〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<31>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 コスタデルソルは常夏の島だ。

 日が暮れるのも、ずいぶんと時間が経ってからだ。

 私とカダージュが、ノースエリアの内陸部……開発途中で投げ出された区域に到達したころは、ちょうど陽が沈み、空に気の早い星が瞬く頃合いであった。

 

「……カダージュ。ここで待機してくれるか。これ以上先に進むと、ネロの屋敷から姿を見られる恐れがある」

 私は努めて冷静にやさしくそう語りかけた。

「ええッ? で、でも……危ないよ、ヴィンセント」

「大丈夫だ。私だとて元タークスに居たのだから。ネロとの約束では私一人でということだった。万一、おまえの姿を見つけられて、人質に危害を加えられるようなことがあれば取り返しがつかない」

「ヴィンセントの言ってることはわかるけど……でも……あそこは敵の本拠地なんでしょ? ネロとヴァイスが居るんだよね? いくらヴィンセントでもそんなところに一人で乗り込むなんて……」

 尚もカダージュは言い縋った。

 セフィロスに私の身柄の安全を命じられたという。だが、念を押されたりせずとも、絶対に私の身を守るつもりなのだと言ってくれた。

 その言葉はどれほど私を勇気づけ……そして困惑させただろうか。

 だが、どうしてもひとりで行かねばならない。

 ……場合によっては、ここからの道は片道切符になるのかもしれないのだから。

 

「……カダージュ、本当におまえは優しい子だな。ありがとう。だが、賢いおまえならばわかるだろう? 今一番危険に晒されているのが誰なのか」

「そ、それは……支配人さんは僕たちと違って普通の人だし……怖いだろうとは思うけど……でも、ヴィンセント大事だし……」

「とにかく大丈夫だから。ここで待っていてくれ。上手くいけば向こうでセフィロスたちと合流できるかもしれない」

 希望的観測でもカダージュを説得するには良い材料だと思った。

「う、うん……それはそうかも……しれないけど……」

「それより、カダージュには、私からも大切なお願いがあるのだ。おまえにしか頼めないことが……」

「え……な、なんなの?」

 私は彼の両肩に手を添えると、正面からガラスのような双眸を覗き込んで言葉を続けた。

「私は必ず、セフィロスの恋人を解放させる。『必ず』だ。カダージュは彼を安全な場所まで送ってあげて欲しい」

「う、うん……」

「せっかく、身柄を取り戻しても、彼が自宅に戻る間に襲われたりしてはセフィロスはじめ、我々の行動が無に帰してしまう。……わかるな?」

「わかる。……支配人さんのお店とおうちにはロッズがいるよ?」

「ああ、そうか。それなら安心だ。……きちんと送り届けることさえできれば、めったなことはないだろう」

「うん……」

「今のが私からのお願いだ。……カダージュを信じている。彼のことをよろしく頼む……!」

 未だ不安げに私を見つめるカダージュ。

 それにひとつ頷き返し、私は歩き出した。彼は私を追おうとしたのか、二、三歩こちらに近づいたが、そのまま堪えるように立ちつくした。

 

 カダージュを置いて、私は先へ進む。

 ネロの告げた場所……もとは神羅の役員のために作られた、瀟洒な屋敷を目指して。

 

 だが、それが目の前に映し出されたとき、私は怖くなった。

 きちんと覚悟を決めてきたはずなのに。私の身ひとつで、無関係の人間が解放されるのなら、それに越したことはないと考えていたのに……

 バカバカしい。

 何を怯えているのだ、私は……

 今一番、恐ろしい思いをしているのは、囚われの身の彼だ。

 しかも赤の他人と誤解され、詰問されるなど、どれほどの恐怖だろうか。相手はただの人間ではない。DCを統括するツヴィエート…… ネロなのだから。

 

 眼前に現れた屋敷……庭の池は枯渇し、野薔薇のツタが生き物のように壁面を被っている。確かに当時栄華を極めた神羅の役員にふさわしい重厚なつくりだ。だが、かえって贅沢で瀟洒なそれが、放置され、年月を経て、荒廃している様は、元が素晴らしければ素晴らしいほど寂寥感を呼び起こす。

 

 おかしな感傷に浸っている場合ではない。

 今、最優先すべきなのは、彼の身柄確保だ。

 

 私は、ゆっくりと息を吐き出すと、錆び付いた門を開け、入り口に向かって歩き出した。