〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<1>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 



  

 ……カチカチカチカチ……

 

『もう一度訊ねます。あなたの名は?』

『○○○です』

『……そうではありませんね。正直に答えてください』

『…………』

『あなたは……………………ですね?』

『いいえ、違います』

『まだ、そのように言いますか? あなたは自らの置かれている状況を正確に認識していますか?』

『…………』

『あなたは……………………ですね?』

『……違います』

『ふふ、強情な人ですね。ええ、かまいませんよ。僕も楽しんでいますから』

『…………』

『さぁ……時間はいくらでもあります』

  

 

 

★ 

 

 

 

「ええと、はちみつとバラのジャム……シナモン……」

 ポソポソと購入品目を口の中で繰り返し、私は道を急いだ。

 ヤズーと一緒に買い物に出てきたのだが、少し足を伸ばすため、途中で別れたのだ。

 ここしばらく私のせいで、家の者たちを煩わせてしまった。それゆえ、少しばかり手の込んだものを食卓に並べようと思ったのだ。

 いつも、それなりに栄養バランスなど考えて、料理をしているつもりだが、どうしてもマンネリ化しがちだし、何よりコスタ・デル・ソルでは手に入る食材が限られている。

 しかも我々の住むイーストエリアは、別荘地が中心だ。地元向けの店舗が多少あるものの、品揃えがよいとはお世辞にも言えない。

 青空市場などは、新鮮な食材が手に入り、私の好むところであるのだが、あくまでも露天商である。希少な食材を並べられようはずもなかった。

 前置きが長くなったが、そんなつもりで、あらかたの買い物をいつもの市場で終え、車に積んでもらった後、私ひとりで、ノーストエリアまで足を伸ばしたのだ。

 親切にもヤズーが同行すると言ってくれたのだが、生ものも多いし、日中は気温も高い。彼には丁寧に礼を述べた上で、辞退し、急ぎ足で独りこのマーケットまで来たのだ。

 

 コスタ・デル・ソルへの輸入品は、まずこのノースエリアの港町に到着する。

 舶来の菓子やお茶、希少な香辛料なども、ここでなら入手できるのだ。

 港町だからか、輸入高級品を扱う店舗の通りから、少しばかり道を違えると、途端にぶっそうなダウンタウンに迷い込んでしまう。人の職業に偏見は持っていないつもりであったが、時たま、こちらのローカル紙に暴力事件の記事が載るのだ。

 クラウドがめざとくそれらを見つけ、私に充分注意するよう促してくれるので、よくよく聞き入れるようにしている。

 そうはいうものの、ノースエリアのマーケットは、我が家からだと車でなくては来られないし、足がなければ列車を利用するしかない。

 歓楽街などもあるし、基本的に出不精の私がたびたび足を運ぶような場所ではなかったのだ。

 だが、今日はクラウドは仕事で朝早くから出払っているし、子供たちも遊びに出ている。きっとお腹を空かせて帰ってくるだろう。時間を掛けて夕食の仕度とデザートを用意するには、よい機会であると考えた。

 

 

  ノースエリアの駅前から続く大通りは、とてもコスタ・デル・ソルという辺鄙な島とは思えないような店が多く並んでいる。

 瀟洒な白亜風の建物……ここは菓子屋で、焼き菓子やペーストなどが売られている。また同じ店内をふたつに区切ったもう一方では、菓子づくりの材料や用具が揃えられているのだ。この場所に来たときには必ず立ち寄る店である。

 そして向かい合わせの異国風な店舗は香辛料を取り扱っている。

 ここも足を運んだときには顔をだすようにしている。なぜなら、月ごとに仕入れの品が変わるからだ。大げさな言い方かも知れないが、香辛料の種類は、『料理の顔』を変えてしまうほどに重要なものなのである。

 

「ええと、こちらを200グラム…… それも一緒に……ああ、分量は同じで」

「はい。あ、そうだ! ね、ヴィンセントさん。この前買いそびれていたとおしゃっていた香辛料が……」

「え? あ、ああ、あるならもらいたい。そうだな……500グラムほど!」

 すでに顔見知りになってしまった店員の娘と、挨拶を交わした後、私は今日、ここに来られた幸運をしみじみと感じていた。この前は売り切れになっていた輸入物の香辛料がちょうど入荷したところだったのだ。

 きっと私がひどく嬉しそうだったせいだろう。彼女はそれらを瀟洒なガラス瓶に移してから包んでくれた。ビンは売り物ではないので、サービスだという。

 恐縮する私を、

 「また来て下さい」とやさしげな声音で送り出し、働き者の彼女は仕事に戻った。

  ああ、なんだか今日はいい日になりそうな気がする。

 ついつい買い物に熱が入り、思いの外時間が過ぎてしまった。傾き掛けた日差しからそれが見て取れる。

 私はポケットの携帯電話を確認すると、足を速めたのであった。