墓 参
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<11>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

「ベッドは……とても広いのだな。ああ、まぁ、そういうものなのだろうが……」

 オレに『目的は一つだろ』といわれる前に、自己完結するヴィンセント。

「ラブホのベッドっつーのは案外寝心地がいいんだ。いろいろ便利アイテムも置いてあるしな。風呂場でも見つけただろ」

「……洗顔料かと……」

 ぼそぼそとヴィンセントがつぶやいた。

「不思議そうなツラで眺めていたもんなァ、ククッ」

「も、もう、寝る。君も早く休みたまえ」

「みやげにコンドームでも持って帰るか」 

 枕元からフレーバーつきの避妊具を取り出してみせると、ヴィンセントはクラウドにいうように、

「も、もう寝なさいッ!」

 と叱りつけてきた。ああ、面白い。

 ちなみに、ヴィンセントはオレとひとつ寝台で眠ることに違和感はないらしい。あの家ででも、話し相手をしろというと、喜んでベッドのとなりに入れてくれた。

 そう……まるで母親が少し成長した息子を招き入れるように。

 

 しばらくするととなりから規則的な寝息が聞こえた。

 オレに背を向けて寝付いたはずだったのだが、いつの間にかころりとこちら側に顔を向けて寝ている。

 

 ……ずっと年上の男なのだが……

 

 それこそ、生まれたばかりのオレの面倒を見たほど、年が離れているはずなのに……

 無防備に眠り続けるヴィンセントを、ひどくいじらしく感じた。

 ……たぶん、水晶洞窟でのことが、引っかかっていて、よけいにそう思わせるのだろう。

 自らに重い十字架を科せた女に「ありがとう」と言える男…… クラウドと出会う以前にも、さぞかしつらい思いをしたことだろう。ようやく安住の地を見つけた安心感が、こいつに礼を言わせるのだろうか?

 ヴィンセントはほんの些細なことで、とても嬉しそうな表情をする。もともと表情の乏しいヤツだから、最初は何を考えているのかよくわからなかった。

 だが、時を経るごとに、豊かとは言い難い表情の中に、コイツなりの喜怒哀楽がかなり明確に表現されていることに気づいた。そしてそれはほんの小さな出来事で、曇ったり晴れたりするのだ。

 たとえば、晩飯の後、オレは外をふらつくのを日課にしているのだが、ヴィンセントを誘うととてもうれしそうにする。

 いや、もっと些末なことでもそうだ……

 朝、目覚めて、居間に顔を出したとき、淡い笑みを浮かべ、「おはよう」と必ず声を掛けてくる。こっちが二日酔いで機嫌の悪い朝にも、必ず側にやってきて気遣ってくれる。

 普通の神経の持ち主なら、居候の上、面倒を掛けるオレに不快を感じるのが当然だろう。

 だが、ヴィンセントはそうではない。むしろオレに『面倒を掛けられること』を喜んでさえいるかのようだ。

 だが……それもこれもあの女の存在が発端だというのなら……

 オレに対してのヴィンセントのプラス感情が、すべて『ルクレツィア』を介在してだというのなら……

 ……不快だ。

 いや、不快などというレベルではない。すでに実体の無い女だとわかっているのに、絞め殺してやりたいくらいの不愉快さだ。

 これは嫉妬の感情なのだろうか……?

 オレがオレを生んだ『ルクレツィア』に……? ヴィンセントが理由でか?

 ケッ、クソバカバカしい。

 

 オレは頭から布団をかぶると、ようやく眠る体勢に入ったのであった。

 

 

 

 

 

 

「お、おはよう、セフィロス……」

 そう声を掛けられ、オレはすでに夜が明けていることに気づいた。

 昨夜つまらんことをあーだこーだと考えていたせいだろうか。しっかり眠ったつもりだったのに、なんとなく頭が重いような気がする。

「あ、あの……もう、朝なのだが……陽が差し込まなくて…… こういったところは窓を開けてもいいのだろうか?」

「あぁ〜、怠いィ…… いいんじゃないのか。だがお飾り程度のモンしかないだろう」

 すでにきちんと身支度を整えているヴィンセント。

 ふと見ると、風呂場のマジックミラーに予備のシーツが取り付けられている。朝風呂を済ませ、平服に着替えたのだろう。

「君も風呂を済ませてきてはどうだろうか? まだ午前だし…… ル、ルクレツィアのところに行くのは遅い時間でもかまわないのだから……」

「ああ、ハイハイ。ご丁寧にカーテンまで設置してくれてるからな」

「あ、い、いや……その……や、やはり…… は、恥ずかしいし……」

「……ふぅ、とりあえずひとっ風呂浴びて頭をすっきりさせてくる。おまえ、いつまでこの街に滞在するつもりだ」

 下肢にまとわりつくシーツを蹴り上げながらオレは訊ねた。

「ええと……その……ヤズーたちには3、4日で戻ると言ってあるから…… だが、やはり皆と離れていると寂しいな」

「オレが居てもか?」

「え……ッ あ、いや、もちろん、君と一緒に居られるのはすごく嬉しいし楽しい。ま、まるで夢のように……」

 おおげさな物言いをするヴィンセント。

「でも……私は気が利かないし…… 宿泊所さえもまともに…… だから君に迷惑を掛けてしまって……」

「やれやれ。自己評価の低い男だな。オレはけっこう楽しんでるぞ。おまえを見ているだけで飽きない」

「か、からかわないでくれたまえ」

「フフン、そう、からかいがいもあるしな」

「だが……その……君と一緒にあの場所へ行けたのだし、したかったことはすべて終えた…… 私の用件はもう済んだのだ」

 意外にも晴れやかな面持ちでヴィンセントはそう言った。

 昨日のオレの切れ方に不安を抱いているのではないかと想像していたが、どうやらヴィンセントの中では、すでに消化してくれたらしい。

「そうか。……どうやらこの街でホテルを取るのも難しそうだしな。ま、オレはここに居続けでもいいが」

「ええッ!? あ、い、いや、それは好ましくない。やはり、さすがにこういった場所に君を……」

「オレは慣れっこだと言っただろ。……まぁ、おまえの気が済んだというのなら、後のスケジュールはオレの好きなようにさせろ」

「え……」

 眉を曇らせるヴィンセントに、誤解を解くべく言葉を重ねる。

「違う。別行動を取ると言っているわけじゃない。もう一度あの女のところへ寄った後、オレは好きに動くから一緒に付き合えと言っているだけだ」

「あ、ああ、も、もちろん」

「別に取って喰おうというわけじゃない。そう警戒するな」

 いろいろと妄想していそうなツラに、人の悪い笑みを投げかけると、ヴィンセントはようやく遊ばれている状態に気づいたのか、

「は、早く風呂に入ってきたまえ!」

 と、オレを浴室へ追いやったのであった。