、ヴィンセントの目的地……コレルエリアの西橋までなら、飛行機を利用するのがもっとも短い時間で到着できる。

 だが、もともとあまり行動的とは言えないヴィンセントは、のんびりとした列車を好むのだ。

 『海列車』とは、コスタ・デル・ソルとコレルエリアを直線で結ぶ海底トンネルを行き来する列車だ。もちろん、コレルエリア以外にも通行はあるが、なんぜ海底トンネルなので、行き来できる列車の本数は少ないし行ける地域も限られている。

 ヴィンセントは一日に2本しか出ていない海列車に、約4.5時間揺られて目的地にいくらしい。

 まぁ、滅多にない遠出なのだし、速くても味気ない飛行機よりは、こういったローカルな乗り物をセレクトするのもありかなと思う。

 俺ならまず飛行機だけどね、疲れちゃうし。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、荷物貸して、ヴィンセント」

「大丈夫だ……自分で…… ああ、まだ、時間に余裕はあるが…… そろそろタクシーが迎えに来ると……」

「んもう、俺が送っていくのに!遠慮することないじゃない」

「だ、だが……ヤズーは忙しいのだし……ただでさえ迷惑を……」

 眉をよせてそんなことをつぶやくヴィンセント。

 本当にこういったことって、迷惑かけている人ほど自覚がなくて、気配り上手の彼のようなタイプが気にしてしまうのだ。

「俺に迷惑かけてくれるのは、大抵セフィロスと兄さんだから。あなたにはもう少し甘えて欲しいくらいなんだけどね」

「あ、ありがとう…… ヤズー」

「ま、いいや。さ、他に荷物はない? 迎えのタクシーは表通りでしょう。そろそろ出ていようか?」

 と俺は言った。言葉通りの意味合いと同時に、やはりヴィンセントは手際の良い人ではないので。(笑)

 不思議なことに家事一般については、卓越した能力を発揮するヴィンセントなのであるが、それ以外のこととなると、本当に不器用でゆっくりな人なのだ。

 本人も自覚しているらしく、コンプレックスを抱いているようなので、そこにはあまり深く言及しない。

 無神経なセフィロスなどは、いつもからかったりしているのだが。