〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<21>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

 ……なぜ、あのとき、死ぬことができなかったのだろう……?

 

 一度目の問いは、宝条に肉体をいじられ、人ならざる身となって、暗い地下室で目覚めた時であった。

 湿った微風……冷ややかな大気に包まれ、絶望を抱きながら覚醒した、あの時だ。

 

 ……そして今、二度目の問いを自らに発している。 

 

『なぜ、あのとき……あのまま、死ぬことができなかったのだろう?』

 そう、オメガと戦い、再び眠りに着かせたとき……あの激しい光と熱の中で……どうして私はセフィロスに抱かれたまま、逝くことができなかったのだろう……?

 彼の腕の中で永久の眠りにつくことができたなら、この上を望むべくなく本望であったのに……

 ああ、私はなんというわがままな人間なのだろうか。

 あのときは、本心から生きたいと願ったのに。セフィロスとともに生還したいと神にさえ祈ったのに……

 私のために、彼の想い人がこんな目に遭うなんて……

 何の罪もないごく普通の人に、DCの魔手が延びるとは……

 私がセフィロスに付きまとったりしなければ、彼の新しい恋人はこんな目に遭うことはなかったのだ。

 彼と私は顔立ちが似ていて……いや、このあたりにはめずらしい黒髪と、特徴のある深い紅の瞳……もちろん、彼のほうがずっと聡明で理知的な人物なのだが、それほど面識のない人間には間違えられてもおかしくはなかったのだ。

 初めて彼に会ったのは、ヤズーが我が家のために、彼のクラブでアルバイトをしたときであった。立ち居振る舞いもそつなく、ヤズーのピンチヒッターとして、店出た私にも、至極上品に気を使い、さりげなくフォローしてくれたのだ。

 残念ながら、その後、懇意にさせてもらう機会には恵まれなかったが……ああ、いや、今はそれどころではない。もう一度会うことができたなら、なんといって詫びればよいのだろう。いや、それよりも今この時……無事で居てくれるのか。それさえも心許ないのだ。

 総じて考えれば……結局私はセフィロスにとっても、その恋人にとっても、ただの疫病神になっている。

 心弱りをよいことに、臆面もなくセフィロスにすがりつくなど、なんと甚だしい心得違いをしていたのだろうか。彼にはちゃんと健康で聡明な恋人がいるというのに。

 

 ……今ならば、きっと私はこの前の一件で死を選ぶことに迷いがなかったはずだ。

 クラウドには申し訳ないと思う。ヤズーやカダージュたちにも。

 だが、ルクレツィアの忘れ形見……大切なセフィロスの腕の中で逝くことができたなら……もはや何の後悔もなかったはずだ。

 そうすれば、彼に新しい恋人ができたことを知らずにすんだはずだ。

 

 私は彼に……セフィロスの恋人である彼に嫉妬しているのかもしれない。

 私はいつでも、独り取り残される恐怖に怯えていた。

 身の内に巣喰ったカオスのせいで、いつ費えるとも知れない命を抱えながら、永い時間を過ごさねばならない。その間に大切な人たちが逝くのを見守らねばなるまい。

 孤独への恐怖……家族が壊れる恐怖……皆から異端視される恐怖。愚かな私はいつでも『失う恐怖』に脅かされていたのだ。

 でも、セフィロスは言ってくれた。

 私を残していなくなることはないと。必ず連れて行く、と。

 ずっと側に居てやる……と。

 彼は他に大切な人が居たにも関わらず、恐れおののく私に語りかけてくれた。

 そう、これらは本来なら最愛の人間に掛けるべき言葉だ。よくわかっているはずなのに。それを告げられるにふさわしい人物は、囚われの身の彼なのだ。

 

 ……羨ましい。

 ……セフィロスに愛される彼が。

 私にはちゃんとクラウドという大切な人が居るのに。私を誰よりも愛し、寄り添ってくれる人が居るというのに。

 かつてセフィロスに「おまえは欲張りだ」と言われたことがある。

 まったくそのとおりで返す言葉もない。

 私はセフィロスの『大切な人』になりたいのだろうか。いや……色恋沙汰ではない。クラウドが私をそういった対象として抱くように、触れて欲しいというわけでは……ない、のだと思う。

 ただ私を見て欲しい。私を欲して……私が側に居ることを受け入れて欲しい。

   

 恋人が囚われているのに、決して私を責めたり、動揺したりしない君。

 内奥での焦燥はいかばかりか。にも関わらず、私を慮ってくれるセフィロス。

 ……やさしい、やさしい……君。

 その君が愛した人を、私のせいで失わせることになるかもしれない……!!

 それだけは決して避けなければならない。

 

 私は、片手でそっと腹を撫でた。

 脇腹に近いこのあたり……ここにエンシェントマテリアが埋まっているはずだ。いや……原型をとどめた形で治まっているのか、それとも別の形に変質したのか……それは私にはわからない。

 さらに言うのなら、今もまだ私の肉体に、『これ』が必要なのか否かすらも不明だ。

 だが、ひとつだけ確かなことは、あの一件以降もルクレツィアのくれたエンシェントマテリアは、変わらず私の体内におさまっている。こうしていれば何の違和感も感じないが、『それが肉体の一部として在る』のはわかるのだ。

 

「……だましてすまなかった、セフィロス」

 私は小さな声で、そっと謝罪した。

 もし、真実を告げたなら、いかに恋人と引き替えとはいえ、私を差し出すような真似はしないだろう。

 ……君はそういう人だ。

 あのとき……オメガの白熱に晒された、最期のとき……

 君は自らの身体を盾に、私を守ってくれた。美しい銀の髪を失い、火傷を負いつつも、最期まで私を抱く腕を解くことはなかった。

 ……今度は私の番だ。

 君の一番大切な人を救い出す。この身体を引き替えにしてでも。

 あのとき、「死ぬことを考えるな!」と叱ってくれた君だが、君の最愛の人を守るために命を落とすのなら、私を許してくれるのではなかろうか。そして……君の記憶の中に、永久に住まわせてくれるのではなかろうか。

 クラウドには……本当にすまないと感じる。結局私のわがままで、彼を苦しめることになるのだから。

 だがクラウドは、魔晄に晒されたとはいっても、限りなく普通の人間に近い。時が経てば、誰か他に愛すべき人を得るだろう。かつてセフィロスを愛したように。

 

 ひとつ……静かに吐息すると、私は自分の携帯電話を取り上げた。

 そして、ゆっくりと指を動かし押してゆく。

 ……セフィロスの、着信履歴から捜し出しておいた番号を。