〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<11>
 
 セフィロス
 

 

 



  

 

 

「あ〜あ、出て行っちゃった。もしかしてお邪魔だったァ?」

 ヴィンセントがいなくなると、ひどくあっさりとカラカラ声を立ててヤズーが笑った。居るときに、笑ったりしてはヴィンセントに嫌われると考えたのだろう。抜け目のないこの野郎のことだ。

「ハン。ただのレクリエーションだ。あ〜、遊んだ遊んだ」

「もう、からかうんじゃないよ。真面目な人なんだから」

「フフン、今日のことで意気消沈していたからな。元気を出させてやったのだ。わざわざこのオレ様がな!」

「はいはい、さいですか」

 呆れたようにそう返し来た。

「ふぅ、さて、これで気持ちよく眠れそうだ。おまえもさっさと出て行け」

「わかってるよ。 ……あれ? セフィロス、携帯鳴ってるよ」

 ……なんだ。

 『アレ』からだろうか。番号を教えてあるヤツは家人以外にはそういないから、多分そうだろう。同じ顔のヴィンセントとじゃれ合った後に、イミテーションの方から連絡が来るというのは面白い物だ。あいつら、どっか繋がっているんじゃないかとさえ思えてくる。

「……取ってくれ。出る」

「ん」

 着信番号を見ると、やはり思った通りであった。

「……だーれ? 店長さん? うふふ」

 ワケ知り顔のイロケムシが鬱陶しいが、部屋から出て行こうとはしない。こいつが以前アルバイトをした高級クラブの支配人が、オレの付き合いの相手なので、ヤツはよく知っているのだ。ヴィンセントにそっくりなあの男を、ヤズーの野郎も気に入っていたようであった。

「最近行っていなかったからな」

 そう応じつつ、携帯を受け取った。

 
 
 

 

 

『ああ、ようやく通じましたね。最初から彼の電話を利用すればよかったのです』

「…………?」

 誰だ、こいつは?

 電話の声は、本来の携帯の持ち主のものではなかった。

「おい、誰だ?貴様は」

『ヴィンセント・ヴァレンタインはこちらの手の内にあります』

「……なに……?」

 何の話だ?

 昼間の一味が勘違いでもしてやがるのか? 抜け作のヴィンセントはさっさと回収してきて、今は部屋でアホづらさらして眠っているはずだ。

「おい、貴様……何の……」

『お久ぶりですね。……保護者殿』

「…………」

『僕をお忘れですか? <セフィロス>?』

「……てめェは……」

 聞き覚えのある猫なで声。

 オレをヴィンセントの『保護者殿』と、いけすかない呼び方をするこの野郎は……

「セフィロス? どうしたの、セフィロス!?」 

 ただならぬ気配を察したのだろう。ソファから立ち上がりヤズーがこちらにやってきた。

『保護者殿。ヴィンセント・ヴァレンタインがご心配でしょう? ああ、いえ、大切な客人ですからね。傷つけるようなことは致しておりませんよ、ご安心下さい。クックックッ……』

 ……漆黒の闇……ネロ。

 背筋を冷たい手で撫でられたような、気色悪い寒気が走る。

「……生きてやがったのか、緊縛野郎」

『ふふふ、当然でしょう。僕の自慢の兄さんがあれしきのことで死ぬとでも思っていたのですか? 一時とはいえ、オメガの力をもその身に宿すことに成功したほどの人なのですよ。侮っては困ります』

 ヤツは饒舌に、『自慢の兄』の話をした。

『……保護者殿。私はただ、彼のもつエンシェント・マテリアが欲しいのです』

「……なに……?」

『恨み辛みもないわけではありませんが、それさえもらえれば、このまま彼をあなたに手渡してもいい。特に危害を加えるつもりもありません』

「…………」

『頑なにも彼は自らを無関係の人間と言い切り、エンシェントマテリアまでをも知らぬと申します』

 オレは一瞬迷ったが、途中から携帯の音声をオープンにした。クラウドや他の連中は巻き込みたくなかったが、家の中に一人くらい『オレを動きやすくするための人間』が必要だと考えたからだ。 

 

『ねぇ、保護者殿、どうか彼を説得していただけませんか? 恋人同士なのでしょう……?』

「………………」

『夜の街で……おふたりの姿を見ましたよ。いやはや……情熱的なことだ。うらやましい』

「のぞきが趣味か。相変わらずの変態ぶりだな」

 不快にもそんなふうに、茶化すとヤツはふたたび口を開いた。

『そんな大切な恋人のことなのです。このまま見捨てるつもりはありませんよねェ。クッ……クックックッ』

 連中は完全に店の支配人をヴィンセントだと勘違いしているらしい。確かにオレとふたりでいる姿を見れば、ヴィンセントと瓜二つの人間が、オレと付き合っているなどとは考えまい。となれば、オレの愛人=ヴィンセントという図式が成り立つのだろう。

 

 「ヴィンセント」を捕らえているという余裕が、ヤツの強気な発言に読み取れる。いや……正確には『ヴィンセントと思いこんでいる男を』だ。

『説得していただけますね、保護者殿? 何もあなたの可愛い人まで奪おうとは思っていませんよ。兄さんもそれには同意してくれています』

「……貴様らはエンシェントマテリアとやらを手に入れて、いったいどうするつもりだ。アレを制御できるのはヴィンセントしかいないのだろう」

『兄さんがいます』

 即座にネロは言い返してきた。

『ご心配なく。僕の兄さんは完全な人なのです。すべて出来ます。本当はヴィンセントも一緒に連れて行きたいところですが、エンシェントマテリアと引き替えなら致し方ありません。あきらめましょう』

 ネロは繰り返し『エンシェントマテリア』という言葉を口にした。オレもくわしいことは知らんが、以前のヴィンセントにとっては、カオスに囚われないための制御装置のようなものだったらしい。

『本当は、僕や兄さんをあんな目に遭わせてくれた、仕返しくらいして差し上げたいところなのですが……』

「…………」

『……それともやはりマテリアはヴィンセントの体内に取り込まれているのですか……?』

「…………」

『ああ、ならば、なかを開いて「捜してみる」しかないのでしょうかね……』

 傍らのヤズーが、ゾッとそそけ立つように身震いした。だが、切れ長の双眸にはキツイ光がらんらんと輝いている。

「……よせ。わかった。話をする。電話に出せ」

『聞き分けの良い方で助かりますよ、<セフィロス>。ではごゆっくり』

 がさごそと雑音が入った後、聞き覚えのある声が受話器から聞こえてきた。